大学陸上・駅伝

連載:私の4years.

箱根駅伝にあこがれて 青学大陸上部元主務・髙木聖也 1

陸上漬けの3年間を送った、九州学院高校時代(写真はすべて本人提供)

全国には20万人の大学生アスリートがいます。彼ら、彼女らは周りで支えてくれる人たちと力を合わせ、思い思いの努力を重ねています。人知れずそんな4年間をすごした方々に、当時を振り返っていただく「私の4years.」。4人目は元青山学院大学陸上部の髙木聖也さん(26)です。青学が箱根駅伝初優勝を果たしたときの主務だった髙木さんの青春を、5回に渡ってお届けします。初回はサッカー少年だった髙木さんが青学の緑のユニフォームを着ることになるまでの話です。

サッカーをあきらめ、陸上の道へ

日本代表やJリーグに憧れて約10年間続けてきたサッカ-を辞め、私が陸上競技に専念したのは中学2年の夏でした。大好きだったサッカーが面白くないと思ってしまったんです。いま川崎フロンターレで活躍しているDFの谷口彰悟選手もいた強豪チームに所属していて、試合に出場する機会が減ったことがきっかけでした。覚えている限りでの人生最初の挫折です。幼い頃からの夢を諦めるのは悔しかったですが、その決断を後押ししてくれたのが、サッカーと同じくらい大好きだった「箱根駅伝」の存在です。

小学生のころからテレビで見ていた箱根駅伝は、沿道で応援する人の数も圧倒的に多かった。走ってるランナーは、全員かっこよく見えました。当時は東海大の佐藤悠基さん(日清食品)、早稲田の竹澤健介さん(元住友電工)がスター選手。いつかは自分もあの舞台を走りたい。ドキュメンタリー番組に出てみたい。そんなあこがれとともに、箱根駅伝を走ることを見すえて、地元・熊本の強豪校である九州学院高校へ進みました。

休むことを知らなかった高校時代

間違いなく人生で一番ハードだった高校時代

高校時代は文字通り陸上漬けでした。1年間で練習がないのは5日程度。朝練のために毎朝5時に起きて、片道10km以上の道のりを自転車で登校、という日々を繰り返していました。いま振り返ると、高校3年間はこれまでの私の人生で最もハードな日々だったかもしれません。卒業して10年近く経った現在でも、多少のことがあっても「高校のころよりはマシ」と思えているので、この3年間が精神的な支えになっているのは間違いありません。恩師の禿(かむろ)雄進先生は、気軽に話しかけることができないくらい怖い方でしたが、「人としてどうあるべきか」に重きを置いた指導をしてくださり、多くのものを学びました。

競技面ではけがと、いわゆる「抜け症」に苦しみました。あのときの自分にはよくも悪くも当時の九州学院の教えがすべてで、「365日休まないこと」が正しいと思ってましたし、「痛くても我慢して走る」のも当たり前でした。みんな足が痛くても我慢するので、病院に診察に行ってみると8割の選手は疲労骨折の診断を受ける、という状態でした。後悔はないですが、当時の自分に声をかけるとしたら「もう少し気楽に頑張れ。あなたの考え、取り組みがすべてではないし、正しいとも限らないよ」と伝えたいです(笑)。

「君は青山学院寄りの顔だから」

けがに苦しみながらも「箱根駅伝を走りたい」という思いが弱まることはありませんでした。むしろ高校の先輩や合同合宿で一緒に走った選手など、「知ってる人」が箱根路を走る姿を見て、余計にその思いは強くなっていました。

卒業時に高校の仲間と

高3になり、先輩方がたくさん進学しているというご縁もあり、当時箱根駅伝新興校の一つだった青山学院大学にスポーツ推薦で進学できることになりました。高校時代に原晋監督に初めてお目にかかったとき、「君は青山学院寄りの顔だから、うちに来た方がいいいんじゃない?」と言われたのは忘れられません。変わった人だな、というのが第一印象です(笑)。

入学直前の大震災に「後悔のない日々を」

青学の陸上競技部町田寮へ入るために初めて故郷の熊本を離れ、上京したのは2011年3月5日。それから1週間も経たない3月11日、先輩の部屋で歓談していたときに、東日本大震災が起きました。東京都町田市の震度は5強。それまでの人生史上最大の揺れに不安が込み上げ、東北地方の津波の映像をテレビで見たときには、声を失いました。

私や家族、親戚は被害にあっていませんし、正直に言って、東日本大震災が当時の自分やその後の大学生活、競技生活に影響を与えたということはないと思います。映像から入ってくる情報に唖然としながらも、どこか他人事としかとらえられていなかったかもしれません。それでも「後悔のない日々を送らなければ」と、漠然と考えていたのは覚えています。上京したばかりなのに、実家に帰るように言われてすぐに熊本へ。震災の影響で入学式も中止となり、どこかソワソワした雰囲気の中、青学での4years.がスタートしました。

記事の続き「けがを繰り返して終わった選手生活」はこちら

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