自転車は壮大でクレイジー 慶應・大前翔(上)
連載「いけ!! 理系アスリート」の第5弾は、慶應義塾大学自転車競技部でロードレースに取り組みながらスポーツドクターを目指す医学部生、大前翔(かける、3年、慶應)を2回にわたって紹介します。
自然と文武両道
一昨年、大前はJプロツアーの東京ヴェントスに加入。そして昨年、1年ぶりに学連レースに復帰した。6月の全日本学生個人ロードタイムトライアル(TT)優勝を皮切りに、全日本学生選手権個人ロードレース3位、全日本選手権ロードレースU23でも3位と好成績を連発。一躍、同世代を代表する選手の一人となった。
昨年を振り返り、大前自身が最も印象に残ったレースは全日本学生選手権個人ロードだ。降りしきる雨の中、レースは4時間半にも及んだ。勝ち逃げに乗りながらもスプリントしきれず、結果は3位。ゴール後、思わずハンドルを叩いた。悔しさを抑えきれないその姿に、勝利への強い執念を感じた。聞けばその前夜、医学部の課題を片付けた後に目が冴え、ほぼ一睡もしていなかったという。
大前は幼い頃から完璧主義だった。4歳で公文式に通い始めると、母はできたらできた分だけほめてくれた。ほめられると、もっと頑張ろうという気持ちが芽生えた。5歳からは水泳も始め、10歳でジュニアオリンピックカップ優勝。中学受験を経て、全国中学校体育大会でもリレーで連覇。文武両道という生き方は、特段意識しなくても大前の中にあった。勉強も水泳も一番になりたい。そのための努力を苦しいと思ったことは、一度もなかった。「妥協を簡単に自分に許す人生は楽しいだろうか」。当時の大前はそんな風にさえ思っていた。
スポーツを極めるため
しかし大前は、「タイムがすべて」の競泳に限界を感じ始めていた。そんな時、YouTubeで自転車ロードレースと出会った。2012年のツール・ド・フランス、ペーター・サガンが初出場にしてポイント賞を獲得した年だ。小さな画面の向こうで繰り広げられる壮大でクレイジーなスポーツに、すっかり魅了された。自分のアイデンティティーだった水泳をやめ、自転車に転向する。父は反対したが、母は息子が自らの意志で選択したことを喜んだ。
医学を志したのはそのころだ。当時、水泳を通じて運動生理学を知り、将来はアスリートのトレーナーになりたいと漠然と考えていた。かかりつけの柔道整復師から「慶應には医学部もあるし、医師免許があった方が仕事の幅が広がる」と言われ、医学部を目指すことを決意。医学を学ぶことは、大前にとってスポーツを極めるための手段だった。
医学部への進学が実現し、自転車競技部に入部。メリハリをつけて競技に取り組むことで、レースでも結果が出るようになってきた。「医学と自転車は両立できる」。その確信を揺るがすような出来事が、大前を待っていた。