野球

特集:2020年 大学球界のドラフト候補たち

近畿大学の佐藤輝明 “ドラ1候補”は厳しさと毅然さ持つ稀有のスラッガー

ドラフト上位指名が確実な近畿大学の佐藤輝明内野手(撮影・沢井史)

「こんな選手、おそらく初めてですわ」
上宮高、東大阪大柏原高と高校野球で野球指導歴30年以上、そして1993年選抜大会で全国優勝の経歴を持つ近畿大学の田中秀昌監督は、今秋ドラフト1位候補と言われている左の長距離砲・佐藤輝明内野手のノックを見ながら、ふとこう口にした。

先輩・二岡の本塁打数に迫る

佐藤は、スイングスピードが160kmを超え、ベンチプレス130kgを悠々と持ち上げるパワーの持ち主で、同じ近大の先輩・二岡智宏(現巨人三軍監督)の持つ記録(13本)に迫る関西学生野球通算12本塁打を放っている。

だが、指揮官が「初めて」と語るのはそのポテンシャルの高さではない。

「ここまでね、あまり表に“出さない”選手はいないですね、色んな意味で。どんな状況でも表情をまったく変えないんです。高校(仁川学院)でめちゃくちゃ揉まれた訳ではないし、そんなガツガツしたタイプではないんですけれど、これからこのスタイルで、どんな風にやっていけるのかなというのもありますね」

確かにグラウンドにいる佐藤の一挙一動を見ていても、持ち前のパワーから力強さは感じるが、練習ではボールに食らいつくガツガツした雰囲気は感じない。マンツーマンで取材をしても、どちらかと言えばあっさりとしている印象がある。そのスタイルは〝ドライ〟〝スマート〟と形容もできるが、高校野球を指導した時代から泥臭さを求め、黒田博樹(元広島ほか)ら数々の教え子をプロ野球界に送り出してきた田中監督にとって、物足りない部分はあるかもしれない。

「周囲が騒いでも自分は自分」

ただ、それが佐藤なんだなと思うこともある。新型コロナウイルス感染拡大の影響で春季リーグ戦が中止になり、ラストシーズンとなるこの秋は、試合ごとに大勢のスカウトがバックネット裏に陣取り、一層多くの目が佐藤の姿を追っている。試合翌日のスポーツ紙では紙面を割いて、佐藤の写真を大きく載せた記事が目に飛び込んでくる。

〝ドラ1候補〟とは、これだけ注目を浴びるものなのか。
佐藤の心はそんな感情に支配され、平常心を保つことも苦労しているのではないか。
だが、佐藤は即答でこう口にした。

「周囲が騒いでも自分は自分。自分がやることには変わりはないので」

表情をまったく変えず、佐藤は現状を冷静に見つめていた。

9月5日、秋の開幕戦となった同志社大学戦。4打席目で左越え二塁打を放って4打数1安打のリーグ戦スタートとなった。チームは2-3で敗れ、試合後、多くの報道陣に囲まれながら佐藤はこうコメントした。

「開幕戦だからと言って特別な緊張はなかったです。でも相手投手のスピードに詰まらされた打席もあったし、反省点はいっぱいあります」

守備では好プレーもあり、記者からは守備面についてプラス材料を尋ねられようとしても、本人は「それでも黒星スタートだったので。それが一番悔しいです」と、表情はやはり最後まで変わらなかった。

関西学院大戦で中越え本塁打を放つ佐藤(撮影・朝日新聞社)

次節の関西学院大学戦ではバックスクリーンに特大アーチを放ち、いよいよ佐藤のバットも火を噴き始めた空気を感じる。1年春からリーグ戦に出場し、ベストナインを3度獲得するなどリーグの先頭を走り続けてきた。ここまでの歩みを振り返ると、やはり佐藤は辛口なコメントを冷静に並べた。

「ここまでは順調に来ているとは思いますが、満足な数字じゃないです。野球という面でしっかり成長できているとは思いますが、自分はもっとできると思っています」

それは過信ではなく、高校時代に筋力トレーニングに没頭しながら飛ばす能力を磨いてきた自信から来るものだ。ただ、飛ばすだけではなく走塁や守備力もプロからの評価は高い。最近はテレビで特集を組まれるなどしてメディアに出る機会が増え、周囲からの応援の声も増えたという。

「声援をいただけることは嬉しいんですけれど、そのためにやっている訳ではないので、これからもっと練習するだけです。(これから目指す)プロは厳しい世界ですし、大変なことも多いと思います。自分に必要だと思えることなら厳しい練習でも苦しくないと思いながら、これからもやっていくつもりです」

「今はとにかく練習するしかない」

プロの世界を目指す以上は、もちろん入るだけではなく一流選手になることが目標だ。佐藤が掲げる一流選手とはどんな選手なのか尋ねると、こう口にした。

「好成績をずっと残し続ける選手です。プロは結果がすべて。もちろん立ち振る舞いや人間性も大事ですけれど、成績を残しているからそういう風格も出てくると思います。そういう選手になれるように、今はとにかく練習するしかないです」

打撃だけでなく走塁や守備も評価が高い(撮影・朝日新聞社)

学生最後の秋季リーグ戦も折り返し地点にさしかかってきた。だが、どんな状況でもやはり佐藤は佐藤。厳しさ、毅然さも持ち合わせた稀有のスラッガーは、どんな強風が吹き、緩やかな坂道を登っていても、決して立ち止まることはない。

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