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特集:GT Young Challenge 2021

中央大・尾形莉欧「ゲームは速いけど実車は遅いじゃん」を覆す、仲間のためにも頂へ

尾形はeモータースポーツだけでなく自動車部としても、日本一を目指している(写真提供・全て中央大学自動車部)

中央大学自動車部の尾形莉欧(りお、2年、麻溝台)は高校時代から、eモータースポーツ「グランツーリスモSPORT」で全国屈指の力を証明してきたが、中央大では自動車部での活動に情熱を燃やしている。「自分しか気にしてないのかもだけど、『ゲームは速いけど実車は遅いじゃん』などと、ゲーム出身者が背負う“十字架”ってあると思うんです。だから自分は結果を残したいんです」

グランツーリスモのコミュニティーがモチベーション

尾形がグランツーリスモに初めて触れたのは4~5歳の時。車好きの父親は、まだ小さかった尾形のためにハンドルを固定する台を作ってくれ、休みの日にはモータースポーツの大会にも連れて行ってくれたという。ただ小学生になってからはサッカーに興味を持ち、グランツーリスモからは離れてしまった。そのままサッカーにのめり込んだのかというと、「いえ、センスがなくてやめました。『あ、厳しいと思って』」と苦笑い。

中学1年生の時に尾形は自律神経失調症を患い、年の半分程度しか登校できなかったという。家で過ごす時間が増え、時間をもてあましていた尾形はグランツーリスモに手を伸ばした。初めて触れたグランツーリスモはシリーズ3だったが、中学生になる頃にはシリーズ6になっていた。グランツーリスモにはシリーズ5からオンライン対戦機能が搭載されている。「新たに自分と同世代の知り合いができたことでめっちゃやりこむようになったんです。ゲームよりもそのコミュニティーがモチベーションでした」。尾形は父親が思っていた以上にグランツーリスモにはまることになったが、「父はうれしいというよりも、まずは学校に行けてなかったことを心配していたと思います」と当時を振り返る。学校に復帰してからも尾形は部活動に入らず、帰宅部としてグランツーリスモに没頭した。

今は自動車部での練習に専念しているが「ゲームは5分もあれば感覚を戻せる」と話す(ドライバーが尾形)

高1だった2017年にグランツーリスモSPORTが発売され、尾形自身は「その高1の時が自分のピークだと思う」という。それでも高3の時には、グランツーリスモSPORTが種目となった茨城国体に向けての全国都道府県対抗eスポーツ選手権2019のオンライン予選少年の部で全国1位となり、グランツーリスモSPORTで競われたJAF認定のスーパーフォーミュラ・ヴァーチャルシリーズグランドファイナルでは初代王者に輝いている。その茨城国体の本戦では接触があり思うような成績を残せなかったが、普段はオンライン越しでしか会えないような人々にも、リアルに会ってともに戦えたことがうれしかったという。

「意外と自分も勝てるんじゃないか」と自動車部へ

進学先に中央大を選んだのは「家から近かった」ことが理由ではあったが、「経営に興味があるのかな」という思いから国際経営学部に進んだ。日々の授業は英語で行われるが、元々英語に苦手意識はなかったこともあり、苦労はあっても興味を膨らませながら日々の学びに向き合っている。

中央大学自動車部の存在を知ったのは入学した後だった。1932年創部と歴史のある部で、部員たちは真剣に「日本一」を目指して戦っている。尾形自身、車そのものへの興味はあり、高校生の時から「もっと早くに車に興味を持って行動していたらよかった」と思っていたという。「高校・大学からレースを始めてプロの第一線にいけるのは佐藤琢磨さんぐらいです。多くの選手は小学校に入る前からカートを始めて、そのまま階段を上っていくんで、気がついた時には『もう遅いかな』と思ってしまっていました」。ただ自動車部の整った環境を目の当たりにし、「意外と自分も勝てるんじゃないか」と入部を決意した。

車の免許自体は18歳になってすぐに取得していた。しかし1年生だった昨年はコロナ禍で9月まで自動車部としての活動ができず、大会も中止・延期が相次ぎ、公式戦デビューは今年3月の全関東学生自動車運転競技選手権大会(全関東フィギュア)となった。

他の種目に比べると地味に見えがちなフィギュアも、自動車部に入ってから楽しいと思えるようになった

「フィギュア」は指定のコースでタイムと技術を減点方式で競う種目で、1回多く切り返しただけで順位が変わってしまう。実際、尾形は僅差(きんさ)での3位で悔しさをかみしめたが、競技としての面白みを感じていた。「スピードを競う『ジムカーナ』や『ダートトライアル』のように華やか種目ではないけど、練習すればするほど上手になるし、できなかったことができた時の喜びもあります」。入部した時はジムカーナやダートトライアルの方に興味を持っていたが、今はどの種目と選べないほど、どの種目も同じくらい高いモチベーションを持って挑んでいる。

初の部活動「後輩や同期のためにも結果を出したい」

尾形が自動車部で目指すのは「日本一」の称号。「eスポーツレーサー兼リアルレーサー」として活躍する冨林勇佑のように、自分もリアルレーサーとして実績を残したい。1年後には尾形も就職活動を始めることになるが、今は将来のことよりも大学4年間でどれだけ結果を残せるか、に集中している。とは言え、「就職するんだったらやっぱり車関連の仕事がしたいかな」と先のことも少しは考えている。

そもそも尾形にとってみると、部活動自体が大学で初めてのものだった。上下関係がはっきりある集団は新鮮で、体育会系なノリは「まだ慣れないっすね」と話す。ただ月日を重ねる中で芽生えたものがある。

「例えばグランツーリスモだったら、セッティングを変えるのは1人でボタン操作だけで変えられるけど、自動車になると1人でできない整備があるし、3~4人いるとスムーズにできて、実際の大会でも支えてくれている人たちがいます。ゲームをやっていた時は“メインスポンサー”の両親だけで気楽だったけど、大学の活動になると“スポンサー”が多すぎて、やっぱりちょっと緊張しますね。緊張しないタイプだったはずなのに。もちろん自分が結果を出して『ゲームは速いけど実車は遅いじゃん』とかいうレッテルを払拭(ふっしょく)したい気持ちはあるんですけど、今年入ってくれた後輩や同期のためにも結果を出したいと思えるようになりました。それでもし、少しでも彼らが報われたような気持ちになるのなら頑張ろうって」

2年生の尾形(前列右から2人目)は日々の練習場の確保や消耗品の管理などを担う練習係として、部を支えている

尾形たち中央大は今年2月、全日本学生自動車連盟(AJSAA)に加盟する全国の大学自動車部を対象にしたグランツーリスモSPORTで競う「GT Young Challenge」に出場し、初代王者に輝いた。その第2回大会「GT Young Challenge 2021」の決勝が12月19日にBASE Q(東京ミッドタウン日比谷)で開催される。決勝には10月に行われた予選を勝ち抜いた10チーム(9大学+全日本学生自動車連盟チーム)が出場し、中央大はその予選を組トップ(全3組)の成績で突破した。

「(3人1組みの)チーム戦ですし、前準備として悔いのないようにつめるところはつめていきたい。小さなことからコツコツと頑張ります」と初代王者としては控えめなコメントだったが、もちろん2連覇への思いはある。リアルでもゲームでも「日本一」は譲れない。

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