大学陸上・駅伝

阿見AC・田母神一喜 「福島にクラブチームを」夢の実現のために走る

ポイント練習のあと、取材に答えてくれた田母神。充実した日々を送っている(撮影・藤井みさ)

今年中央大学を卒業し、阿見アスリートクラブ(以下、阿見AC)でプロランナーの一歩を踏み出した田母神一喜。母校・学法石川高校時代のチームメートとオンライン講演会を開いたり、最近では中高生のための夏の大会・バーチャレ(Virtual Distance Challenge)の福島大会を主催するなど、競技以外での活動もめざましい。田母神の現在と、これから目指すものについて聞いた。

「将来なりたいことを見越して」クラブチームに

大学を卒業して陸上を続けようと考えると、現状では実業団に入るという選択肢が一般的だ。だが田母神はあえてクラブチームを選んだ。

3年生までは中大陸上部に所属しながら、横田真人さんの主宰するプロチームで競技に取り組んでいた田母神。進路選びについて相談したときに、「自分の将来なりたいことを見越して考えろ」とアドバイスを受けた。はじめは卒業して即クラブチームに所属することに少し抵抗もあり、実際、実業団からの誘いも何件かあったという。

田母神の夢であり目標は「故郷・福島にクラブチームを作ること」だ。そのことを考えたときに、実業団に進んでしまうと、所属している間は組織を越えて何かを企画する、ということは難しく思えた。結果、阿見ACに進み、「クラブチーム」を学びつついろいろなことに挑戦していこうと考え、進路を決めた。今は横田さんが代表兼コーチをつとめるTWOLAPS TCで競技力を高めると同時に、夢を実現させるために動いている。

故郷・福島からニューイヤー駅伝に出られるチームを

今一番力を入れて取り組んでいるのは、7月26日のバーチャレ(Virtual Distance Challenge)福島大会「VDC T.T in FUKUSHIMA」開催だ。バーチャレは全中、インターハイがなくなってしまった中高生のために、全国からバーチャルで参加できる大会で、横田さんが発起人となった。田母神は「一度きりの夏を無駄にしてほしくない」という思いから、故郷・福島でこの大会を開くことにした。

自分でなにか作ることの楽しさと苦しさを味わっているという(撮影・松永早弥香)

「市役所や地元企業にお願いをしたり、そういうのも含めて自分で何かを作るって大変だなと実感しています。実業団に進んだら味わえない苦しさを味わっているなとは思います。自分の力だけでなく、周りの力も借りていいものに作り上げていけたら、きっと達成感もあるんじゃないかと思います。楽しみだし、やりがいがあります」

バーチャレを企画したり、福島県の学生向けにオンライン講演会を開催したりと、田母神からは特に地元への思いを感じる。そのことについて聞いてみると「なんでそんな福島大好きなの? って聞かれるんですよ」と笑いながら続けた。「ガクセキですごいメンバーに恵まれて競技ができたこともあるんですが、それ以上に地元で友達と遊んだりとか、それが一番の財産になっているなと思っています。福島にいたことが誇りだし、福島で何かをしたい、という思いが強いですね」

去年の日本選手権1500m予選での田母神。夢の実現のために結果も求められる(撮影・藤井みさ)

福島県では毎年全自治体が参加する「ふくしま駅伝」が開催され、陸上競技に対する関心は非常に高い。藤田敦史(駒澤大~富士通)、今井正人(順天堂大~現・トヨタ自動車九州)、柏原竜二(東洋大~富士通)などの名ランナーを多く生み出してきた県でもある。「駅伝への思いも強いので、そこにクラブチームを作って、最終的にはニューイヤー駅伝に出られるようなチームにしたいと思っています」

恵まれない選手に環境を作ってあげたい

「福島にクラブチームを」という田母神の目標だが、クラブチームにこだわるのはなぜなのだろうか。

「中高の陸上部だと、顧問の先生が1人か2人いて、それが限界になっています。例えば、走幅跳の人が棒高跳びに、極端なことを言うと1500mにチャレンジしたい、となったときにできないのが課題だなと感じます。『習いたいのにできない』ということ自体が間違っていると思います。でも学校を変えるのは難しいから、それをできるのはクラブチームしかない。そこに行けば跳躍も投てきも走るのも全部できる、そういう場所を作るのが一番の目標です。自分が中大陸上部で中距離をやっていて、特例で藤原(正和)監督が横田さんに預けてくれましたが、なかなかそういうことはないので……。恵まれない選手に環境を作ってあげたいなと思います」

着々と目標に向けて動き出している田母神。一方で、競技の方は? とたずねると、少し苦笑いで答えた。「箱根駅伝が終わってから、燃え尽きた感があって。(箱根は)走れませんでしたけどやりきった感がすごくて……。今はまだ感覚が全然よくなくて、『走りたい、走りたい』と思うんですが理想と現実が一致しないんです」

次のレースは7月18日のホクレンディスタンスチャレンジ千歳大会。10月1~3日開催予定の日本選手権も見すえている。来年に延期になった東京オリンピックには「チャレンジできるならしたい」という。

「プロといっても走りに専念するのではなく、自分の将来を作り上げながらやるものだと思っています。だからこそクラブチームに入ったのもありますし。一方でスポンサーからお金をいただいているので、そこはきちんと結果でお返ししないといけないと思います」

「福島にいたことが誇り」と笑顔で話す(撮影・松永早弥香)

結果を残して自分が大きくなれば、「オリンピックに出場した元選手が教える」ということもできる。すべては将来福島にクラブチームを作るため、そのために自分が大きくなりたいのだという。「だから今は競技と夢、半分半分という感じですね」

社会人1年目でここまでしっかりと将来を見すえられているのはなぜなのかと聞くと、やはりコーチである横田さんの影響も大きいようだ。「『自分が将来どうなりたいかの競技だろ』とずっと言われていました。さらに箱根が終わって、最後に長距離を走ろうとハーフに出たらけがをしてしまって、走れない期間に『なんのために阿見ACに入ったんだ』とかなり突き詰めて考えました。なおかつこの(新型コロナウイルスの影響がある)期間で考えて、いろんなことをやってみて、『これだな!』って」

この取材の後も福島に帰り、バーチャレのスポンサーまわりやポスターの掲示をお願いしたり、中高の先生や後援をもらった郡山市役所に挨拶まわりをするという田母神。忙しくも充実した日々のようだ。大きな夢を実現するために、懸命に走り続ける。

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