陸上・駅伝

順天堂大・西澤侑真新主将、兄に学生駅伝三冠を 令和のクインテットのラストピース

西澤(左)は主将就任の所信表明で、「学生駅伝三冠」を目標に掲げた(撮影・北川直樹)

2003年頃、駒澤大学との“紫紺対決”を演じた順天堂大学の「クインテット」(入船満/岩水嘉孝/奥田真一郎/坂井隆則/野口英盛)になぞらえ、長門俊介監督が期待する4年生たちの「令和のクインテット」。そのラストピースが新主将の西澤侑真(4年、浜松日体)だ。「長門監督は『西澤ならできるだろう』というような雰囲気を出しますし、その期待に応えないといけないなと思ってます」。この世代で最初に頭角を現したのが西澤だったが、2021シーズンは同期の陰に隠れがちだった。だからこそ人一倍、学生駅伝三冠を掲げたラストイヤーにかける思いは強い。

兄に憧れ陸上の道へ

静岡出身の西澤は6つ上の兄・西澤卓弥に憧れ、中学から陸上を始めた。それまではサッカーの練習の一環でランニングをする程度だったが、校内のマラソン大会で優勝し、「それがうれしかったのかもしれません」と振り返る。中1の冬、兄の応援で初めて箱根駅伝を現地で観戦した。「観客で埋め尽くされた中を走っている兄を見てかっこいいな、いつか自分もここで走りたいなと思うようになりました」

中3の時には3000mで全中に出場し、予選敗退。目指していた全国の舞台に立てた喜びはあったものの、その舞台で自分の力のなさを痛感し、陸上をやめることも考えたという。それでも踏みとどまったのは同じ静岡出身の選手の存在だった。同じ3000mには小澤大輝(現・明治大4年、韮山)や鈴木創士(現・早稲田大4年、浜松日体)など静岡で顔なじみの選手も出場し、小澤は6位、鈴木は10位だった。「静岡で一緒に戦ってきた創士や小澤が結果を出してて、あいつらにも勝ちたかったし、やっぱり兄が走った箱根を走りたいなと思いました」。高校こそは全国の舞台で戦える選手になる。そう決意して浜松日体高校(静岡)に進学した。

都大路予選で最上級生の結束力の大切さを痛感

中学時代は特に陸上の強豪校ではなかったが、浜松日体は寮生活ではないものの日常生活から規律を重んじ、全国高校駅伝(都大路)でも実績のある強豪校。練習のレベルも一気に上がり、全国で戦う以前に部内競争を勝ち抜けるのかという不安があった。毎日が試練だったが、同じく浜松日体に進んだ鈴木が良きライバルとなった。「創士が高いレベルで結果を出していたので、そこに勝てたら自分も結果を出せると思ってやってました。いい刺激になりました」。2年生の時に都大路に出場し、6区区間7位。チームは6位だった。最後の年こそインターハイに出場し、都大路で結果を出す。主将として都大路を掲げてチームを引っ張っていくと心に決めた。

高校時代に主将としてチームを支えたが、最上級生の結束力の大切さを痛感させられた(撮影・藤井みさ)

しかしインターハイにつながる県総体5000mで7位となり、目指していた舞台に立てなかった。都大路こそはという思いで陸上に情熱を注いだが、同期には受験する選手も多く、夏合宿に行けた3年生は3人だけだった。都大路をかけた静岡県駅伝で浜松日体は1位の韮山と41秒差での2位。韮山は67年ぶりに都大路出場をつかんだ。西澤は1区を走り、区間3位だった。「勝てると思っていたからすごく悔しくて、自分がもっと走れていたら結果も変わっていたんじゃないかって……。その時はよく分かっていなかったんですが、やっぱり最上級生の力は大きいんだな、と大学に上がってから思うようになりました」

1年生の中で唯一学生駅伝に出走

他の大学からも声をかけられていたが、大学は兄と同じ順天堂大に進んだ。中学生の時に兄の応援で箱根駅伝を見に行った時、長門監督から「順大で待ってるよ」と言ってもらえたことも記憶に残っていた。自分で感じとって学びたいと考え、兄には順天堂大の進学前も進学後もあえて相談しなかったという。「6つも離れているから小学校の時も一緒じゃなかったし、なかなか話す機会がなくて」と西澤は言うが、兄が最後の箱根駅伝で言った「やっぱり悔しい」(1区区間15位)という言葉は忘れていなかった。

西澤は高校時代からトラックレースに苦手意識があったと言い、普段の練習でもスピード練習はあまりしていなかった。だが大学ではスピード練習が増え、最初は練習についていくのに必死だったが、1年目の全日本大学駅伝に唯一の1年生として出走を果たした。普段からあまり緊張するタイプではないという西澤は初の学生駅伝でもワクワク感をもって挑み、6区区間3位と快走。箱根駅伝も唯一の1年生としてメンバー入りを果たした。「もう、夢の舞台だったので今度こそ緊張するかなと思ったんですが、あまり緊張もしなくて」。観客として見ていた舞台を自分が走っていることが不思議で、観客の多さや歓声の大きさに改めて驚いた。8区のラスト3kmほどで足がつってしまったがなんとか襷(たすき)をつなぎ、区間9位だった。

