サッカー

J3昇格のいわきFC 飛躍を支えた「フィジカル革命」とは

いわきFCフィールドで練習する選手たち

クラブ設立から6年、ついにJ3昇格をつかんだいわきFC。その飛躍を支えたのは「日本のフィジカルスタンダードを変える」という原点回帰だった。選手たちはDNSからサプリメント支給など全面サポートを受け、「筋トレ軍団」とも呼ばれるほど体を鍛え上げてきた。チーム一丸で取り組んできた「フィジカル革命」に迫る(肩書は2021年12月 取材当時)。

夢やビジョンを思い出して原点回帰

「天邪鬼的に、『Jリーグ入りは目指すものではなく、スポーツで社会価値を創造する手段』と言ってはいたんですけどね」。いわきスポーツクラブの大倉智社長は、苦笑いして振り返る。

大倉氏が社長に就任した2016年、いわきFCは本格的なスタートを切った。掲げた目標は「日本のフィジカルスタンダードを変える」。異色なクラブの誕生だった。

スポーツ関連事業を展開し、サプリメントなどのブランド「DNS」も扱う株式会社ドームの全面的バックアップを受け、福島県2部から圧倒的な強さで毎年リーグを駆け上がったが、快進撃は5年目で止まった。日本フットボールリーグ(JFL)で7位に終わり、Jリーグ昇格を逃したのだ。

「昇格できなかったことが悔しくて、『やっぱり上がろうぜ』という気持ちになったことは事実。ひとつの目標を達成して、クラブ内もほっとしています。特に地域の皆さまには期待を寄せていただいているし、『無限の波紋』が広がっていくと思います」

大倉社長は、素直に喜びを口にした。

いわきFCのビジョンについて語る代表取締役の大倉智さん

2021年のJFL優勝とJリーグ昇格決定は、前年のつまずきがあったからこそだと大倉社長は考える。

「5年前に描いていた夢やビジョンを思い出して、もう一度やろうぜと取り組みました。原点回帰ですね」

原点とは、「日本のフィジカルスタンダードを変える」との思いに他ならない。

フィジカルと戦術は切り離せない

大倉社長とともに湘南ベルマーレから加わり、入団2年目から監督に転じてJリーグ昇格へ導いた田村監督(現スポーツディレクター)も、「原点回帰して、ストレングスや自分の体に選手が向き合った積み重ね」と分析する。

田村監督自身の中でも、フィジカルの認識は確実に変わった。元Jリーガーの田村監督は、「フィジカルも戦術のひとつ」と語る。

J3昇格に導いた田村雄三監督

「切り替えを早く、球際では強く、セカンドボールの回収で負けるな、と言いますが、フィジカルを強くしないとそこで相手を上回れません。だから、もはやフィジカルと戦術は切り離せないんです

かつては、「フィジカル強化」にばかりスポットライトが当たることに、指揮官としてのジレンマも口にした。しかし今では「世界のサッカーを見ても、フィジカルを切り離す考え方自体が遅れています。世界に追いつくためにも必要だし、とても大切なこと」との認識を強くしている。

フィジカルを強化しても、サッカーに活用できなければ意味はない。プレーの補完としてではなく、フィジカルをベースに置くというチームづくり。日本で初の作業であり、「トライアル&エラーで6年間突っ走ってきた」と認めつつ、現在の田村監督には確信がある。

「大変そうに見えて、フィジカルとサッカーをつなぐことは難しくありません。90分間止まらない・倒れないという考え方に、リンクしているからです。体が強くなれば、人に当たることを恐れなくなります。最近では、立ち位置やハーフスペースと呼ばれる新しい概念から生まれる空間を利用して、できるだけ接触を避けて優位性を生み出す戦術が出てきました。一方で、いわきFCでは個人としてボールを奪える選手の方が、価値が高いとみなします。それぞれのスタイルがある中で、いわきFCのやり方を高めていきたいと考えています」

アスリートとしての機能をしっかり高める

日本サッカーの常識に、違和感を覚えていたスタッフもいる。2016年からチームに携わる鈴木秀紀パフォーマンスコーチである。

自身は陸上競技の選手で、サッカーのプレー経験はなかった。アメリカで学び、ラグビーなど他競技のトレーニングも知るだけに、「日本のサッカー界では筋力やフィジカルのトレーニングをあまりやらないし、敬遠する傾向をすごく強く感じていました」と率直に語る。そのフラットな視点があったからこそ、「いわきFCの手法は、サッカー界ではセンセーショナルかもしれませんが、アスリートとしての機能をしっかり高めるということなので、特別ではないという感覚」と力みはない。

