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逆転サヨナラFG生んだ関学最後のオフェンスに、ファイターズの強さが見えた

劇的な逆転で立命館大を下し、抱き合う関西学院大のキッカー永田(16)とホルダーの山中(13)(撮影・朝日新聞社)

アメリカンフットボールの第75回甲子園ボウル(12月13日、阪神甲子園球場)で関西学院大学は3連覇を目指し日本大学と対戦する。5年連続出場を決めた関西学生リーグ1部のトーナメント決勝(11月28日)は立命館大学と死闘になった。なぜ、関学は逆転サヨナラフィールドゴール(FG)を決められたのか。甲子園ボウル出場は最多の54回目。伝統の強さが詰まっていたFGに至るまでの最後のオフェンスを振り返る。

1点を追い残り1分36秒から始まった

第4クオーター(Q)。試合残り1分36秒、13-14と1点を追う関学のオフェンスは自陣32ydから始まった。しびれる場面でも、小学1年生からずっとQBで、数々の修羅場をくぐってきた奥野耕世(4年、関西学院)は落ち着いていた。「時間はあったし、キックで逆転できる。だいぶ楽な気持ちでした」。なぜこんな緊迫した場面で「楽な気持ち」になれるのか。それは関学の監督、コーチ、選手たちが本気で最悪の状況を想定しているからだ。

「どこにレシーバーが走っても、合わせられる」とQB奥野(撮影・北川直樹)

奥野はこの試合で二つのインターセプトを食らったが、気持ちが沈むこともなかった。「これまでもビッグゲームでは絶対にビンゴ(インターセプト)されてる。やられるもんやと思ってました」。試合の終盤になって立命のオフェンスにラン、ランで攻め込まれたときは「タッチダウン(TD)されて(8点差になって)も、TDを取り返してツーポイントを決めて追いついたらいい」と考えていた。結局ディフェンスがゼロで乗りきってくれた。だから最後に1点差でフィールドに出ていくとき、FG圏内まで進めばいいから「楽な気持ち」になれたのだ。しかも試合残り2分を切って負けている状況でのオフェンスは、立命戦の2日前まで繰り返し、繰り返し練習していた。

自陣32ydから攻撃開始。最初はWR糸川幹人(2年、箕面自由学園)に捕ってから走らせようとしたパスに失敗。第2ダウン10ydでもパス。立命ディフェンスのラッシュが激しく、奥野は何とかLB飯田哲平(4年、浪速)のタックルをかわし、DL松本康佑(1年、立命館宇治)に体当たりされながら、何とかサイドラインの外に投げ捨てた。第3ダウン10yd。最初の難関がやってきた。今年からオフェンスコーディネーターとなった香山裕俊コーチ(30)の決めたプレーが入ってくる。あの日と同じプレーだった。

よみがえる2年前の西日本代表決定戦

2年前の立命との甲子園ボウル西日本代表決定戦も、関学が逆転サヨナラFGによって20-19で勝った。このときは試合残り1分56秒、2点を追って自陣36ydからオフェンスが始まっていた。いきなり奥野がWR松井理己(当時4年、現富士通)へパスを通して敵陣40ydへ。そして第2ダウン10ydで、奥野はWR阿部拓朗(当時3年、現アサヒ飲料)へパスを決める。阿部がよく走ってゴール前12ydに迫った。大きく勝ちを引き寄せたこのプレーと同じパスのパッケージが、2年後の奥野に伝えられた。

中央やや左の位置にボールがある。右にWRが3人、左に1人。3人は近づいて三角形にセット。3人で最も内側に位置したのがあの日の阿部で、この日はWR鈴木海斗(かいと、4年、横浜南陵)だった。プレーが始まる。鈴木は右にいる2人が駆け出したあと、ゆっくり右へ出て、急激に左へコースを変える。2年前はここで奥野が投げ、プレー開始地点から5ydで阿部にパスがヒットした。しかし、この日は2年前のことを覚えていたのか、勘のよさなのか、立命のDB永田大河(4年、立命館宇治)が鈴木にスッと寄ってきた。ここで投げていたら、奥野は永田にこの日二つ目のインターセプトを喫していただろう。

