青学・原晋監督、「勝てるメンタル」は型破りなポジティブ思考から
「正直、『勝てるメンタル』なんて意識してないですよ。大前提として、やったことが結果に出るわけだから、やるべきことを当たり前にやる。それだけ。レースに向けていい状態をつくりあげて、ちゃんと自分を理解して臨めば、自ずと記録は出ると思う。『レースで80%、50%、30%しか力が発揮できない。だからメンタルが弱い』なんてよく言われるんですけど、そんなことはない。力以上のものを出してやろうと思うとブレーキにつながる。自分自身をちゃんとミラーリングできるかどうかってことじゃないですかね」
青山学院大の原晋監督と医師の根来(ねごろ)秀行氏との共著、『青学駅伝選手たちが実践! 勝てるメンタル』(KADOKAWA)が3月16日に発売された。「勝てるメンタル」の真意を原監督に尋ねたところ、この言葉だった。本書では「勝つメンタル」を備えたランナーを「自分の持ってる本来の力を引き出せる人」と称しています。原監督は普段どのように選手たちを指導し、その力を引き出しているのでしょうか。
選手の力+組織の力=実力
――4years.では、青学が2015年の箱根駅伝で初優勝したときの主務だった髙木聖也さんの連載が好評です。髙木さんから、原監督は最初「優勝」という言葉を掲げていなかったのに、あるとき急に使うようになったとうかがいました。当時、心境の変化や特別な意図があったのでしょうか?
原監督:僕は前向きな言葉で選手たちを奮い立たせるんですけど、できないことに対しては言葉を発信してないんです。ある程度見えるという段階が、選手より早いんです。優勝なんてほど遠い選手層しかないのに、優勝しようなんて口が裂けても言えない。うそは言いたくないんですよ。できる可能性がある程度見えてくると、たとえ学生の優勝への意識がゼロでも、そこは圧を入れて前向きにいかせる。
もちろんデータはベースとして持ってないといけない。僕の思いだけで「優勝できるぞ!! 」と言うのは半分うそになってしまう。客観的なデータ、裏付けみたいなものがある程度優勝の領域に入ってきて、チーム内の雰囲気やベクトルが、部員が50人いたら50人のベクトルがトップの方に向かっている状態になっているか、です。さらにそれを押し上げるのが監督の仕事なんですよね。だからデータがある一定のラインを越えたら「優勝の可能性はゼロじゃないな」って思えるのはありますよ。
自力で優勝できる領域にきてるのか、というのと、相手さんが2~3回失敗してくれたら優勝できるかも、というのは違うんですよね。自力でその領域まで水準がきてるときに、選手たちの実力もそうですけど、組織としても成長できてるかどうか。この寮生活を中心とした組織の状態も上がってきます、そして選手の力が上がってきます、その2つを足して実力ですからね。
原監督:体操一つとったって、監督になったばかりのときの体操と、初優勝の前後から始めたいわゆる「青トレ」という体操とでは、まったく違うことをやってる。「目標管理ミーティング」も定例的にやってますけど、初年度は「なんで陸上以外のことをやらないといけないの? 」という世界でしたよ。だから私が入り込んでやり方を指示してやってましたけど、いまはまったく私が入り込まなくても、学生たちで侃侃諤諤(かんかんがくがく)話し合ってやってるわけですよ。それはやっぱり、組織として成長している証しです。
先輩が後輩に伝えるポジティブシンキング
――組織としての成長も欠かせないということですが、新シーズンが始まり、青学にも多くの新入生が入部してきました。原監督が寮生活の中でとくに意識されているのはどのようなことでしょうか?
原監督:1年生で入ってきたときの表情と4年生になっての表情は変わってきます。なんでかというと、この寮生活の中で、心理学の言葉で言えば「心理的安全性」が担保されてるから。「なんでも話していいんだよ」という空気を、十数年かけてつくってきました。そういう組織形態の中で育ててきた子どもたちが、いきいきと自分の言葉を発する。そこに私が意欲をかきたてるような言葉のトリックを使って、学生たちの心の扉を開かせるんです。
――入ってきたばかりの1年生には、毎年どのような声をかけていらっしゃいますか?
原監督:自分の言葉や選択肢をもって相談にくるようにってことは伝えるようにしてるかな。知らないものは知らないといけない。理解してないやつには理解させないといけない。やらないやつにはやらせないといけない。定着してないやつには定着させないといけない。さらに、それをチーム内で先輩が後輩に伝えていかないといけない。この5段階の論法で物事がすべて成り立ってるのが、私の頭の構造なんですね。知らないものを知ることから始まるわけだけど、それを監督だけが伝えるのではなく、先輩から後輩に知らせてあげる必要があるんです。
その大前提として、私が15年間かけて「前向きな話をすることはいいことだ」「自分の意見をするのはいいことだ」ということを組織全体に根付かせることが大切です。さっき言ったような「心理的安全性」をつくり出し、それを継承した学生たちが後輩との会話の中でネガティブをポジティブな方向にしなければいけないね。最初はしなければいけないというところから始まるんですけど、それが段々定着していって自然体になっていく。そして多くがポジティブな考え方を持つ中で、「僕できないな、ダメだな」って言ってたら、「何言ってんだお前!! 」ってなるんですよ。前向きな展開をつくりあげるんです。
性格的にね、初めから不満とかできない理屈を言うクセがついてる子が世の中にはいると思うんだけど、そういう子たちに対して、日頃の会話や訓練を通じてポジティブシンキングにもっていくような仕掛けを、私なんかはやってる。そういうものは日常生活において、いろんな会話や食事のときに、先輩後輩関係なくテーブルを囲むことでレクチャーできる。
そうするとやね、普段そういうことをやってるんだから、レースになっていきなりネガティブ思考が出てくるかっていうと、つくり上げる前の自分の実力のいけすの中で泳いでいけば恐いものはないですよ。そのいけすの中にタイガーがいると恐い。今年の箱根では4区の岩見(秀哉、当時2年、須磨学園卒)がブレーキになりました。負けは私の采配ミス。その一言で終わり。普通にやってれば勝てた。4区に鈴木塁人(たかと、当時3年、流経大柏卒)をもってくれば楽勝に勝てた。それだけなんですよ。自分の実力に合う区間配置をしてあげれば、そういうネガティブ思考にはならないです。
「ハッピー大作戦」で笑いも勝利もつかむ
――ネガティブをポジティブにという話がありましたが、原監督と言えば、箱根初優勝のときには「ワクワク大作戦」、2度目の箱根優勝のときには「ハッピー大作戦」などと、大会の前に「○○大作戦」を披露されてますよね。この作戦名もポジティブシンキングの一環でしょうか?
