大学陸上・駅伝

連載:いけ!! 理系アスリート

新エネルギーと箱根5区 法政・青木涼真(上)

青木(左)は今年も5区に挑んだ(撮影・藤井みさ)

連載「いけ!! 理系アスリート」の第6弾は、箱根駅伝で2年連続して5区の山登りに挑んだ法政大の青木涼真(りょうま、3年、春日部)です。生命科学部で学ぶ青木は、法大の理系学部生で初めての箱根ランナー。彼の文武両道ぶりを、2回に渡ってお届けします。

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環境応用化学科で唯一の体育会系

青木は昨年の5区で9人を抜いて区間賞。理系ランナーという珍しさも相まって、脚光を浴びた。今年は区間3位だったが、7人を抜き、昨年の自分の記録も15秒上回った。

法大陸上部長距離部門はスポーツ推薦生のみが寮生活で、拠点は多摩キャンパス。しかし青木が学ぶ生命科学部は小金井キャンパスにある。青木は毎日、片道1時間半かけて両キャンパスを行き来する。必修授業の多かった1年生のときは、時間との勝負だった。青木以外の1年生は午前5時半からの朝練を1時間やって、急いで朝食をとる。そして先輩たちが食べ終わるまで食堂で待機し、掃除をしてから多摩での授業に向かっていた。しかし青木は小金井まで行かねばならず、食堂での待機を免除してもらい、一人で先に掃除をしてから小金井へ急いだ。1限目は9時半から。「朝練から1限目まで、ずっと走りっぱなしでした」と当時を振り返る。

授業が終われば急いで多摩に戻り、練習に励む。夕食とお風呂を済ませ、実験リポートや課題をこなし、午後10時に就寝。3年生になったいまは1、2年生のころよりも時間に余裕を持てるようになったそうだが、基本的にこのスタイルのままだ。

実験などで全体練習に間に合わないときは、時間を見つけて一人で練習する。全体練習と単独練習の割合は半々で、授業の都合で練習できない日もある。一人で練習するときは、とくに内容の濃い練習ができるように工夫している。例えば400mのインターバルなら、最初と最後は切り替えて走り、レストも短くする。自分なりにアレンジした。単独練習だと「サボっても誰も見てないよ」と思うこともあるが、その度に悪魔のささやきには耳を閉ざし、自分を律している。

部活と学業の両立には、同じ環境応用化学科の友だちの協力も欠かせない。授業が終わるとすぐに多摩キャンパスに戻らないといけないため、先生に質問をしに行きたくても行けないときがある。そんなときは仲間が助けてくれた。同じ学科の同期で体育会系に所属しているのは青木だけということもあり、青木は学科の友人たちにあまり陸上部の話をしていなかった。しかし1年生のときに箱根駅伝に出たことで「箱根を走るほどの人だったんだ」と認知され、より積極的に協力してもらえるようになったという。今年の箱根のあとには、学科の友人から「家で見てたぞ。寒いのによくやるなあ」と声をかけてもらった。「そういうドライな感じもいいですね」と青木は笑う。

道を切り開いてくれた3000m障害

青木は低エネルギー社会や循環型社会を実現するための、環境にやさしい化学技術について学んでいる。埼玉で暮らしていた中学生のときに東日本大震災が起き、エネルギーの問題に触れて、新たなエネルギーについて興味を持つようになった。

中学のときはサッカー部で、ポジションはトップ下。陸上部はなかったが、長距離走では学年一速く、「高校では陸上をやってみたらいいんじゃないか? 」と、先生に言われていた。そのため、高校では公立に受かったら自分へのご褒美としてサッカー部に、私立になったら陸上部に入ろうと決めていた。どちらを選択してもたいして強い部ではない。青木は「当時はあまり向上心のない子だったんですよ」と語る。

結局、公立の春日部高校に合格。3日間あった仮入部期間に、まず陸上部を経験してから、最終日にサッカー部に行き、そのまま入るつもりだった。しかし、サッカー部の集合場所が分からなくて、練習に行けなかった。仮入部もしてないのに入部するのはどうだろう、という思いがわいてきた。陸上部の先輩たちの人柄がよく、すでに同期の友だちもできていたため、陸上部に入ることにした。何ともいえない偶然と青木自身の実直さで、ランナーとしての道が開かれた。

専門は1500mや5000mだったが、2年生のときに3000m障害に挑戦した。次第に力がつき、大学でも陸上を続けたいという思いもわいてきた。その思いを知った陸上部の顧問の先生は「だったら結果を出さないといけないな。3000m障害なら狙えるんじゃないか? 」とアドバイスしてくれた。3年生のインターハイ地区予選では3000m障害に絞って挑戦。あれよあれよとインターハイ本番で入賞した。そして法大から声がかかった。

授業で全体練習に間に合わないときは、一人で練習している

青木が大学進学で重要視したのは、競技と理系の勉強を両立できるかということだった。将来的には大学院に進み、研究内容の延長線上の業界に就職できればと考えていた。高校の先輩に法大の理系学部に通いながら競技をしている人がいたため、話を聞きに行った。「忙しくはなるけど、できないことはないよ」。その言葉を支えに、法大進学を決めた。

当初の目標はぼんやりしていた。高校の顧問の先生からも「1、2年のうちは修行。3、4年で箱根を走れたら十分だ」と言われていたため、青木自身も「箱根に出られるだけで親孝行」と考えていた。実際は1年生から箱根を走り、2年生で5区の区間賞。一気に注目されて“山の神”とも呼ばれるようになり、青木はどんどん陸上にのめり込んでいった。

後編「人生も5区も直感信じて」はこちら

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