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洛南・小川敦也 突破力と得点力で仲間を生かす大型PG、筑波大でこそ日本一を

小川は自ら決める一方で、起点となって得点のチャンスを作り出してきた(写真提供・JBA)

昨年末の高校バスケ日本一を決める「ウインターカップ」に出場した選手から、4月に大学へ進む注目のアスリートを紹介します。洛南(京都)のエース小川敦也(3年)です。春から筑波大学に進みます。

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車椅子の上から見守った京都対決の準決勝

高校3年間の集大成となるウインターカップは、まさかの形で終幕した。準々決勝の終盤、シュートブロックの着地に失敗して足を負傷した小川は、重度の捻挫と診断され、以降の出場はドクターストップ。京都対決となった準決勝の東山戦を、車椅子の上から見守った。

「小川は世代トップクラスの選手だし、府予選で3年ぶりに東山に勝てたのもあいつが頑張ってくれたからです。決勝に進んで、小川をどうしてもベスト5に入れたいと考えていました」。こう話した主将の西村慶太郎(3年)を始めとする選手たちは、強い思いを持って東山に立ち向かったが、得点、ドライブ、パスと八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見せる小川の欠場はやはり相当に大きく、67-87というスコアで敗れた。

吉田裕司コーチは試合後,「小川のせいにはしたくないですが、やはり彼の欠場で攻撃力が格段に落ちたことが一番の敗因です。今年のチームは、小川が起点となってチームの得点チャンスを作り出すスタイル。起点がなくなったことでディフェンスの焦点を絞られ、しっかり守られてしまいました」と話した。

ミックスゾーンには車椅子に乗った小川も現れた。前夜は圧迫とアイシングを繰り返し、状態がよくなることをひたすら願ったという。この日の朝、病院でドクターストップがかかった瞬間を「つらかったです」と振り返り、「僕がいなくても頼れる仲間。試合前には『自分たちを信じて、今までやってきたことをやれば絶対大丈夫だよ』って声をかけました」と話す最中で、小川の声が詰まった。

最大のライバルである東山との最終決戦を制し、12年ぶりの決勝、そして優勝へ。頭の片隅で思い描いていただろうシナリオが、自らのけがによって立ち消えた。「コートに立てなくて……。試合に出られない3年生やベンチに入れない選手、洛南に携わってくれた人たちに優勝で恩返ししたかったのに、何もできなくて悔しいです」。涙はとめどなく流れた。

洛南でオールラウンダーとして鍛えられ

振り返ってみると、どんな3年間でしたか? そう尋ねると小川は「プレーヤーとして何かできるわけじゃなかった自分をオールラウンダーに育ててくれ、チームプレーの大切さを学んだ3年間でした」と答えた。

個人でなくチームで戦うスタイルに引かれ、小川(左)は洛南に進んだ(写真提供・JBA)

新潟市立鳥屋野中時代は、ゲームキャプテンとして全国準優勝に貢献。U15世代のエリートキャンプにも招聘(しょうへい)された世代トップの選手にしては自己評価が低いと感じたが、「中学の時は、点を取ろうとする意識があまりなくて、アシストの方が多かったんです」と本人談。自らが攻める意識を身につけたのが、「個人でなくチームで戦っていて、留学生に頼らず日本人で日本一を目指しているところ」に引かれて入学した洛南だった。

洛南の指導方針は、選手の将来を見据え、身長やポジションに関わらずオールラウンドな技術を身につけさせること。身長180cm弱のポイントガードとして入学した小川も、ドライブからポストプレーまで一通りのプレーの基礎をたたき込まれ、一気に190cmに到達した2年時以降に大きく生きた。小川は、「大きいだけで怖くないガード」にも「得点力のないフォワード」にもならず、突破力と得点力でディフェンスを引きつけ、アシストで仲間を生かせる大型ガードに進化したのだ。

吉田コーチは言う。

「ボールハンドリングやボディコントロールは中学でしっかり教わってきていましたし、身体能力も非凡でした。そこに鋭さや速さ、緩急を要求していったんですが、これを吸収するスピードが他の選手と比べてもかなり早かったですね。加えて、彼はスピードをどの場面で発揮すればいいかを感性で理解していました。練習を重ねてもこの感覚をなかなかつかめない選手もいる中で、素早く自分のものにできたのも、彼が高校でトップ選手に成長した理由のひとつだと思います」

洛南の先輩・比江島慎を手本に努力

吉田コーチは小川の才能だけでなく、努力家としての一面も教えてくれた。

「入学時から、トレーニングにも熱心に取り組んでいたようですね。身長が急激に伸びていたので苦労もあったかもしれませんが、トレーナーと相談しながらバランス良くトレーニングしたことで、フィジカル的にも数段進歩しました」

努力の末に会得したフローターシュートは今、小川の武器のひとつとなっている(写真提供・JBA)

190cm台の選手としては珍しいフローターシュートの使い手になったのも、自主練習のたまもの。練習がない時は、洛南の卒業生で目標の選手に掲げる比江島慎(宇都宮ブレックス)の映像をよく見ていたという。「フローターやフェイントは、比江島のプレーを見て会得した部分も大きいんじゃないかと思います」と吉田コーチは話した。

筑波大で世界と戦えるポイントガードになる

そんな小川が次なる戦いの場所に選んだのは、筑波大。全国屈指の大型ラインナップを誇る筑波大で、小川はポイントガードとしてプレーするという明確なビジョンを持っている。

洛南ではチーム事情もあり、得点をとることを第一に考え、ディフェンスが集中したらパスを出すプレーが主体だった。しかし、「世界と戦うためにポジションアップは欠かせない」という持論のもと、大型化を進める筑波大の吉田健司コーチならば、小川をポイントガードとして独り立ちさせるチャンスを大いに与えてくれるだろう。

「チームを日本一に導くプレーがしたいです」と、目を赤くしながら語った小川。次の4年間でさらに成長し、今度こそ大いに笑いながら集大成を締めくくってもらいたい。

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