関学のWR鈴木は立命との戦いで4キャッチ82yd、1TDの活躍(撮影・朝日新聞社)

奥野は投げない。鈴木が永田との衝突を上手に避け、縦目のルートに切り替える。中央付近で鈴木がフリーになった。もう奥野は右腕を振り下ろしている。キャッチ。プレー開始地点から16yd先で捕り、17yd走って敵陣35ydまできた。「最初のタイミングで投げようとしたら32番(永田)が間に入ってきて投げられなくて。待って待って投げました」と奥野。プレー開始から鈴木のキャッチまで4秒6。OLの5人が奥野を守り抜いたのも大きい。

敵陣35yd。まずは時計を止めるために奥野が地面にボールをたたきつけるスパイク(パス失敗にカウント)。第2ダウン10ydで糸川にパスを決めたが、3yd残った。確実にFGを決めるには、あと10yd進みたい。大事な大事な第3ダウン3yd。右に3人並んだWRの最も内側に鈴木。まっすぐ5yd走って、直角に左へ。マンツーマンでついてきた立命のDB魚谷海仁(うおたに・かいと、4年、立命館宇治)のマークを外した瞬間、奥野のパスが飛んでくる。捕ってゴール前8ydまでゲインした。これで勝負あった。あとはランを2回続けて時間を使い、残り3秒からキッカー永田祥太郎(3年、浜松西)が21ydのFGを蹴り込んだ。

昨秋のリーグ戦から。背番号3の奥野と4の鈴木は仲がいい(撮影・安本夏望)

「あれは(鈴木)海斗が勝手に変えたんです」と奥野。最後のパスのことだ。鈴木は本来、もう少しまっすぐ走って振り返り、戻りながら捕るルートを走るはずだった。だがプレーが始まって第2列のLB2人がスッと上がってきて、中央に大きなスペースができた。奥野が「真ん中に人おらんし、こっち来んかな」と思ったら、鈴木がルートを変えて、そこに入ってきてくれたそうだ。「ウチの4年同士のQBとレシーバーは息が合うんです。とくに、あの二人は一番しゃべって(コミュニケーションをとって)ますから」と大村和輝監督(49)。奥野は鈴木について「ずっと一緒にやってるので、捕ってくれる信頼も一番あります」と評する。

関学のQBとレシーバー陣は練習の始まる2~2時間半前にグラウンドに出て、パスルートを合わせる。今年も全体練習が始まった9月以降はずっと続けている。鈴木は高校時代から大学1年まではRB。2年でWRに転向してから、奥野のパスを受け続けてきた。鈴木はこれまでのフットボール人生で印象的なこととして、今年1月3日のライスボウルで、最強の富士通から奥野とのコンビで奪ったTDを挙げている。

強い相手と対峙(たいじ)すると、思い通りのタイミングでパスを投げられるケースが少なくなってくる。だから奥野は新チームになってから、レシーバーにしつこく言ってきた。「プレーが崩れたときに、いかにパスを通すかが大事。崩れたら、自分で空きに(フリーになりに)いってくれ。俺はどこでも合わせて投げられるから」と。この日の第3Q、第4ダウン残り5ydを乗り越えたWR梅津一馬(2年、佼成学園)へのパスも、本来は梅津に投げるはずではなかった。「一馬は釣り(おとり)やったんですけど、僕の方をずっと見ててくれて、目が合った瞬間に戻ってきてくれたから決まりました」

「自分たちの方が絶対に弱いと思い臨む」

大村監督が、関学ファイターズがどうやって試合に向かっていくのか教えてくれた。「自分たちの方が絶対に弱いと思って臨んでます。だからその分、事前の準備が細かくなるし、必死でプレーの精度を上げる努力をする。その姿勢が根付いてます。ほかのチームを見て、そういうの感じたことないですね」。強いはずだ。加えてチームの大黒柱である奥野には、土壇場でのとんでもない勝負強さがある。

75回目の甲子園ボウルで最多54回目の出場を決めた関学。出場回数2位はライバル日大の35回(撮影・朝日新聞社)

3年前のリベンジがかかる日大との甲子園ボウルで30回目の対戦(日大の17勝10敗2分け)も、奥野-鈴木の4年生ホットラインが開通するだろうか。

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