自動車

特集:GT Young Challenge 2021

慶應大・香川学斗、メカニックとして競技車もドライバーもベストな状態で送り出す

香川は自ら希望してメカニックになり、部が所有する全40台の競技車を管理してきた(写真提供・全て慶應義塾体育会自動車部)

慶應義塾大学の自動車部は1931年にモーター研究会から始まり、現在、40台と他校より圧倒的に多くの競技車を保有している。その車両全てをメカニックとして管理しているのが副将で車両担当の香川学斗(4年、慶應湘南藤沢)だ。大会などで注目されるのはドライバーだが、「メカニックとして、自分が確実に仕上げた車をドライバーがちゃんと乗ってくれることは自分の中でうれしいことです」とプライドを持って自分の役割を遂行している。

レーシングカーに魅せられ、そのまま入部

香川は高校まで中国・上海やアメリカ・カリフォルニア州で暮らしており、特にアメリカにいた時、車好きの父が2シーターで送り迎えをしてくれたことをよく覚えている。慶應湘南藤沢高校(神奈川)では「水泳だったら自分もできるかも」という思いから水泳部に入部。ただ県大会出場が最高成績だったこともあり、「大学で続けるのは厳しいだろうな」と感じていた。

そして慶應義塾大に進み、キャンパスのど真ん中にレーシングカーが並んでいる姿にまず驚いた。香川は車好きの父の影響もあり、また、高校時代には友人宅でeモータースポーツ「グランツーリスモSPORT」などで遊んでいたこともあり、車への興味は元々あったという。ただ始めるにもなかなかきっかけがない。そう思っていた中でこんなにも気軽に触れられるとは思ってもおらず、並んでいたレーシングカーにすぐに興味を持った。すると自動車部の先輩が声をかけてくれ、一緒に部室へ。先輩が操縦する競技車に乗せてもらい、体の芯に響くあのエンジン音や疾走感に魅せられ、そのまま入部を決めた。

キャンパス内にレーシングカーがあること自体が、まず驚きだった

慶應義塾大学自動車部では、1~2年生の間は皆がドライバーとメカニックの両方を経験し、広く知識を蓄える。1年生のうちは先輩たちから学び、2年生になってからは1年生に指導する中で知識をブラッシュアップする。3年生からは専門に分かれるが、香川は迷うことなくメカニックを選んだ。「整備をするうちに興味が湧いてきたんです。ドライバーも運転の技量はものすごく大事だけど、メカニックの基礎知識として車のセッティングだったり、改造だったり、細かなところで調整しないとドライバーのポテンシャルはフルに生かせないですから」

3年生ではメカニックのリーダーとなり、1つの車の責任者として大会に挑んだ。昨年はコロナ禍で様々な大会が中止・延期となったが、慶應義塾大OBOGの尽力で開催された舗装路でのレース「ジムカーナ」の全国大会は特に記憶に残っている。香川は初めてリーダーとしてピットでの業務を統括し、当日の路面状況や他のドライバーのペースを見て車をセッティング。ドライバーとコミュニケーションをとりながら、香川もチームの1人として戦った。かつてないほどの緊張感を味わい、多くの学びがあったレースだった。

メカニックとして「ドライバーのメンタリティー」を大切に

4年生になってからは副将に就任。また車両担当として部が保有する競技車を全て管理し、メカニックのリーダーたちを統括して運営に心を配り、下級生ができない難しい整備を担った。前述の通り、部には40台もの競技車があり、またジムカーナの練習ができるコースを自前で持っているなど、他大学に比べて充実した環境が整っている。その分、香川の責任は大きなものだが、香川はそれを「やりがい」と捉えている。

他のドライバーがどんな走りをしているのかも含め、車両担当として的確・適切にドライバーに伝える

特に上級生になってからは、メカニックとして「ドライバーのメンタリティー」を大切にしている。本番でどれだけ緊張しているか、どこを心配しているのか。ドライバーが気持ちよく安心して出走できるよう、本人が気が散らない程度に、先回りして対処するように心がけている。「他のドライバーがどんな運転しているのか、空気圧はどのくらいで設定したのかなど、車両担当しか知り得ないデータを伝えて、練習と同じように走れるようにサポートしています」。日々の練習を見ている自分だからこそ、阿吽(あうん)の呼吸で分かるところがあると香川は感じている。

