野球

特集:2021年 大学球界のドラフト候補たち

静岡大学の井手駿と石田雄大、工学部キャンパスで2人だけの練習からプロ目指す

静岡大学の工学部からプロを目指す石田雄大(左)と井手駿(撮影・全て栗山司)

国立大の静岡大学にプロ野球志望届けを出した右腕がいる。それも2人。ともに、最速148kmを誇る井手駿(はやお、4年、高蔵寺)と石田雄大(ゆうた、4年、刈谷)だ。2人が先発して投げ合った9月14日の部内の紅白戦には、異例のプロ6球団のスカウトが集結した。現役で入学した理系の秀才コンビは10月11日のドラフト会議を静かに待つ。

チーム合流には2時間半

井手と石田が出会ったのは2018年4月のことだった。同じ愛知県出身。野球部に入部希望ということですぐに打ち解けた。

ただ、2人が通学する工学部のキャンパスは浜松市中区。当時、浜松キャンパスの野球部員は皆無だった。先輩が一人もいない中でも「一緒にやろう」と、2人だけで練習を始めた。夕方からキャンパス内の隅で1時間30分程度、キャッチボールやノックで軽く汗を流す日々。そして、週末になると、チームの本体と合流するため、約80キロ離れる静岡キャンパス(静岡市駿河区)に向かった。電車やバスを乗り継ぐと、同じ静岡県内でも2時間30分程度かかる。

取材の応じる石田(左)と井手。ともに最速は148km

限られた人数、限られた場所、限られた時間。井手は「自分の場合、この環境だったからこそ、ここまで成長できた」としみじみと語る。また、石田も「同じ浜松キャンパスに井手という存在がいたから頑張ることができた」と同調する。そんな井手や石田の姿を見て「工学部でも野球ができるんだ」と後輩が続き、今では同志が7人まで増えた。

高校時代の悔しさを糧に

サッカー少年だった井手が野球を始めたのは10歳のとき。南山中3年生の時にはエースとして全国大会に出場した。高蔵寺高でも下級生時から期待されたが、2年秋以降はヒジ痛に苦しんだ。3年夏は背番号20。5回戦の中京大中京高戦で先発したものの、四回途中でマウンドを降りた。「高校のときはケガがあって自分の持っているものを出し切れなくて、不完全燃焼で終わりました。それもあり、もう一度、しっかり野球をやりたいと思って静大を志望しました」

静岡大野球部は1952年に創部。2014年には43年ぶりに全日本大学選手権に出場している。井手にとって、学びたい専攻があったことも入学した大きな理由だった。工学部機械工学科。元々、宇宙や航空系に興味があり、環境が整っていた。「大学は主に半導体の洗浄方法について学んできました。共同開発する会社があり、一緒に研究を進めてきました」

身長182cmから投げ下ろす井手

大学で球速が15kmアップ

野球も本気で取り組んできた。高校までは指示を待ち、やらされる練習がほとんどだったが、必然的に自ら練習方法を考えることが求められた。球速は高校時代の133kmから148kmまで伸びた。井手は「バランス良く取り組んできたことが良かったと思う」と大学生活を振り返る。

「ストレッチ、筋力トレーニング、フォーム。この3つの何かに特化するのではなく、SNSを見たり、周りの人から色々な知識をもらったりしながら、自分の感覚とすり合わせてバランス良く練習してきました。ただ、自分に合わなかったりすることもあるので、そのあたりは取捨選択してきました」

今年に入り、身長182cmから投げ下ろすストレートにカットボールを中心とした変化球の精度も上がった。8月に行われた静岡県知事杯社会人・大学野球対抗戦では社会人の強豪・ヤマハ戦に先発。3回をパーフェクトに抑えた。四回は不運な安打もあり5失点したが、視察したプロのスカウト陣に実力を示した。「高校時代はプロなんて夢の夢だと思っていた」という世界に少しずつ近づこうとしている。

武器は相手を見下ろして投げること

一方の石田は身長173cmと小柄ながら、勢いのあるストレートで強気に攻めていくパワーピッチャー系だ。
「自分の武器はどんどんストライク先行で相手を見下ろして投げていくこと。この1年間でストレートの回転数も上がってきました」

6歳でソフトボールを始め、刈谷東中では内野手。刈谷高入学後、二塁手、捕手と経験し、3年生になって投手を務めた。井手と同様に、「工学部のレベルが高く、野球も強い」と文武両道を志して静岡大工学部電子物質科学科に入学した。「自分の場合は半導体関係の仕事に進みたいという目標がありました。その分野は今、すごく必要とされていて、今後伸びていくと言われているんです」

研究内容は色素が光を吸収して電気に変える色素増感太陽電池。大きく括(くく)ると半導体関係に含まれる。

強気な投球が持ち味の石田

150kmを出したい

石田は1年秋からリーグ戦で登板した。3年秋のリーグ戦では日大国際関係学部相手に1失点完投を飾った。球速は高校時代から8kmアップ。結果が出ることで、プロで勝負したい気持ちが芽生えていった。常に刺激を受けてきたのは一緒に練習する井手だった。例えば、筋力トレーニングの数値を2人で競い合う。球速数字も、「負けたくない」の一心で入学当時の140kmから伸ばしてきた。「勉強も野球も井手はすごいなって思うことばかり。でも最後は井手と一緒に150km出して、プロに行きたいです」

静岡・草薙球場の澤村栄治像の前で撮影に応じる石田(左)と井手

柔の井手と剛の石田。切磋琢磨(せっさたくま)しながら、成長曲線を描く理系の秀才コンビは「育成指名でもプロでやりたい」と覚悟を決めた。9月14日の紅白戦ではプロ6球団のスカウトが見守る中でともに先発。雨が降ってコンディションが悪い中でも、それぞれ持ち味を発揮した。

2人を指導する高山慎弘監督は「今後、野球だけに集中できる環境に身を置いたら、どこまで伸びるのか本当に楽しみでしかない」と期待を寄せる。まずはコロナ禍で開幕が遅れ、25日に初戦を迎える東海地区大学野球秋季静岡リーグで全力アピールを誓う。

in Additionあわせて読みたい