陸上・駅伝

特集:第53回全日本大学駅伝

中央大・手島駿 全日本大学駅伝アンカーでつかんだ歓喜、箱根駅伝でもチームのために

8位で伊勢神宮のゴールに飛び込み、泣き笑いのような表情を見せる手島(撮影・佐伯航平)

圧倒的なスピードがあるわけでも、華々しい実績を持っているわけでもない。箱根駅伝常連校の主力なら、5000m13分台や10000m28分台が当たり前の自己記録も、14分07秒66、29分08秒91と、いずれもチーム10番手にさえ入っていない。それでも中央大学に入ってから堅実にステップアップを遂げ、藤原正和駅伝監督やチームメートからは絶大な信頼を寄せられている「仕事人」だ。特に長いロードで持ち味を発揮する手島駿(4年、國學院久我山)に、最後の箱根駅伝にかける思いを聞いた。

最終学年となり、チームに欠かせない存在に

11月7日の全日本大学駅伝で9年ぶりに伊勢路に登場した中大は、1区でエース・吉居大和(2年、仙台育英)の2位発進から一時は11位まで順位を落としたものの、5区の三浦拓朗(4年、西脇工)が順位をシード圏内の8位に押し上げた。19.7kmの最長区間、8区を任された手島は8位で襷(たすき)を受け、ゴールにたどり着くまでの約1時間が「プレッシャーで怖かった」と振り返る。

「タフなコースと長い距離の適性、それに安定感を評価していただき、『最後は4年生が締める』という思いから自分自身もアンカーを希望していました。でも、いくつか想定していた展開の中で最も嫌な展開で出番が回ってきた。いつか追いつかれるのではないかと、走りながら何度も後ろを振り返っていました」。終わってみれば区間5位の力走で、手島は8位のポジションを死守。中大に実に10大会ぶりとなるシード権と歓喜をもたらした。

大学最終学年となった今年度は、「自分は応援されることで何より頑張れる。4年間でここまで成長したという姿をずっと応援してくれている家族や地元の友達に見せたい」と、例年以上にモチベーションは高かった。副将にも就任し、「主将の井上大輝(4年、須磨学園)を支えながらチームを作っていく」という思いもあった。

思うように練習を積めない中でも、全日本大学駅伝関東地区選考会では役割をきっちり果たす(1番が手島、撮影・藤井みさ)

しかし、春先は3月の練習中に転倒による故障や就職活動で、7月初旬には体調不良、夏合宿の前半にも左脚を故障と、思うように練習を積めない日々が続いた。「チームに貢献したいという気持ちの方が強かった」ことから、シーズン前半はハーフマラソンでの出場を考えていた5月の関東インカレを回避。6月の全日本大学駅伝選考会に絞り、手島は第1組で7着とチームを勢いづける役割をきっちり果たした。

秋シーズンに入り、「自分は練習をし続けることで強くなった。それを売りにしていたので、スタートラインに立つ時は不安でした」と明かす箱根駅伝予選会でも、中澤雄大(3年、学法石川)や阿部陽樹(1年、西京)らのグループをうまく引っ張って目標順位でゴールさせるとともに、自身も1時間3分30秒のチーム3番手でフィニッシュした。

予選会でチーム3位と好走。手島の存在は今やチームに欠かせない(撮影・藤井みさ)

「(グループを牽引するのは)難しかったですが、自分はそういう泥臭い仕事が性に合っている。それに4年生としても、後輩たちに任せっきりではいけないなと。毎年、4年生が踏ん張っている姿を見てきたので、何としても最後までやり切る意識で走っていました」

中大は昨年と同じく2位で本戦行きの切符をつかんだ。しかし、予選会から2週間後の全日本大学駅伝でチームがさらに自信を深めたことと、手島が今や、チームに欠かせない存在になったことは、昨年のこの時期とは大きく状況が異なる。

中大で着実に成長するもレギュラーは遠く

手島は、小学生の頃は野球、中学では「漫画の『SLAM DUNK』を読んで感銘を受けて」バスケットボールに熱中した。それほど強いチームではなかったバスケ部だったが、「1年生の夏合宿がしんどくて、いつの間にか走りだけが成長していた」という。それをきっかけに、体育の持久走でタイムがいいメンバーが選抜される駅伝チームにも呼ばれ、3年目には関東大会出場を果たした。「陸上の中でもチーム性がある駅伝が好きでしたし、野球やバスケでは上の大会に進む経験がなかったので、駅伝だったら……と自分の可能性を感じました」

本格的な陸上競技生活は、國學院久我山高校(東京)に進んでから始まった。「最初は練習で1日10kmも走るのが信じられなかった」と振り返るが、「とんとん拍子にタイムが伸びて『陸上って楽しいな』」という前向きな気持ちが手島を着実に成長させていく。「全国高校駅伝(都大路)に出たい」という目標は1年目にクリアし、以後、都大路は3年連続で駆け抜けた。手島にとって高校時代の一番の思い出は、3年生の夏、全国高校選抜10000m出場にこじつけたことだ。

