相撲

元稀勢の里が学生と改革のヒントを探る「荒磯親方の横綱ゼミ」東大アメフト部編

日本の伝統文化で国技といわれる大相撲。第72代横綱・元稀勢の里の荒磯親方は、その相撲界に育成法や指導法などで新風を吹き込もうとしています。大学院で学んだ親方が、改革へのさらなるヒントを探るため部活動に励む大学生と語り合うことになりました。題して「荒磯親方の横綱ゼミ」。第1回は「ウォリアーズ」の愛称で知られ、関東学生リーグ1部TOP8に所属する東大アメリカンフットボール部です。

元稀勢の里が相撲界の改革のヒントを探る「荒磯親方の横綱ゼミ」がスタート。第1回は東大アメフト部です

角界きってのアメフト通

親方は田子ノ浦部屋の部屋付き親方として指導する傍ら、昨春に早大大学院スポーツ科学研究科に入学。大学院生としてスポーツマネジメントなどを学び、今年3月に修了しました。勝負の世界を生きぬいてきた人生観を交え、学生同士で熱く語り合いました。

荒磯親方は角界きってのアメフト通です。2008年の米プロフットボールリーグ(NFL)のスーパーボウルをテレビ観戦したのがきっかけでその魅力にはまったと言います。今回の対談相手は、華麗なプレーで観客を魅了する選手ではありません。新入生勧誘に力を入れる選手兼リクルーティングリーダーの竹田駆さんと、スポンサー獲得などサポート体制を強化するマーケティング担当の岡部真衣さん。いわば裏方でチームを支える二人です。

この人選には理由があります。角界では新弟子の確保に力を入れるように、東大アメフト部も新入生の勧誘には特に力を入れています。部員数はチーム力に直結します。画面越しに学生たちと対面した親方が、早速、話し始めました。

「これから自分も独立して、相撲部屋をたてていこうという思いを持っています。新弟子を集める、相撲を普及させるということがなかなかできていないのが今の相撲界。まずは底辺拡大、大相撲を身近に感じられるように努力をしていく。その中で東大アメフト部の取り組みを教えていただきたい」

荒磯親方と東大アメフト部がリクルーティングの重要性について語り合った

リクルートの成果? 部員は190人

まずは東大アメフト部のことを知ってもらおうと、荒磯親方に簡単なクイズ問題が出された。「東大アメフト部の部員は何人でしょう?」

親方は一呼吸おいて「どうですかね、50、60人ぐらいですかね」。その答えにほくそ笑んだ竹田さん。「(対談時は4年生は引退しており)引退前の人数でいうと約150人。多いときは190人の部員がいました」。親方は「ええ! すごい。リクルートの成果? こつはあるの?」。強豪チームに匹敵する数の多さに早くも興味津々です。

東大が新入生の勧誘に力を入れるのは、推薦入学で優秀な選手を獲得できないだけでなく、高校からの競技経験者の入部がほとんど期待できないからです。竹田さんは「入学時に自ら入部してくるのは毎年数人。だから(タックルの代わりに体をタッチする)タッチフットボール大会を開いて競技そのものやおもしろさを新入生に知ってもらったり、個人のつながりを構築したりしている」と話しました。練習を休んで、部員全員で勧誘活動することもあると言います。

親方にとって、東大の置かれた状況は人ごとではありません。例えば名門・日本大学出身なら日大OBの親方の部屋に力士が集中しますが、荒磯親方は中学卒業後に角界入りし、学生相撲界に人脈がありません。高校、大学のつながりを通じて新弟子を集めることが難しいからです。「自分はアマチュア相撲を経験しないで各界入りした。だから経験者をとりにいけない。相撲界は(伝統的に)つながりがある方に流れてしまう。だからこそ経験がない子を誘ったり、違うスポーツからとってきたりしようかなと」

荒磯親方のユーモアなやりとりに笑顔を見せる学生

相撲部屋にミーティングルームを

ただ、新弟子勧誘において親方には強みがあります。大学院での研究を生かした、今の時代に合った指導法、育成法を提供できることだと言います。「相撲界は(よくも悪くも)伝統が強すぎる。例えば、朝飯を食べないで運動することは(科学的なトレーニング法が進んだ)アメフトでは考えられない。伝統を重んじるあまり間違っていることもある。がらっと変えていこう、厳しいだけが相撲界じゃないよと熱い気持ちを伝えています。そうすることで親御さんや本人も納得してもらえる」と話しました。

改革はそれだけではありません。「部屋を立ち上げたらミーティングルームを作ろうと思う。米カレッジフットボールでは今、練習でバーチャルリアリティー(VR、仮想現実)を採り入れている。でも相撲界はいまだに鏡しかない。これでは恥ずかしい。稽古場にビデオカメラを導入して当たり方などを見直し、作ったミーティングルームで力士同士がコミュニケーションをとれたらいいなと」

マーケティング新設、支援者増やす

東大アメフト部の目下の目標は、全日本大学選手権決勝の甲子園ボウルに出場することです。そのために部員数を増やすことによる組織力強化に加えて、組織の価値向上にも力を入れています。2018年にマーケティングを新設し、活動を外部に発信したり、ファンを増やしたりして支援者を募り、それによる競技環境の向上などが強化や勝利につなげようと奔走中です。

マーケティングを担当する岡部さんは「応援してくれるひとが増えれば人材や活動資金も集まってきます。集まったものを使って結果を残せば、さらにひとものが集まってくる。いい循環を生み出すことで日本一に近づいていこうという取り組みを続けています」。

東大生の話に真剣に耳を傾ける荒磯親方

親方も納得、裏方の重要性

学生主導の部活動での取り組みを聞いて、親方は「素晴らしい。選手は勝利を目的に頑張っているが、その土台を考えることも重要。自分もこれから(部屋を興したら)プレーヤーから裏方に回るので、資金集め、普及に力を入れて、弟子たちが勝利できるようにしたい」と話しました。

そんな親方に竹田さんはエールを送った。「相撲の伝統的なところに魅力を感じる人はたくさんいると思う。さらにスポーツとして科学的にやっているというところを伝えていければ、もっと魅力的になる。僕たちの世代は、そういう古い考え方に対して拒絶してしまう部分があるので、新しい考え方を持っている親方のところには人は集まっていくんじゃないかと思います」

大きくうなずいた親方。最後には、新型コロナウイルスの感染拡大が収束した際には、グラウンドに足を運んで当たりの指導をすることを約束。「東大のアメフト部の取り組みからすれば、自分はまだまだですけど、(自分の目指す方向と)共通点を見いだせて今、感動しています。東大は裏方がしっかりとチームを支えて日本一を目指し、そして、自分はいい弟子を育てていきたいですね」

(対談は2020年12月に実施しました)

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