アメフト

11人の快進撃 全員フル出場の市立西宮高が35年ぶりの関西選手権へ

市立西宮高のオフェンスのハドル。まさにギュッとなって戦ってきた(撮影・全て篠原大輔)

アメフトで同時にフィールドに出られる選手は1チーム11人だ。その11人ギリギリの市立西宮高(兵庫3位)が、35年ぶりに関西高校選手権(6月5日開幕)に臨む。日本の高校アメフトで攻守兼任は珍しくないが、市西は試合が始まると全員がハーフタイムまでベンチに戻れない。目立った選手もいないが、泥臭く束になって戦う集団だ。例年、関西大会には兵庫から2校が進むが、第50回の記念大会で増えた3枠目に滑り込んだ。たった11人の市西アメフト部「ウェザーコックス(風見鶏)」の快進撃は続くか。

オフェンスとディフェンス兼任

5月15日の星陵との兵庫県3位決定戦。市西はこの日3度目のオフェンスを進め、ゴール前20ydからの第1ダウン10ydから4プレー連続してRB兼LBの西口悠真(3年)の中央ラン。攻撃権を更新すると、WR兼LB兼Kの朝山哲匠(てっしょう、2年)がFG(フィールドゴール)を蹴り込んで3-0と先制した。すぐに独走TDを許して3-7と逆転されたが、第2クオーター(Q)8分すぎ、相手のRBが自陣深くでファンブルしたボールを西口が拾い、エンドゾーンに倒れ込んでTD。9-7とリードして前半を終えた。

3位決定戦でRBとして中央突破を繰り返した西口(33)はディフェンスでタッチダウンを決めた

ハーフタイムでサイドラインに戻ってくる市西の面々が明るい。「押してる、押してる。絶対いけるって」。主将でエースRBでありDBを兼任する岡田拓真(3年)がそう言うと、みな口々に「おう、いけるいける」「勝てるって」と返した。実際に後半最初のオフェンスで追加点を奪った。フィールド中央付近での第3ダウン。左サイドに張り出した朝山がダブルムーブで相手DBをタテに抜くと、そこへQB兼DBの田代智理(ともまさ、3年)がロングパス。45ydのTDパスとなり、16-7とした。ボールを捕った朝山は市西の11人で一人だけ中学生までフットボールを経験してきた。その鋭い動きに、二つ前のプレーで足をつっていた田代が見事に応えた。OLの小掠耀一朗、大橋哲朗、片山智志(いずれも3年)、白井陸、中野碧海(ともに2年)も、ブリッツを含めた星陵ディフェンスの激しいラッシュをしっかり食い止めていた。

3位決定戦のハーフタイムに入るとき、主将の岡田(4)を始め、みんないい表情をしていた

3位決定戦で2点差、逃げ切った

次の星陵のオフェンスでパスを次々に決められたが、ゴール前30ydからのTD狙いのパスを田代がエンドゾーン内でインターセプト。「スカウティング(事前の分析)でここ一番は投げてくるのが分かってました。あそこはパスにかけて、QBの顔の向きを見て下がりました。ランはLBまでで止めてくれる。その安心感があるからパスに集中できました。チームでとったインターセプトやと思います」。田代は試合後、興奮気味にそう振り返った。市西はその後のオフェンスはすべてランプレーに出て時間を消費。田代のこの日二つ目のインターセプトもあり、星陵の反撃を7点に抑えて16-14で逃げ切った。

ヘルメットを突き上げて喜んだ田代をはじめ、みんな跳びはねるようにして戻ってきた。サイドラインで見守った大人たちも「よっしゃ」と喜び合った。年季の入ったチームカラーの緑のキャップをかぶっていたのが、市西アメフト部のOBで数学教諭であり、1992年から後輩たちを指導している飾森(しきもり)宏監督(65)。オフェンスのとき、プレーが終わるごとにサイドラインの近くにいる選手を呼び寄せ、次のプレーを伝達する。WR兼DBの奥島大貴(2年)が何度も監督からプレーを託され、ハドルへ走っていった。

35年ぶりの関西大会出場を決めた直後、飾森監督は感慨深げにこう話した。「選手が頑張った。それに尽きるでしょう。頭が下がりますわ。パスが少なくても文句も言わず、黙々とプレースタイルを貫いた。ウチに加わって3年目の村上(聡)先生がディフェンスを整備してくれたのも、ほんまに大きい。みんなの勝利です。偉大な11人です。涙が出てきます」

飾森監督は県予選の運営サイドにも感謝した。「コロナのことがあって抽選になってもおかしくなかったのに、試合会場を変更したり日程を変更したりして最後まで試合ができました。今日も大人の方がチェーンクルー(補助審判員)をやってくれてて、周りの努力が身に染みました」

