陸上・駅伝

國學院大學・前田康弘監督 「歴史を変えた挑戦」はこれからも続く

初の著書を手に、陸上部の寮の前で(撮影・藤井みさ)

昨シーズンは出雲駅伝初優勝、箱根駅伝総合3位と躍進を見せた國學院大學。チームを率いるのは前田康弘監督(42)だ。12月18日に初の書籍「歴史を変えた挑戦 國學院大學陸上競技部で僕が実践した 非エリートで強いチームをつくる方法」を出版するのを前に、改めて指導者としての思い、そして今のチームについて聞いた。

漠然と「指導者になりたい」という思いはあった

書籍ではまず第1章として、前田監督が國學院のコーチ、監督に就いてからチームづくりに取り組み、昨年の躍進までにつながった軌跡が丁寧に描かれる。また第2章では、いままであまり語られてこなかった実業団・富士通を引退し、社業をしながら駒澤大学のコーチをしていた時代、一度陸上競技から離れたことについても語られている。

駒澤大学箱根駅伝初優勝時のキャプテンだった前田監督。実業団・富士通に進み、20代後半に現役を引退した後は母校のコーチとなった。平日は社業、休日はコーチという兼業コーチとしての生活がスタート。当時から指導者になりたいという気持ちは漠然とあったといい、「本当にタイミングと運ですよね」と振り返る。

さまざまな背景の人との仕事、一気に世界が広がった

2年間駒澤大のコーチを務めたが、実家の電気工設計会社を継ぐことを決め、そのタイミングで陸上競技からは離れた。そこから修行として、父の会社の取引先である下請け企業に入社。ここでの経験が前田監督に大きな意味をもたらした。

「それまで陸上をやってた時は陸上のことで共通した話題があって、富士通で社業をしていたときもある程度いい大学を出た人ばかりが周りにいた、という状態でした。でもその会社に入ってみたら、学歴や職歴など、あらゆる背景を持った人たちがいたんです。今まで自分のいた世界は狭かったんだなとわかったし、一気に視野が広がりました」

年始の箱根駅伝ではこれまでの最高位である総合3位。國學院の名を印象づけた(撮影・藤井みさ)

箱根駅伝に出ていた、といってもそんな話は通用しない。相手がどんな人なのかをよく見て、共通の話題を探す。さまざまな人生経験をしてきた人たちの話はとてもおもしろく、刺激的だった。仕事としての経験以上に、一人の人間として大きな経験だったと思い返す前田監督。しかし本当にこれからの人生に対して前向きになっていたときに父の死。会社を継承することはできず、縁あって國學院大のコーチの話をもらい、今に至る。

陸上から離れていたのは1年足らずだったが、このときの経験は指導者として選手たちに接する上でとても大きな糧となっているという。「結局、指導者といっても『対・ひと』になるんです。選手ごとにコミュニケーションのとり方を変えたりして関わっていくんですが、そのときの経験が活きていると感じますね」

たとえば、昨シーズンは主将の土方英和(現・ホンダ)、浦野雄平(現・富士通)、青木祐人(現・トヨタ自動車)が中心となっていたチームだったが、この時は「一緒にやっていこうよ」という雰囲気で選手と二人三脚でチームを動かしていく、という雰囲気だった。「今年は藤木宏太(3年、北海道栄)と中西大翔(たいが、2年、金沢龍谷)中心のチームになってますが、去年とは全然違います。本当に毎年違うなと感じますよ」という。

「手応えはあった」全日本大学駅伝だったが流れに乗りきれず

前述の通り、昨年は4年生が中心となってチームをけん引していたが、彼らの卒業でまた新しいチームとなった。新チームの主将は3年生の木付琳(大分東明)。昨年優勝した出雲駅伝は中止となってしまったものの、選手たちは意識高く練習に取り組み、次々と自己ベストを更新するなどチームの雰囲気は上り調子。11月1日の全日本大学駅伝にも上位校と戦えるメンバーが揃い、「正直、手応えはあった」と前田監督は振り返る。「でも駅伝の流れをうまくつかまえられなかった。4区のラスト1kmで勝負から取り残された感じでした」