原監督:そもそもこの陸上界自体が、そういうことをタブーとしてきた流れがあった。当時、私がそういう作戦名を発表したときは「何チャラいことを言ってるんだ!! 」って。「これは勝負の世界だ。勝負の世界に笑いはないぞ!! 」という世界だったんですよ。笑うことが悪というぐらい言われてた。果たしてそうなんでしょうかってことなんですよ。
原監督:ちょっと話が逸れますけど、マネージメントに対する持っていき方だって、監督が絶対でそれに従って師匠と弟子という関係だった。とくに長距離界ではそれが指導スタイルの定番だったんですよ。それを私が覆して、「明るさっていいことなんだ」「話をして提案するのはいいことなんだ」「選手自身が自立することはいいことなんだ」ということを唱えていった。
その中の着眼点の一つがこの「○○大作戦」です。なんでそんな作戦名をやったかというと、明るさを出すため。一つの目標やシンボリックなものをつくる。理念というものがないと組織は進まないわけですよ。その1年間の理念というのもあるけど、箱根前の状態を一つのキーワードで表して、その直前に掲げた理念の下、チーム一丸となって戦っていく。それをある種、笑いをとりながらつくり出すことで「これは走るだろうな」って僕は思ったんですよ。うん。
背中を押すという意味での作戦名。12月10日の箱根合同記者会見の前日には寮の食堂で全体ミーティングをやって、その場で「明日の記者会見ではこの作戦でいくよ」と全員に伝えた上で乗り込むわけですよ。最初の記者会見で作戦名を掲げたときなんて「え!? そんなこと言って怒られないんですか?」って学生にびっくりされたもんですよ。なんで怒られなきゃいけない。自分の言葉を自分で発信して、人のことをけなしてるわけでもなんでもないんだし。「これって面白くないですか? 」って話。そういうことがタブーとされてきたあの記者会見を変えたというのはありますな~。
――いまでは次はどんな作戦名なんだろうなと、みなさんが期待してます。
原監督:物事は続けていくことが大切なんですよ。
――今年の「ゴーゴー大作戦」のとき、学生たちの反応はどうでしたか?
原監督:「今年はつまんねぇな」という顔をしているやつもいたし。でもなんだかんだ言って楽しみにしてるんじゃないですかね。
どんな順位でも笑顔でゴールを
――今年の箱根を振り返ると、アンカーの鈴木塁人は笑顔でゴールしてましたよね。青学の選手はゴールして苦しそうに倒れるというような姿を見たことがないような気がします。それは原監督から何か指導されているのでしょうか?
原監督:ゴールシーンは意識させますね。苦しんでゴールするのとさわやかにゴールするの、どっちがいいですかねって話です。笑顔でゴールした方がすがすがしいじゃないですか。最後は大学の顔にもなるわけですから、それが一つのブランディングにもなるわけですよ。
原監督:僕はスポーツはある種のエンターテイメント性もあると思ってるんですよ。見てる人にさわやかさを伝える。ポジティブとネガティブだったら、ポジティブゾーンをお見せしたい。「ごめん!! 」で入ったり、ヘロヘロになってゴールで倒れ込んだりってのは、負の方のキーワードだと僕は思ってます。1位だろうが2位だろうが3位だろうが、やってきたことを堂々と表現しなさい。1年間頑張ってきたことのご褒美で順位がつくんだから、2位だろうが3位だろうが、負けじゃないんですよ。うん。やってきた結果が2位なんだから、さわやかに表現したらいい。もちろん、一生懸命やってないのにさわやかに表現しちゃダメなんですけど。一生懸命やったという自信があるなら、さわやかに堂々と表現すべきだと僕は思ってる。
なんで楽しいことがダメなんでしょう、なんで笑っちゃダメなんですかって思いますね。やっぱり世の中楽しければこっちもテンション上がるし、頑張ろうと思えるじゃないですか。正と負があるとして、楽しいことが正、苦しいことや暗いことが負としましょう。じゃあどっちを伸ばすんですかってなったときに、正の方を伸ばすのが人間本来の考え方じゃないかって僕は思うんですよ。それなのに陸上界は欲を我慢して、負に耐えるという手法をつかって長距離をやってきました。なにが苦しいんですか。走ることが競技の種目であって、それを苦しいという発想がおかしいでしょ。好きで陸上部に入って、何で評価されるかっていうと、走ることしかないんですよ。じゃあそれって楽しまないと損でしょ?