実際、ドライバーで主将の坂田佳哉(けいや、4年、桐蔭学園)は香川を「ドライバーと綿密なコミュニケーションをとり、時には無茶な要望にも答えてくれる頼もしい存在」だと明かす。坂田は1年生の時から活躍し、今年度も個人で全関東総合杯準優勝と結果を残しており、来年度からは本格的に社会人の競技に挑んでいく予定だ。香川は坂田に対し、「すごくシビアな世界で生きている人で、全日本1位でないと許されないというような精神の下、練習も1本1本、実際に横に乗っていてもびっくりするくらい細かな運転をするような人」だと話す。また競技車をメカニック任せにせず、一緒に真剣に考えてくれ、メカニックとしても色々な気づきになっているという。

香川(左)はシビアに競技と向き合っている坂田の熱意をひしひしと感じてきた

理工学部機械工学科で学ぶ香川は来年度は大学院に進むが、自動車部は4年制のため、今年がラストイヤーだ。自動車部には工学部の学生も少なくないが、香川は「自動車とはあまり関係ないです」と言う。現在、パソコンのCPUに使われている技術を医療に生かした機械の開発をしているが、将来的にその分野の研究職に就くかどうかはまだ決めていない。「その時々の時代背景や自分自身の考え方で変わってくると思うので」と話す香川はまず、今目の前のことに全力を尽くしている。

「慶應が引っ張り続けることを世に示してほしい」

慶應義塾大学自動車部は今年、学生日本一の称号である「全日本総合杯獲得」を目指してきた。その結果は今シーズン最終となった12月5日の全日本学生ジムカーナ選手権をもって決した。大会には香川もドライバーとして参戦。しかし慶應義塾大はコンマの差で早稲田大学に敗れ、惜しくも団体準優勝となった。その結果、全日本総合杯は早稲田大が獲得する見通しで、慶應義塾大はあと一歩届かなかった。この悔しさも来年、後輩たちが栄光をつかむ力になってくれたらと香川は願っている。

今シーズン、香川が現場に立つレースは全て終わった。引退を前にして、改めて慶應義塾大学自動車の魅力を教えてもらった。

「自動車部は皆さんが思っている以上に体育会系で、扱っている金額もかなりの額ですし、対外的な活動も多いですから、ある意味、小さな企業のような組織です。1~4年生に与えられた仕事が明確になっていて、それがうまく回らないとモータースポーツはうまくいかない。レーサーが速くても車の準備が疎(おそろ)かでは勝てないし、車ができててもドライバーの練習や計画がうまくいってなければ勝てない。下級生もサポートとして最低限の整備力が身についていないと、大会ではタイヤ交換もおぼつかない。だから学年にかかわらず、役職の有無にかかわらず、全員が大事な存在です」

一人ひとりが自分の役割を果たし、チームを支えている(前列中央が香川)

また今年は12月19日に、全日本学生自動車連盟(AJSAA)に所属する大学自動車部の頂点を決める「GT Young Challenge 2021」の決勝大会がある。「グランツーリスモSPORT」で競う大会で、慶應義塾大は2回目となる今大会、予選大会を組トップ(全3組)で通過している。

今年2月に開催された第1回大会は中央大学が制し、初代優勝校となったが、慶應義塾大が第2回大会で狙うは優勝のみ。「慶應は学連の中でもリードしていくべき部だと思っています。今年で24回目を迎えた関東学生対抗軽自動車5時間耐久レースを始めたのが慶應であるように、今年から始まった新たなGT Young Challengeも慶應が引っ張り続けることを世に示してほしいです」。香川自身は大会に出場しないが、決勝大会に向けて万全な準備を進めている坂田たちに期待を寄せている。

敷居が高いと思っていたレーシングカーの世界。しかし、運転免許が満18歳からという意味では、皆が同時期にスタートできるという良さがある。「自分の趣味の範囲になると思うけど、引退したら1台箱から買って一からエンジンを組んで、完璧な1台を作ってみたいです」。車が好きという思いは、これからもずっと色あせない。

in Additionあわせて読みたい