慶應大・八星輝、誰よりも冷静な主将が導いた23年ぶりの快挙でラクロス人生に終止符
昨年12月に第31回ラクロス全日本選手権大会が行われ、全日本大学選手権大会を3大会ぶりに制した慶應義塾大学は社会人王者のStealersに8-5で勝利し、目標としていた「真の日本一」を成し遂げた。学生王者が社会人王者に勝利するのは23年ぶりの快挙。その慶應大男子ラクロス部を牽(けん)引してきたのが八星輝主将(4年、慶應)だ。
今でも忘れられない東大戦
八星が初めて試合に出場したのは1年生春の早慶戦。出場時間は20秒ほどだったが、キャッチボールもできないくらい緊張し、わけも分からず出場したという。初めこそ落ち着かなかったが、慶應高校(神奈川)時代には主将を務めるほどの実力者だった八星は、大学でも着実に経験を積んでいった。
そんな八星には忘れられない敗戦がある。2年生だった2019年の関東学生リーグFINAL4での東京大学戦だ。この年に慶應大はブロック1位でFINAL4に進出したが、東大戦では先制を許す。慶應大は必死に食らいつくも東大の攻撃を止められず、3-4で敗れ、先輩たちの引退が決まった。試合後、活躍できなかった悔しさや先輩たちが泣いている姿を見て、先輩の代を終わらせてしまったという責任感を感じた。そこから八星は、どうやすれば勝てるのかを考えるようになった。「チームに対しての責任の自負は他の同期に比べたら少し早く持っていた」と語る八星は、実戦経験を生かし、日本一をとってやろうという強い気持ちを持っていた。
話し合いを重ねたシーズン前
自分たちの代になった時、八星は主将に選ばれた。八星には「自分が日本一へ連れてってやる」というような強いキャプテンシーはなく、「チームメートに助けられながらできたらいい」と思っていた。それが象徴されたのが2021シーズンのチームスローガンである「DEVOTE」。1人よがりではなくチームのためのラクロスという自分たちの代のカラーが、「捧げる」という単語とマッチする。全員納得のチームスローガンだった。
目標は「真の日本一」。社会人を含めて頂点に立つこと。「学生日本一」を目標にしてもおかしくはないが、八星らはその一つ上を目標にした。シーズン開幕を前にして、八星を中心に話し合いを繰り返した。学生による「日本一」は22年間達成できていなかった。そんな高い目標を本当に達成できるのか、目標を一回下げてもいいのではないか、という議論もあった。しかし、「学生日本一」すら取れていない中で「学生日本一」を目指しても到達できない。だから自分たちが入部した時からの目標である社会人に勝つことを目標にしたという。
主将に選ばれてからも自身のプレーには大きな変化はなかったが、次第に試合を俯瞰(ふかん)した目で見られるようになっていった。チームが得点後に浮足になっている時、自分が喜びたい気持ちを抑えて冷静になる。逆に失点で自分が落ち込むと士気が下がってしまう。チームと同じ動きをしたい時でも、感情的にはならない。「自分にはキャプテンシーがない」と語っていた八星だが、常に冷静な主将がいたからこそ、慶應大は大きく崩れることはなく安定した強さを見せられたのかもしれない。
慶應大には貝柄海大(3年、大宮)や中名生幸四郎(3年、慶應)など20歳以下日本代表に選ばれている選手がいて、1対1に強い選手が多い。八星にも1対1でも負けない強さもあるが代表に選ばれた経験はない。八星の強みは頭を使ったプレーである。様々なところに気を配り、仲間や相手が何をしたいのかを考え、先読みする。自分は味方が動きやすいように指示を出したり相手のしたいことの芽を摘んだりする。1対1ではなく6対6、それは練習をともにしてきた信頼できるチームメートだからこそ最大限に発揮される強みだ。
偉業を成し遂げた最後のシーズン
話し合いを重ね、ラクロスに全てを捧げてきた仲間と臨む最後のシーズン。関東学生リーグ戦は例年とは異なりトーナメント形式で開催された。負けたら終わりというプレッシャーの中、初戦の一橋大学戦が行われた。慶應大は7-6で勝利したものの、納得のいくような内容ではなかった。続く中央大学戦も序盤に点がとれなかった。予選2試合は勝利こそ収めたが、精神的にはつらい試合が続いた。
しかし、次のFINAL4・明治大学戦では圧倒的な力で勝利。八星は「2019年に同じFINAL4で負けていたので相手は違うが、その雪辱を晴らしたかった」と語った。FINALでも伝統校としてのプライドを見せ武蔵大学に勝利し、2年連続で優勝を果した(前回大会は特別大会として実施)。
全日本大学選手権でも慶應大の勢いは止まらない。堅いディフェンスと攻撃的なオフェンスで名古屋大学、関西学院大学に大差で勝利し、3大会ぶり5度目の優勝で学生王者となった。ただ、八星はすでに次を見ていた。試合後のインタビューでも「全日本選手権の優勝が最終目標」と語った。優勝直後から「試合の課題点を修正したい」と答える八星の姿からは、次の社会人戦にかける強い思いが伝わってきた。
迎えた社会人王者・Stealersとの一戦。慶應大は中名生幸四郎のゴールで先制するとその後、貝柄らにもゴールが生まれる。更にはゴーリーの藤井凱章(4年、慶應)がスーパーセーブを連発する活躍もあり、8-5で勝利した。1対1が強い選手と頭を使った八星のプレーが融合し、総力戦で得た勝利であった。
勝利した瞬間は実感が湧かなかったという。試合後、OBや周りの人から「おめでとう」と声をかけられるようになってから、23年ぶりの優勝がすごいことだとようやく実感が湧き、うれしさを遅れて感じたという。
ラクロスに終止符、新たな道へ
大学では1年生の春から試合に出場、ラストイヤーには主将としてチームを23年ぶりの快挙に導くなど、華々しい活躍を見せた八星。しかしその裏には、忘れられない敗戦やチームメートと議論した時間、精神的にきつかった予選の2試合など様々なことがあった。それを乗り越えてきた経験が、全日本選手権優勝という最高の結果につながったに違いない。
学生の内に目標を達成した八星は、卒業後はラクロスを続ける予定はないという。この4年間の経験を武器に、次なる夢に向かって新たな道を歩み始める。