主将不在の危機にチームが一つに

思えば11人がグッと一つになった一年だった。
市西は例年、春で3年生が引退する。昨年は春の公式戦が中止になり、戦うことなく3年生が抜けた。新チームで夏を越え、臨んだ秋の全国大会兵庫県予選は1回戦敗退。同じ1回戦敗退校と組まれたゲームにも負け、市西に「兵庫最弱」の現実が突きつけられた。そのころ、主将の岡田は皮膚の病気を抱えていた。顔のあちこちに膿(うみ)ができた。医師からヘルメットをかぶらないように言われ、年が明けて2月ごろまで3カ月も練習に参加できなかった。「春のために頑張らないといけない時期に、キャプテンとして練習ができないのはしんどかった。申し訳ない気持ちでいっぱいでした」と岡田。

主将の岡田は、選手として戦うのは関西大会が最後と考えている

QBでもある田代は岡田が練習できなかった3カ月を振り返り、「あの経験があったからこそ、いまのチームがあるのかもしれないです」と話した。チームづくりの面で、岡田に頼り切っていた部分があったという。「頼れるキャプテンがいなくなって、一人ひとりがもっとチームを支えないといけないと気づきました。気持ちが変わって、チームが成長したと思います」。岡田は「みんなが温かい言葉をかけてくれて、支えてくれた。めちゃくちゃ感謝してます」と話す。

少人数で戦い抜くため、2020年の夏から走り込んできた。冬になると目の色が変わってきた。「兵庫の3位までが関西大会にいけるんやったら、ウチがいくしかない。何が何でも出場権をとるという気持ちで走ってました」と田代。ダッシュを繰り返しながら、「これを走りきったら関西いけるぞ!」という声が市西のグラウンドに響き渡った。田代が思い出したように笑って言った。「絶対に下を向かん、というのがテーマでした。しんどくなったら、どうしても下を向きそうになるじゃないですか。だから自分が『下向いてまう』と思った瞬間に声を出すんです」。しんどくなったら声を出す。そんな日々を過ごし、市西は春へ向けて一つの塊になっていった。

2021年3月になると練習試合が始まった。最初のころはまだ岡田が戦列に戻れず、先輩が急きょ来てくれたり、相手に選手を借りたりして11人そろえた。試合を重ねるたび、少しずつ手応えを感じた。県予選が始まり、1回戦で宝塚東に快勝したところで確信に変わった。「OLは押してたし、ディフェンスもよかった。やってきたことが間違いじゃないと証明できて、『この勢いでいくぞ!』という雰囲気になりました」と岡田。

準決勝で啓明学院に負けたが、TD1本差の戦いができた。敗者復活戦に回り、再戦となった宝塚東との試合は6点を追う残り1分を切って田代がTE兼LBの塗田勘太郎(3年)にアクロスのパスを決め、塗田が右サイドライン際を駆けてゴール前2ydまで迫った。残り26秒で西口のTDランが決まって同点。朝山が確実に蹴り込んで勝ち越した。勝利の瞬間、田代は泣き崩れた。そして、3位決定戦も勝ちきった。

試合中は11人で盛り上がる

いまのチームの強さについて、岡田は「11人でベンチに選手がいないから、フィールドの中で盛り上げるしかない。声を出してるうちに、中の盛り上がりが最高潮になってくるんです。止められても『次いこうや!』って盛り上がる。そうやって勝ってきました」と語る。田代は先生との信頼関係を口にした。「飾森先生をサポートする村上先生が、ものすごく熱心にスカウティングしてくださって、勝つためのデータを出してくれます。それを元に練習してるからこそ、いい結果が出たと思う。先生方との信頼関係がすごくあります」

兵庫県予選準決勝の試合中、次のプレーをQB田代(右)に告げる飾森監督

市西を指導して29年目の飾森監督に、フットボールを通じて生徒たちに伝えたいことを尋ねた。「オフェンスが進んだときに、誰のおかげやねんと。ボールを運ぶ選手のために、みんなが犠牲にならんといかん。OLとRBがQBを守り、QBが投げて、レシーバーが捕って初めてパスなんです。みんなで協力するという経験をしてほしいと思ってます」

市西が35年ぶりに乗り込む関西選手権。6月6日に長浜北(滋賀1位)との公立対決に臨む。いまも抗生剤を飲んで試合に臨む岡田には、一つの覚悟がある。「負けたらもう、僕はRBとして走ることはないと思います」。市西で、この春で、選手としてのフットボールは終わりにするつもりだ。だからこそ、一つひとつのプレーに心を込めて、敵にぶつかる。「1ydでも前に持っていきます」。腹を決めたキャプテンに率いられ、11人の新たな挑戦が始まる。

第50回関西選手権兵庫県予選

1回戦  市立西宮 22-7 宝塚東
準々決勝      20-0 六甲学院
準決勝       7-14 啓明学院
敗者復活戦     9-8 宝塚東
3位決定戦     16-14星陵
(関西学院が決勝を棄権し、啓明学院が兵庫1位、関学が同2位で関西大会へ)

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