特集:いざ、東京オリンピック・パラリンピック

アシストは大学生 車いすバスケ・古沢と高め合った仲間

車いすバスケ男子日本代表の古沢拓也選手(左)と、「古沢プロジェクト」に参加した学生たち=2018年4月、桐蔭横浜大提供
車いすバスケ男子日本代表の古沢拓也選手(左)と、「古沢プロジェクト」に参加した学生たち=2018年4月、桐蔭横浜大提供

 車いすバスケットボール男子日本代表が26日夜、1次リーグ最初の試合に臨む。若手の中心として活躍する古沢拓也選手(25)が今春まで通っていた桐蔭横浜大には「古沢プロジェクト」というチームがあった。選手も支える側も大学生。互いの将来のために高め合った仲間たちだ。

壁を壊し、新しい価値観の扉を開く 学生らの団体「Knockü」の取り組み

 古沢選手は横浜市出身。先天性の二分脊椎(せきつい)症の影響で、小学6年から車いす生活を送る。市内で開かれていた体験会に参加したことをきっかけに、車いすバスケを始めた。

 桐蔭横浜大への入学時、すでに日本代表にも選ばれていて、学業と両立させながら個人練習の時間や場所、練習相手をどう確保するかが課題だった。大学に相談すると「パラに出場する選手を支えることは学生にとっても大きな経験になる」。協力者を募ったところ、立ち上げ時には学生5人が集まった。

 メンバーはバスケ部の選手や、卒業後にスポーツトレーナーやスポーツ業界を目指す学生たちが中心。トレーナーや練習パートナー、マネジメントを担った。

 朝練は週に2~4日ほど、朝7時から9時ごろまで。トレーナーが練習メニューを組み、練習パートナーがアドバイスした。メンバーのシフトや取材対応などはマネジメントの担当が引き受けた。

 お互い目標があるから学生同士でも遠慮はなく、練習メニューの効果が薄いと感じれば、古沢選手は率直に伝えたという。「東京パラで活躍するため、もう一つ上を目指すための仲間だった」。メンバーは卒業まで支え続けた。

 トレーナーを担った中山雅仁さん(23)は今春に卒業後、トレーナーとして働き始めた。「日本代表選手に関わらせてもらっているという責任感を感じた。普通の学生生活では学べない、現場感のようなものを学べた」。経験が今も生きているという。

 古沢選手も卒業後、有料衛星放送局「WOWOW」に所属しながら競技に打ち込んでいるが、同年代の学生たちに支えられた経験は大きかったという。「シュートスキルなど、競技レベルは確実に上がった。これまでと違ったコミュニティーの仲間ができ、視野も広がったとも思う」

 迎えるパラ本番。「日本代表がメダルを取ることが第一」としつつも、支えてくれた学生仲間のためにも戦う。「みんなの時間を使わせてもらった。メダルを取って、あの時間は無駄じゃなかったということを証明したい」と意気込んだ。

(藤野隆晃)

=朝日新聞デジタル2021年08月26日掲載

in Additionあわせて読みたい