トレーニング指導するパフォーマンスコーチの鈴木秀紀さん

ただし当初は、いわきFCも「日本サッカー界のスタンダード」に近かった。「立ち上げ当時は受け身というか、提供されたトレーニングをこなす選手が多い印象でした」

クラブが掲げる「日本のフィジカルスタンダードを変える」という目標までの道のりを、具体的にイメージできたわけではないという。まずはフィジカルについて、「パワー=ストレングス×走力」という定義をつくった。鈴木コーチは、「サッカー選手である以前に、『アスリートにならないといけない』という考えがありました。競技特性はありますが、シンプルに体力もパワーも、スピードもある、スポーツテストの万能型を目指すイメージ」と振り返る。

選手たちのアスリートとしての「本能」は正直である。結果が出るにつれ、チームが掲げる方向性への信頼は深まった。これまでは選手を指名していた追加トレーニングにも、今では選手自ら手を挙げて参加するという。

原点回帰を掲げた2021年は、目指す姿への到達へ、フィジカル強化のアクセルを再び強く踏み込んだ。

充実した施設で筋力トレーニングに励むいわきFCの選手たち

「トレーニングのボリュームは、前年の倍くらいになったイメージです。特にシーズン中盤くらいまでは、かなりハードにやりました。おかげで、シーズン終盤でも走行距離が落ちることはありませんでした。むしろ、スプリント回数が多い試合が目立つようになりました」

ジムでのストレングストレーニングには他のコーチにも参加してもらい、すべての選手に細かく目が届く体制を整えた。チーム全体でフィジカル強化に原点回帰し、トレーニングに励んだ先に、栄光が待っていた。

トレーニング、栄養、休養をリンクさせる大切さ

選手を成長させるメンバーは、ピッチやジムの外にもいる。栄養士の田中初紀さんも、重要なスタッフのひとりだ。2018年から、食事やサプリメントを含めた栄養の管理を担当してきた。

練習後に選手へお弁当を手渡すDNS栄養士の田中初紀さん

田中さんも、選手の意識の重要性を指摘する。

「運動(トレーニング)、栄養、休養。この三つのリンクが大事です。このチームでは栄養講習会も実施するので、どんどん選手は教育されていきます。なぜ食事をしなければいけないのか、1日にどれくらいとったらいいのか、自分で考えて、自分のためにやる。自己管理能力を高めることを、すごく大事にしています」

田中さん自身も、学びを続けている。

「学校で勉強を始めた頃は、栄養は食事がベースとされていて、サプリメントのことはあまり知りませんでした。入社して、現場での経験や文献調査等のなかで勉強するうちに、食事だけでは足りないこと、摂取のタイミングも大事など、サプリの重要性に気づきました。運動直後なら食事よりもプロテインでなどと、パズルをはめるようなものですね」

年4回行われる血液検査で、個々に必要な栄養や有効な方法を探るなど、少しずつ前進を続けてきた。田中さんは、「栄養がどう体の中で使われて、身になったかが可視化されるので、血液検査の意義は大きいです」と手応えを得ている。学びを深める栄養士やDNSのサポートを得て、フィジカル強化の鈴木コーチ、チームとしてまとめる田村監督、さらに理解の深い大倉社長と、クラブ全体でチームを「つくり上げて」きた。

トレーニングに励む選手

田村監督は、「栄養士やサプリメントブランドがついて栄養を管理してもらえる環境は、J1のチームでもなかなかありません」と感謝する。鈴木コーチも「プロテインやいろいろなサプリメントがあるDNSのサポートに加え、田中さんやアスレティックトレーナーの穂苅敦さんのアドバイスで、選手が自分で自分の体のことを考えられるのは、すごく大きなアドバンテージ」とチーム全体による成長の後押しを語る。

フィジカルスタンダードと共に変化した意識と文化

鈴木コーチの言葉が印象深い。トレーニングや栄養に対する選手の意識の変化を、「文化の定着」と呼ぶのだ。

鈴木コーチは、中高生らアンダーカテゴリーの選手も指導している。

「頑張って結果も出しているトップチームの姿を見ている中高生は、サッカー選手も鍛えるのが当たり前という世代になると思います。すると5年後、10年後には、いわきFCの取り組みが常識になり、サッカー界の常識も変わると考えます」

クラブが「東北一の街にする」ともうひとつの目標を掲げるいわきで、スタンダードは着実に変わろうとしている。

初出場した2017年の天皇杯で、いわきFCはJ1の北海道コンサドーレ札幌を破り、一気にその名を知らしめた。

「いわきFCがいよいよ来るぞ、って言われているようなのでね」。Jリーグ挑戦を前に、大倉社長はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

新たなスタンダードを引っ提げて、いわきFCがJリーグのフィールドに飛び込む。

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