関学QB奥野耕世「ビビらず攻める」 ライスボウルでフットボール人生締めくくる挑戦
アメリカンフットボールの日本選手権プルデンシャル生命杯第74回ライスボウルは1月3日、東京ドームでキックオフを迎える。3年連続の出場となる関西学院大学ファイターズが、社会人Xリーグを7年ぶりに制したオービックシーガルズに挑む。関学のエースQB奥野耕世(4年、関西学院)は2年生でスターターになってから3年連続のライスボウルだ。これが、彼の16年間のフットボール人生を締めくくるラストゲームになる。
コロナ禍で1Qを12分に短縮
ライスボウルは社会人が11連勝中だ。関学は2013年のライスボウルでオービックに試合残り10秒で逆転されて負けた。当時はオフェンスコーディネーターだった大村和輝監督(49)は「あのときよりXリーグの攻撃力が上がってますよね。どこもQBは外国人で、フィジカルの差もすごく大きい。学生はディフェンスが耐えられないんです」と話す。ただ今回は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で両チームとも練習時間が十分にとれていないとして、従来の1クオーター(Q)15分を12分に短縮して開催される。大村監督は「12分になったのはウチにはメリットしかない」と話し、奥野も「よかったと思います。力の差があるので、オフェンスとしては時間を使って攻めたいです」と語る。
卒業後は在阪テレビ局へ、その訳は
春になれば、奥野は在阪のテレビ局で働き始める。仕事との両立が難しいこと、前述の大村監督の言葉にもあるようにXリーグの強豪チームのほとんどがQBを外国人選手に任せていることなどから、奥野は第一線から身を引くことにした。「小学1年からずっとやってて、自分がプレーするのが終わるというのは寂しいです。いまのところはフットボールをしてない自分は想像できないんですけど、何かしらでフットボールに貢献できたらいいなと思ってます」と語る。
2年生の春、日本大学との定期戦での一件で、奥野は一気に注目される存在となった。「家の周りにマスコミの人たちがいて帰りたくなかった」「妹たちにもこわい思いをさせてしまった」といった言葉を奥野の口から聞いたことがあった。だから彼がテレビ局に就職を決めたというのが意外だった。奥野にその理由を尋ねた。「すごいこわい思いもしたんですけど、そのあと甲子園ボウルで勝って賞をもらって、あの事件があったからですけど取り上げてもらって、結構元気づけられたんです。フットボールを続けてよかったのかなと思えました。それが大きかったですね。あと関学の先輩の大西(史恭)さんが僕の一年を振り返る記事を書いてくださって活力になったし、そっち側の仕事もいいんかなと思うようになりました」
日々の練習場所は西宮上ケ原キャンパスの高台にある「第3フィールド」だ。奥野たち最上級生は4年間、ここで人知れぬ努力を重ねてきた。「長かったようで短かった感じですね。あのグラウンドには楽しかった思い出もつらかった思い出もあります。いろいろありますね」
2年生になってスターターを任された。4年生QBの光藤航哉と西野航輝という両先輩がいてくれたのが大きかった。立命館大学との西日本代表決定戦では三つのインターセプトを食らったが、周りに支えられて吹っ切れた。最後のオフェンスではパスを通し、逆転サヨナラフィールドゴールをお膳立てした。「自分が自分がって思い過ぎてたのを『そうじゃない』って大村さんにも言われて。QBとして大事なことを学びました」。甲子園ボウルでは年間最優秀選手と甲子園ボウル最優秀選手をダブル受賞した。
上級生になり大人のQBに
3年生になった奥野は大人のクオーターバッキングをするようになった。「前の年の反省を生かして、『無理投げをしない』とかそういう目標を立ててたんですけど、それで自分のパフォーマンスが落ちてしまって。けど、自分が目立つようなプレーをやるんじゃなくて、安定的なプレーをやり続けることでオフェンスがいい方向に向かうというのが分かりました」。甲子園ボウルではチームを勝利に導いたが、個人賞は受けなかった。
そしてラストイヤー。奥野は「俺がチームを勝たせる」と強く思って日々を過ごしてきた。もちろん過去2年の経験を踏まえた上での「俺が勝たせる」だ。3年ぶりに実現した「青と赤」の甲子園ボウルでは日大に42-24で勝ち、2年ぶりに年間最優秀選手に輝いた。
WR鈴木海斗とのホットライン
今シーズン、追い込まれた場面ではことごとく同学年のWR鈴木海斗(横浜南陵)へパスを通した。身長180cmの鈴木は高校時代から大型RBとして活躍し、その走りを期待されて横浜から関学へやってきた。奥野は「初めからキャッチはレシーバー並みにうまかったのを覚えてます」と鈴木を評する。彼は2年生になるとき、WRにコンバートされた。確かに現在のRB陣の充実ぶりからすれば、この転向は大成功だった。QBとWRとして向き合って3年間、奥野と鈴木は来る日も来る日も、第3フィールドでお互いを高め合ってきた。
奥野に鈴木のフットボール選手としてすごいところを尋ねると、「一番はタフさやと思います。まずけがをしない。痛いとも言わない。この4年間でけがというけがをしてなくて、練習もほとんど抜けずにやってます。そんなのは海斗ぐらいやと思います」。甘い顔立ちからは想像しにくい鈴木の強さが見えてくる。試合でボロボロのグローブを着けていたこともあった。見た目をまったく気にしないのが鈴木海斗だそうだ。精神的にも強いらしい。試合前の控室で奥野が「緊張してるわー」と話しかけると、鈴木はいつでも「ぜんぜん」と返してくる。「常に一定なんです」と奥野。甲子園ボウル前夜、関学の4年生の決意表明で奥野は驚いたという。「海斗が『耕世を日本一のQBにする』って言ったんです。そんなこと言うヤツじゃないんで、ビックリしました。うれしかったです」
奥野と鈴木の間で、パスのルートは先輩たちから教えてもらったものをアレンジして、無数のバリエーションがある。しかも試合でプレーが始まってから、目の前の状況に応じて二人で同じ判断ができるようになった。いま、関学の背番号3と4のホットラインは最強だ。前回のライスボウルでは富士通の強力ディフェンスを相手に試合終了間際、二人でタッチダウンを決めた。オービック相手に、あのシーンを何度再現できるだろうか。
「テンポよくオフェンスをつなげたい」
「ライン戦が厳しくなるから、ショートパスとミドルパスでテンポよくオフェンスをつなげていきたい。ビビらずに攻めたプレーをやっていきます」。審判の最後の笛が鳴り終わるまで挑戦し続ける。それがQB奥野耕世のラストゲームだ。