初の箱根駅伝はワクワクした気持ちで挑んだ(撮影・藤井みさ)

2年目の2020年は新型コロナウイルスの影響で様々な大会が中止・延期となり、チームでの練習もできなくなった。西澤も実家に一時帰省。思うように練習が積めず、夏が明けてからも調子が上がってこない。10月の箱根駅伝予選会では31位(チーム内7位)、その2週間後の全日本大学駅伝ではアンカーの8区を任されたが、順位を2つ落としての8位でゴール。2度目の箱根駅伝で再び8区を走り、区間10位だった。タイム自体は1分近く短縮できたが、「『西澤ならやってくれる』と長門監督が送り出してくれたのに、なかなか結果が出せなかったことが悔しかったです。1年通して調子よく走りきることは難しいんだなと思いました」と悔しさをかみしめた。

同期の活躍に募る悔しさ

昨シーズンは同期がめきめきと力を伸ばしてきた。野村優作(4年、田辺工)や伊豫田(いよだ)達弥(4年、舟入)が競うようにして5000mと10000mで自己ベストを更新。平駿介(4年、白石)も5000mで3度自己ベストを更新し、四釜峻佑(4年、山形中央)は昨年5月の関東インカレ男子1部ハーフマラソンで日本人トップの4位に入ったことを皮切りに、10000mで自己ベストを更新した。彼らの活躍を経て、長門監督は「令和のクインテット」という言葉を用いるようになった。

そんな中、西澤は夏に右膝(ひざ)を痛め、2カ月ほど走れない時期が続いた。出雲駅伝と全日本大学駅伝に野村、伊豫田、平、四釜が出走。長門監督から「箱根駅伝1本に絞ろう」と言われていたものの、同期が走るレースを応援する悔しさや申し訳なさが胸に残った。順天堂大は出雲駅伝では10位と苦しんだが、全日本大学駅伝では3位と力を示した。「自分が走っていたら」という思いが西澤にはあった。

11月に入ってから練習を再開。夏に走り込みができなかった分、監督・コーチにサポートしてもらいながら1人合宿に取り組んだ。急ピッチで仕上げることになったが、箱根駅伝の前には7~8割の状態までもっていくことができたという。

西澤の箱根駅伝7区起用は前日に決まった。6区には西澤と同じく当日変更で主将の牧瀬圭斗(現・トヨタ自動車九州)が起用され、5位から区間賞の走りで2位の駒澤大学と5秒差での3位で西澤に襷をつないだ。「牧瀬さんがまさかあそこまでやってくれると思っていなかったので、だったら自分もやれるんじゃないかと勇気をもらいました」

西澤の前を走るのは駒澤大の白鳥哲汰(現3年、埼玉栄)。まずは焦らず自分のリズムで走り、相手が崩れた時を見定めて前に出ようと考えていた。10km過ぎで西澤が白鳥の前に出る。ラストスパートに苦手意識があった西澤はその前に差を広げようと考えていたが、15km過ぎで足がつってしまい、最後は1秒差での3位で襷リレーとなった。「1年目につってから体幹トレーニングなど体作りをしていたんですが、改めてその課題が浮き彫りになりました」とラストイヤーに取り組むべき課題が見えた。

西澤(奥)は1秒差で白鳥に次いでの3位で襷をつなぎ、区間7位だった(代表撮影)

個性が強い同期とともに

1年生の時から主将になりたいと考えていた西澤は、同期の話し合いを経て、1月4日に監督の発表を持って正式に決まった。主将の所信表明として、「箱根総合優勝はもちろん、出雲も全日本もとりにいくぞ」と言った。それは西澤が順天堂大に入ってからの夢であり、兄が叶(かな)えられなかった夢でもあった。

順天堂大で3人の主将を見て、どの代の主将も走りでチームを支え、結果を出してきた。直近の牧瀬と清水颯大(現・大塚製薬)はともに箱根駅伝で6区を走り、区間賞と区間2位という力走を見せた。「監督から『6区でいくか』と言われたこともあったんですが、僕は下りが苦手なんで」と西澤は言うが、どの区間を任されたとしても、かつての主将たちのような流れを変える走りを今度は自分が見せる。人前で話すのが得意ではないと話す西澤は、走りで引っ張っていくような主将を目指す。10000mで28分20秒台、ハーフマラソンで61分台は“最低条件”と考え、駅伝では区間賞を狙う。

主将として走りで仲間を引っ張っていく(撮影・松永早弥香)

昨年末にはトーエネックで競技を続けていた兄が引退した。「もう少し続けると思っていたし、いつかは駅伝で襷をつなげたらという気持ちはありました。やっぱりちょっと寂しいです」。兄がつかめなかった箱根駅伝総合優勝、学生駅伝三冠を、兄に届けたいという思いもある。

今年の箱根駅伝を走った選手が7人も残り、心強い同期もいる。「自分たちの学年はすごい個性が強く、でもぎくしゃくしているわけではなくて、みんなすごく仲がいい。そんな同期が中心になってチームを作っていくことにワクワクしていますし、一緒に強くなっていきたいです」。令和のクインテットのラストイヤーが始まる。

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