関西大学の吉川周佑主将、苦労人が見せた一瞬のきらめき
4years.野球応援団長の笠川真一朗さんのコラムです。今回も関西学生野球秋季リーグ戦から。大所帯の関西大学野球部をまとめる吉川周佑主将について書いてくれました。前週、同じような場面で代打を送られた主将から感じたものとは。
8回、代打と思った
第3週は、前回覇者の関西大学と同志社大学との試合に注目した。9月19日の試合は、関大が3回までに3点を奪ったが、中盤以降は同大も執念を見せ、7回が終わって3-3となった。8回表の関大の攻撃。2死一、三塁のチャンスを作ると打席には主将の7番、吉川周佑(4年、土佐)が向かった。今度は代打を送られなかった。というのも、前週活躍した代打の切り札、西川将也(4年、聖光学院)が出てくると思ったからだ。
主将力を信じた早瀬監督
先週と同じような終盤の大事なチャンス。関大の早瀬万豊監督は動かない。「代打も頭にあったが、吉川はストレート系の投手に強いので」と相手投手との相性を踏まえて、主将の力を信じた。吉川は「(大事な場面で代打を送られることに対して)正直本当に悔しいです。あの打席も『代打送られるやろな』と思っていました。西川も準備してたし、それまでの打席で結果を残していなかったので。でも、そこで出してくれたのが嬉しかったので、その分このチャンスを絶対にモノするぞと強い気持ちを持って打席に向かいました」と振り返る。
打席に立った吉川は2ボール、2ストライクと追い込まれる。しかし迷いはなかった。「追い込まれたけど、別に何も思わなかった。来た球を打つことしか考えてなかったです。絶対に自分がランナーをかえす。それだけでした」。5球目のインコースへの際どいストレートを見極めてフルカウントに。6球目の少し高めに浮いた変化球をシャープに振り抜いた。打球はセンターとライトの間への浅い飛球。落ちるか落ちないか、打球が上がった瞬間には判断できなかった。同大の両外野手も帽子が取れるほどのダッシュで打球を追う。打球はそのふたりの間にポトリと落ちた。執念のタイムリーで関大は4-3と勝ち越した。吉川は「詰まったんですけど、打った瞬間はフライだったので『落ちてくれ!』と思った。ホッとしました……」と安堵の笑みを浮かべた。関大は9回にも1点を追加して逃げ切り、リーグ戦3連勝を果たした。
僕も吉川の立場ならチャンスの場面で代打を送られたら悔しいと思う。試合に勝つための采配だから仕方ない。チームスポーツだから。吉川もそれは理解している。それでもひとりの選手として試合の大事な場面で代えられる心情はつらいはずだ。吉川はその悔しさを見事に自らの一振りで晴らした。主将としてもチームを導かないといけない。ひとりのプレーヤーとしても最後の学生野球を最高の形で終わらせたい。そんな気持ちを抱えて戦っている。
部員218人を率いる吉川は一般入試で関大野球部の門を叩き、コツコツと試合に出続けるまで這い上がってきた。大学受験で慶應義塾大学に合格できず、浪人するかも考えた。しかし早瀬監督を含めた経験豊富で信頼できるスタッフが揃った関大で野球を続けようと必死に勉強を続け入学した。最初はCチームからのスタート。練習の補助ばかりで全体練習中にはバッティングピッチャーをすることもあった。それでも、「スローイング練習だと思って良い時間に変えた」と気持ちの持ち方を変えた。自主練習も日々積み重ね、肉体改造にも着手した。高校時代は63kgだった体重は今では72kgに。自慢の肩と打撃はさらに磨きがかかった。
Cチームから218人をまとめる主将へ
2年秋のチャレンジリーグではMVPを獲得すると、3年春のリーグ戦からベンチ入り。秋の途中からはスタメンで試合に出ることもあった。そして「吉川は派手さはない。でも淡々とやるべきことを全力でやる。引っ張っていくよりも姿で見せるタイプ」と早瀬監督もチームメートも認める存在になり、主将に選ばれた。
昨年の明治神宮大会では準優勝を果たした関大。そんなチームを引っ張る主将の苦労は大きかったはずだ。吉川はその悩みを口にしてくれた。「昨年、あれだけの結果を残したので今年は周りの期待も大きいです。昨年よりも良いチームを作らないといけないなと苦労はありました。下級生が多く試合に出てるチームですし、プレーでは勝てないので(笑)その中でどうやって4回生がチームを引っ張るかをとにかく考えました。そういうことを考えてやってたら、下の子たちも昨年よりチームのことを考えてプレーしてくれてるようになりました。下の子たちにも助けてもらってるのでありがたいです」。上級生と下級生が互いに手を取り合って協力してきた。良いチームだと試合前のアップやベンチの雰囲気を見ていて伝わる。昨年以上の成績を残すために、あと一歩で逃した日本一を果たすために、吉川を筆頭にチームは強い気持ちを持って鍛え上げてきた。目指すは全勝優勝、日本一だ。
そして吉川はこの秋を最後に野球を引退し、関西の企業に就職する。この秋は本当に最後の野球生活だ。「小学1年生の頃から野球を始めて、この秋で終わり。これから野球なしの生活がどうなるのか想像もできないですし、最後という実感も今はなくて……。でも本当に後悔がないように頑張るだけです。今までそんなに目立った活躍もしてなくて。欲を言えば最後は自分もプレーでしっかり活躍してチームに貢献したいですね!最大の目標はベストナインです!でもやっぱり神宮でリベンジですかね」と最後はやっぱりチームを思いやった。吉川は本当に立派な主将だ。
野球は瞬間、瞬間の勝ち負けの繰り返し
あのチャンスで打席に向かったとき僕は正直、吉川をシンプルに応援していた。「行け!打ってやれ!」と願っていた。書く仕事の立場にいる人間がこんなに中立な立場から外れているのはどうかと思うが、僕は「4years.野球応援団長」だ。応援団長は応援する人だ。全員がグラウンドやグラウンド外で頑張っているが、自分の目で見て「この子なんかすごいかっこいいな!」と思ったらそれはやっぱり応援していたい。
吉川があの日、代打を出された悔しさを考えたら、その悔しさをぶつける一打をこの目で見たら、それはやっぱり感動したし、尊敬した。野球なんて結局どこまでいってもその瞬間、瞬間の勝ち負けの繰り返しだ。ストライク、ボール、アウト、セーフ。1球、1球にそれぞれの勝ち負けがある。その積み重ねが試合の勝敗に繋がって、その勝敗の一つひとつがまた積み重なって、一人ひとりの選手は強くなって、それがチームの力に直結していく。そんな野球選手の姿を見て感動するから、ファンはファンになっていく。そして野球がさらに好きになり、また見に行こうと思う。その中で色んなことは思うが、根はシンプルなものなんだ。話はそれてしまったが、吉川のプレーを見て、話を聞いて、帰りに電車に乗っているとそんなことを考えてしまった。「あの打席で打ってなかったら」「あの打席で打てていたら」。1回の打席や1球で人生が変わることもある。そんな野球の楽しさと厳しさを吉川の打席を見て改めて実感した。野球の楽しさと厳しさを教えてくれてありがとうと言いたい。ありがとう、吉川。最後まで応援しています。
そして関大は翌日の試合も勝利を挙げ、開幕からの連勝を4に伸ばした。次のカードは同じく4連勝している立命館大学。互いのプライドがぶつかり合う熱い試合が待っていることだろう。
どちらも応援しています!