國學院大は1区島崎慎愛(よしのり、3年、藤岡中央)がトップと8秒差の4位でつなぎ、2区臼井健太(4年、鳥取城北)も区間6位と堅実な走り。中西につなぐが、ここで2秒前にスタートした早稲田大の中谷雄飛(3年、佐久長聖)のハイペースで突っ込む走りに置いていかれた。4区に襷(たすき)が渡ったときはトップとの差は32秒の4位。4区の副キャプテン・河東寛大(4年、樟南)が区間8位となり、順位は8位に落ちた。

藤木の状態は悪くなかったが、駅伝の流れに乗りきれず力んでしまったという(撮影・朝日新聞社)

前田監督は「(5区)木付はまとめる走りができたけど、(7区を担当した)藤木は力んでしまいましたね(区間7位)。1、2秒の積み重ねがだんだん広がっていったなという感じがあります」と振り返る。結局9位となりシード権を落としてしまったが、そこについては「春の予選会をきっちり通れば戻ってこれる」とそこまで気にしていない。

だが一方で、「その最低ライン(シード権獲得)をクリアできないのが今の力」とチームを評価する。「上の大学との力の差を感じられたという点で収穫がありました。あとは、1年生の力の差が今年は大きかったなと。他の大学では区間賞を取った1年生が3人もいますし(順天堂、東海、青学)、区間賞じゃなくても区間上位で走っているルーキーがたくさんいます。スカウトで負けているなというのも感じました。駒澤大の田澤くん(廉、2年、青森山田)や早稲田の中谷くんをはじめとした『エース格』との格の違いも見せつけられましたね」。そして國學院のエースのひとりでもある、3区を走った中西については、高校時代からいままで駅伝で「競った」経験が少ないとして、中谷の走りを見たことでまたこれから変わってくるだろう、と期待している。

箱根駅伝総合3位へ、チーム一丸となって

その中西は11月21日の八王子ロングディスタンスで、10000m28分17秒84をマークし今年3回目の自己ベスト。その前週の日体大記録会では10000mで木付が28分27秒59、河東が28分25秒57の自己ベスト、11月30日の東海大記録会5000mでも複数の選手が自己ベストを更新するなど、チームはふたたび箱根駅伝に向けて勢いをつけている。中西は「全日本大学駅伝でシードを落としたのが本当に悔しかった」といい、選手全員で「もう一度チーム一丸となって戦おう」と話し合ったのだという。

中西は11月21日の八王子ロングディスタンスで好走、目標の28分20秒切りを達成(撮影・藤井みさ)

箱根駅伝の目標はシーズン当初に掲げていた通り、総合3位。昨シーズンは「往路優勝、総合3位」だったが、今年は「全体を通して戦っての総合3位を目標にしてます」と前田監督。5・6区の山とそれ以外、とコースをわけて考えているという。「いまのところ5・6区の候補はいます。ある程度のレベルで戦えると思っています」とも明かす。

あとは1区に爆発力のある選手を置くのか、2区は誰に任せるのか……そこは言及しなかったが、前田監督の中にはすでに考えがあるようだ。ここへきて力をつけてきている4年生たちの存在も見逃せない。「いくら主将が3年生だといっても、結局チームは4年生のカラーが出るんですよ。ここへきて彼らも最終学年で、やってやろうという気持ちが見えます」

今年のスローガンは「覚悟と証明~歴史を継承し、新たな未来へ~」だ。新たな未来を切り開くため、前田監督と選手たちのチャレンジは続く。

『歴史を変えた挑戦 國學院大學陸上競技部で僕が実践した 非エリートで強いチームをつくる方法』

2019年10月の出雲駅伝で学生三大駅伝初優勝、2020年1月の箱根駅伝では総合3位に輝いた國學院大學。その輝かしい結果の背景にあった、就任11年目となる前田康弘監督の徹底したチーム作りとは。若い世代の現役選手とどのようにコミュニケーションをとり、特徴を捉え、彼らの心を開き確実な結果へとつなげていったのか。駒澤大黄金時代の礎を築いた前田監督に、強いチーム作りの極意を語っていただきました。

チームに欠かせない価値観、信念を持って臨むとはどういうことか、選手との対話に存在する“距離感”や“間”とは一体何なのか。名将・大八木監督のもとで過ごした現役選手時代、引退、就職、諦めきれなかった夢、脱サラ、そして運命を変えた父親の死___。悩み、紆余曲折した半生を振り返りながら、「心に響くチームマネジメント」の極意を明らかに!駅伝ファンはもちろん、コーチングや指導に携わるビジネスマンにも読んでいただきたい一冊です!
発行:株式会社KADOKAWA

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