福島に戻った田母神一喜、800m王者が目指す「その辺を走る日本代表のお兄ちゃん」
陸上競技の男子800m日本チャンピオンの田母神一喜(たもがみ・かずよし、23、阿見アスリートクラブ=AC)は2021年夏から故郷の福島県郡山市へと戻り、単身で競技と向き合う決断をした。「陸上を通じて福島を元気にしたい」との思いから、ランニングイベント団体「ⅢF」(FUN FROM FUKUSHIMA)を設立。「スリーエフを成長させ、福島の子どもたちの憧れの存在になるのが、世界を目指す理由」と言い切る。「福島」をキーワードに、田母神が地元へ帰った理由、思い描く将来の設計図を聞いた。
地元で自分を見つめ直したい
10月31日午後、前日のミドルディスタンスサーキット東京大会のレースで熱戦を展開した田母神の姿は、福島県鏡石町の陸上競技場にあった。秋から始まった小中高生向けの陸上教室。田母神の指導を求めて福島県外から通う生徒もいる盛況ぶりだ。
「2セット目からペース上げてこう」
レースの疲労を抱えながらも、並走する中高生の子どもたちを鼓舞していた。阿見ACで続ける子ども向け陸上教室や、練習拠点の「TWOLAPS TC」で受けてきた指導が、練習メニューの軸となっているという。
田母神は陸上の名門・学法石川高で本格的に中距離を始め、中央大学に進学。多くの学生アスリートが進路に実業団を選ぶ中、2020年春に田母神が進んだのはクラブチームの阿見AC。「福島で陸上を盛り上げる仕掛けを作りたい」。大学時代にうっすらと思い描いていたビジョンが、進路選択の機会で明確になった。「自由度の高いクラブチームで、ノウハウを得たいと思った」と振り返る。
学生時代から指導を仰ぐ横田真人コーチのもと、2021年6月の日本選手権800mでは初出場ながら初優勝をつかんだ。一方、その影にあった長いスランプが、福島に戻るきっかけとなっていた。田母神は大学4年時、「箱根挑戦」を宣言して長距離チームへ合流したが、結果的に箱根駅伝を走ることはできなかった。一度別れを告げた中距離走の感覚を取り戻すには、想定以上に時間がかかった。走っても走っても理想の走りに追いつかない。不調にあえいだ田母神の脳裏にふと浮かんだのは、故郷の光景だった。
「冬季練習もしっかり積めたはずなのに、今年の春までなかなかうまく走れなくて……。悩んだ時に『いったん福島に戻って自分を見つめ直そう』と思いました。大学時代に悩んだ時もいつも地元に帰っていたんです」
普段は郡山市内の自宅近くで自主練をこなし、週2回のポイント練習は、学法石川高の中距離ブロックに合流して後輩たちを引っ張っている。競技環境が整った首都圏を離れ、一人で練習を積むのはそう簡単ではないはずだ。一見「ハンディ」にも思える選択だが、田母神は「成長するためのチャレンジ」と前向きに捉えている。「自分の走りの感覚が正しいのか、見てもらえない不安はもちろんありました。でも、今まで横田さんと一緒にやってきたことを自分一人で出来たとしたら、もっと自分は強くなれると思うんです」
より親しまれる陸上競技に
自身が率いる「ⅢF」の活動を軌道にのせたい、との思いもあった。「陸上王国」とも呼ばれる福島は、今井正人(順天堂大-トヨタ自動車九州)、柏原竜二さん(東洋大-富士通)ら多くのアスリートを輩出してきた。「陸上がすごく盛んな地元をもっと大きくしたい」と言う。2021年1月には「郡山NY駅伝・ロードレース大会」、10月は「ⅢF SUMMER GAMES」を開催した。「福島に一般的な記録会しかなく、競技者ではない方も気軽に参加できる大会を作りたかった」。陸上YouTuberのたむじょーさんらをゲストに招くなど、記録にこだわる大会とは一線を引いた、和やかな空気感を大切にしている。
「陸上はまだまだマイナー競技。市民ランナーはたくさんいるのに、その仲で競技場に足を運ぶ人は少ないですよね。魅力を発信しきれていないのが、陸上界の課題だと感じています。陸上の価値を高めるためには、ランニングと陸上競技との合間を埋めていく仕掛けづくりが大切だと思います」
「福島らしさ」を出そうと、今後は県内全市町村をまわるイベントなどを構想しているという。東日本大震災、福島第一原発事故を受け、人口減少に歯止めがかからないのが県内の現状だ。「(全住民が避難した)小高地区(南相馬市)など、過疎地域でのマラソン大会の開催もやっていきたい」と話す。
オール福島の実業団チームを
陸上教室を開いたり、競技会を企画したりと着々と歩みを進めてきた田母神。競技者としてだけでなく、さまざまなチャレンジを重ねる姿勢は、多彩に活躍する横田コーチの背中から学んだ。ただ、この取り組みは「前章」に過ぎず、その先に壮大な目標を掲げている。
「最終的には『ⅢF』から実業団を作りたい。それも一つの企業がスポンサーに付くのではなく、県内全域の企業に支援を募りたいんです。県民が一体となり、『オール福島』で応援してもらえるチームで駅伝に出たいと思っています」
多くの企業から協賛を得るには「チャンピオン」の肩書きだけでは足りない、と田母神は考えている。大会運営や陸上教室など福島での活動を通して、自身のビジョンを理解してもらいたいという。
「僕も将来的には『ⅢF』の名を背負って走り、子どもたちの憧れの存在になりたいんです。オリンピックや世界選手権に出場すれば、『ⅢF』の取り組みにより説得力が増すんじゃないかと思います。福島で何かを成し遂げるために、競技者としても強くなっていきたいです」
来年の世界陸上(米オレゴン)、そして3年後のパリ五輪出場が一番の目標だ。理想の姿は「その辺を走っている日本代表のお兄ちゃん」。トップアスリートであり続けるとともに、福島の子どもたちに親しまれる存在になりたいという。「福島」が田母神の走る意味であり、前例のないチャレンジへと駆り立てる原動力なのだろう。