高校3年間で考えて取り組む姿勢が身についた。しかし大学入学1年目はなかなか結果を残せなかった(撮影・小野哲史)

「インターハイ路線は、けがもあって都大会で早々に負けて悔しかった。でも、そこから全国選抜を目指した2、3カ月間は、自分の中でとても濃い練習ができました。顧問だった有坂好司監督が、『こういう過程があったからこの結果になった』と常に考えさせてくれたので、高校3年間では考えて取り組む姿勢が身についたと思います」

2018年の春、「箱根駅伝に出たい。勉強も頑張りたい」と大いなる志を抱いて中大の門をくぐった。「初めての寮生活は先輩と同部屋で、神経が張っていましたし、練習も高校ではなかった朝練があって二部練習が基本。毎日が合宿という気分でした」。そうした生活には徐々に慣れたものの、ほとんど結果を残せないまま、大学1年目が終わろうとしていた。ただ、1年生最後のレースとして臨んだ19年3月の中大記録会10000mは、手島にとって「大きな転換期になった」という。

「その3週間前の日本学生ハーフマラソン(1時間8分03秒)もボロボロでしたが、何とか取り返そうとして、目標にしていた29分台(29分56秒91)に初めて届きました。それまでの取り組みで初めて結果に残すことができ、そこから自分の意識が一段階上がった感じです」

ひとつの壁を乗り越えた手島は、2年生になると、全日本大学駅伝の選考会、箱根駅伝の予選会や本戦で補欠メンバーに入るレベルに到達する。精神的にも最初は「補欠に入れて嬉(うれ)しい」という思いから、「補欠でいることが悔しい」と変化していった。しかし、「力はついたけれど、まだまだ足りない」というのが2年目を終えた手島の心境だった。

3年目に悲願の箱根駅伝デビュー

箱根駅伝で中大は、19年が11位、20年が12位。「あれだけ練習している先輩方でもシードに届かない。そこを目指すのであれば、自分がどう取り組んでいかないといけないかが自ずとわかってきた」と、手島はさらなる高みを見据えて20年シーズンを迎えた。コロナ禍による大会の中止や延期にも、「不安や焦る気持ちは全くなかった」という。

「自分はロードで勝負するつもりだったので、しっかり練習を積めるなと。トラックシーズンの月間走行距離は例年、600kmくらいでしたが、昨年の4~6月は毎月コンスタントに800kmを超えました。手応えのある春シーズンでした」

そうした地道な積み重ねが充実の夏合宿を経て、秋シーズンに花開く。初出場となった箱根駅伝予選会では1時間2分50秒と力走し、チームの2位通過に貢献。その翌週には5000mで14分07秒66、さらに1カ月後には10000mで29分08秒91と、それぞれ自己記録を塗り替えた。12月20日に箱根本戦のメンバー入りが確定すると、両親は泣いて喜んでくれたという。

3年生にして箱根駅伝デビューとなった手島(左)。9区23kmは「楽しかった」と振り返る(撮影・佐伯航平)

ついに出場が叶(かな)った箱根駅伝で、手島が任されたのは23.1kmで2区とともに最長区間の9区だった。初日の往路でチームは19位と大きく出遅れたが、手島ら復路メンバーは5人で最終調整をした際、「このまま終わらないところを見せよう。復路で3位を獲(と)ろう」と誓い合い、実際に復路3位に食い込んだ。総合順位は12位とシードには届かなかったものの、中大にとっては06年往路3位以来の「トップスリー」だった。手島も「時間をかけてようやく立てた場所だったので、襷を待っている時はワクワクして、23kmをずっと楽しんで走れました」と、区間7位の好走で十分に持ち味を発揮した。

一方で、悲しい出来事もあった。復路の4日後に闘病中だった國學院久我山高の有坂先生が亡くなったのだ。「病状が厳しいとは聞いていて、僕が箱根で走っている姿を先生に見てもらえるラストチャンスになるかもしれない。何としても走らないといけないと思っていたし、走れなかったらずっと後悔したと思います」。恩師への思いも胸に挑んだ箱根路だった。

最後の箱根駅伝でも、全日本大学駅伝のときのような歓喜を。チームのために手島は走る(撮影・小野哲史)

手島は、競技生活は大学いっぱいでピリオドを打ち、卒業後は一般企業に就職する。集大成となる最後の箱根駅伝は、これまで以上にかける思いが強い。「全日本で味わった達成感と成功体験は、みんなの中でもかけがえのないものになったと思います。これを箱根でも味わいたい。チームは5位を目標に掲げているので、個人としては、一番の希望は10区で区間賞を獲ることですが、任された区間で最大限の仕事をして、喜びを分かち合いたいです」

手島のような「いぶし銀」が輝く時、中大が歓喜のフィニッシュを遂げた全日本大学駅伝の光景が、箱根駅伝でも再現されるはずだ。

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