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特集:2020年 大学球界のドラフト候補たち

JFE東日本の今川優馬 「ついてない男」返上へ、 運命の日を笑顔で待つ

プレー中も笑顔を絶やさないJFE東日本の今川優馬外野手(撮影・朝日新聞社)

社会人野球界屈指の強打者として注目を浴びているJFE東日本の今川優馬外野手(23)。今年は入社2年目、ドラフト解禁のシーズンだが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で大会はのきなみ中止に。1試合も公式戦を戦うことなく10月26日のプロ野球ドラフト会議での指名を待つことになった。

社会人No.1スラッガー

広角に強い打球を放つ右打ちの強打者としてプロのスカウトから注目を浴びている。アッパー気味のバッティングフォームで、打席では常にフルスイングを心がける。50m走6秒フラットの俊足を生かした走塁、外野守備も今川の魅力だ。

昨年の都市対抗野球準決勝の東芝戦で本塁打を放つ今川(JFE東日本硬式野球部提供)

社会人1年目の昨夏、都市対抗では2番・レフトで5試合に出場し、21打数8安打3打点などの活躍で優勝に大きく貢献した。優秀な新人選手に贈られる若獅子賞も受賞し、準決勝の東芝戦では宮川哲(現・埼玉西武ライオンズ)からライトスタンドへ先制ホームランを放っている。

しかし、この栄冠が翌年、プロ入りを狙う自身にとってマイナスに働くことになるとは、このとき誰が想像しただろうか。

社会人2年目の今年はドラフト指名解禁となる勝負のシーズン。ところが予定されていた社会人野球の大会が相次いで中止になってしまった。社会人野球の選手にとって、一番のアピールの場となるのは、例年7月に東京ドームで行われる都市対抗だが、今夏は東京五輪が予定されていたため、11月に時期をずらして開催されることが決まっていた。例年11月に京セラドーム大阪で開催されているもう1つの全国大会、日本選手権が今年は7月に開催されることになっていた。この日本選手権が新型コロナウイルス感染拡大の影響で予選を含めて中止になった。

公式戦なしでドラフト待つ

今年のNPB(日本野球機構)ドラフト会議は10月26日に行われる。夏から秋にかけ各地で都市対抗予選が戦われており、ここでの真剣勝負がプロ入りを目指す社会人野球の選手にとって最後のアピールの場となる。しかし、JFE東日本は昨年優勝したことにより、すでに都市対抗出場権を獲得している。栄冠を手に入れたことが、皮肉にもアピールの場を減らすことになった。チームは6月上旬から全体練習、7月からはオープン戦も再開しているが、今川は今季1試合も公式戦を戦わずして秋のドラフトを迎えることになる。

「こうなってしまった以上は仕方がない、どうしようもないんで、今できることをやるだけですね」と今川は前を向く。
ここまでの野球人生を振り返ると、節目、節目に「ついてない」ことが起きてきた。

高3では左手を骨折

東海大四高(北海道=現・東海大札幌高)では3年の春に初めて1ケタの背番号を手にした。しかし、練習試合でダイビングキャッチを試みた際に左手の中手骨を骨折。夏の大会にはギリギリ間に合ったが、背番号は16番だった。エース・西嶋亮太(元JR北海道)の超スローボールで話題になった東海大四高は夏の甲子園に駒を進め1勝を挙げている。

大学4年では出場辞退も経験

東海大北海道キャンパスでは3年春にレギュラーを獲得。4年春には札幌学生野球リーグ新記録となる5本塁打を放ち、チームも優勝を果たした。スカウトが集まる6月の全日本大学野球選手権は実力をアピールする大きなチャンスだった。しかし、大会直前に部員の不祥事が発覚し出場辞退。秋、今川はプロ志望届を提出し指名を待ったが、ドラフト当日、「今川優馬」の名前が呼ばれることはなかった。

そして、社会人1年目で輝かしい成績を残し、迎えたドラフト解禁年でのコロナ禍。

「そうですね、ここっていうときにいつも大きな壁が立ちはだかる……。でもそれを乗り越えてきたから自分は今も野球を続けられていると思いますし。『立ちはだかる壁は乗り越えられる人にしかやってこない』という言葉を何かで読んだんです。そのときに、乗り越えるために自分にもこういう試練が与えられたんだって思うようになりました。最初はついてないなって思ったんですけど、これを乗り越えた先にもっと自分は強くなれるという思いを持って、自分を信じてやるだけです」

高校3年夏の全国選手権南北海道大会を制し、甲子園出場を決め仲間と(本人提供)

たびたび訪れる逆境の中、それでも今川は大きな舞台で力を発揮してきた。高3の夏、ギリギリ間に合った大会では5打数3安打5打点と代打の切り札的な働きで甲子園出場に貢献。甲子園、敗れた2回戦の山形中央高戦では代打として打席に立ち、長身右腕の石川直也(現・北海道日本ハムファイターズ)からレフト前ヒットを放っている。

東海大北海道3年生の時は全日本大学選手権で活躍し、チームは4強に進出した(撮影・朝日新聞社)

大学3年の6月に出場した全日本大学選手権では、東洋大のエース・飯田晴海(現・日本製鉄鹿島)からホームランを放つなどの活躍で4強進出に貢献。社会人では1年目に都市対抗優勝。

自身を前向きにさせる原動力は「野球が好きだ」という気持ちだ。勝負所、プレッシャーのかかる場面でも今川は笑顔で打席に入り、思い切りバットを振る。

「試合に出られる喜びが自然と表に出ちゃうんです。やっぱり試合って楽しいなぁって。野球が大好きで、本当に楽しくて。それと、何より家族を早く楽にさせてあげたいっていう思いがあります。両親にたくさん迷惑もかけましたし、応援してもらってるんで、早くいいところ見せてあげたいなっていう思いが強いです」

両親と4人の弟、妹と一緒に(本人提供)

今川は6人兄弟の長男だ。東海大四高へ進学する際は、他の私学ならスポーツ特待生として入学できる可能性もあった。第一志望の東海大四高へ進学した場合は学費がかかるため悩んだが、両親は「自分の一番行きたいところを選びなさい」と背中を押してくれた。フォロワー数1万6000人超を誇る今川のTwitterには、たびたび今川一家の写真が登場する。「世界一仲の良い家族だと思います」と今川は笑顔で言う。

人気のTwitterで家族写真や野球振興も

コロナ禍による活動自粛期間中、今川は「何か自分たちにできることはないか」と考え、行動を起こした。NPBの『キャッチボールプロジェクト』をヒントに、社会人野球各チームに呼びかけ、日本野球連盟公式サポーターの協力を得てメッセージ動画『今、僕たちにできること』を作成。社会人野球で活躍する選手たち約70人が、キャッチボール、バッティング、守備など得意なプレーを見せながら野球ファンにメッセージを送った。SNSで拡散された動画は大きな反響を呼んだ。

「『元気をもらいました』とか『早く球場へまた試合を見に行きたいです』とか、たくさんの声をいただきました。やってよかったなって実感しました」

今川に吉報は届くだろうか(撮影・小川誠志)

――雨垂れ石を穿(うが)つ――
今川の座右の銘だ。軒下から落ちる雨のしずくも、長い間同じ所に落ち続ければ、ついには硬い石にも穴をあける。小さな力でも根気よく続ければ成功に至るという意味の言葉だ。
満員の観衆の中でプレーする日を夢見て、今川は今日も笑顔で思い切りバットを振る。

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