順大・長門俊介監督「令和のクインテット」に、箱根駅伝優勝をめざす4年生の思い
今年の箱根駅伝を総合7位で終えた翌1月4日、順天堂大学の主将に就任したばかりの牧瀬圭斗(4年、白石)は全員を前にして、「箱根駅伝総合優勝をめざす」と宣言した。それからトラックシーズン、駅伝シーズンで結果を残してきた選手たちは、ぶれることなく目標を追い続けてきた。12月10日の監督トークバトルで長門俊介監督が掲げた目標は「総合3位」ではあったが、「本学に足りていなかった勝負強さをこれまでの大会の中で体現してくれているので、今のこの状態を見て、彼らの思いを後押しできるだけのチームになってきたのかな」と選手たちの意志の強さを感じている。
“三浦頼りのチーム”ではなく“三浦を生かせるチーム”に
箱根駅伝出場校の中には、駅伝シーズンに結果を残すためにも、前半のトラックシーズンに出場する大会を絞ってきたところもある。そんな中、順天堂大は勝ちきる強さを求め、関東インカレや日本インカレにも積極的に出場。長距離種目で多くの選手が入賞し、自信を深めるきっかけになった。
特に三浦龍司(2年、洛南)には東京オリンピックという大きな舞台があった。3000mSCにおいてハードリングの技術の向上とともに2000mを過ぎてからのスピード持久力を意識して練習に取り組み、準決勝で8分9秒92の日本新記録をマーク。決勝でもラストスパートで3人を抜き去っての7位入賞と力を示した。鍛えたスピード持久力は自分の持ち味としてロードでも生かせると三浦は感じているが、オリンピックという大舞台にどうピーキングを合わせるか、その過程そのものも学びになったという。
そうした三浦の姿はチームに刺激をもたらした。「三浦だけに全部持っていかれたらまずい、負けたくない、という気持ちが一人ひとりの走りに現れてきました。いい雰囲気で夏合宿ができたのは三浦の影響が大きいと思います」。牧瀬がそう話すように、皆が“三浦頼りのチーム”ではなく“三浦を生かせるチーム”になるという意識を持ち、日々の練習から競り合っている。10月の出雲駅伝は本調子ではなかった三浦がメンバーから外れ、また、エースとしての走りを期待されていた野村優作(3年、田辺工)が苦しみ、10位で終わったが、11月の全日本大学駅伝ではその2人も好走し、3位と20大会ぶりのトップ3に食い込んだ。
箱根駅伝のチームエントリー(16人)は4年生4人、3年生6人、2年生3人、1年生3人と、3年生が中核をなしているが、「4年生が作ってきたチーム」と長門監督が言うように、チームにおける4年生の存在は大きい。牧瀬は「僕たちの代はコツコツと積み上げてきた努力型の選手が多くて、その分、華がないと言われるけど、そうした姿を後輩たちに示すことができたと思います」と言い、例え自分は先頭を引っ張れなかったとしても、積極的に声かけをしてチームの雰囲気作りに心を砕いてきた。日本インカレ1500mで優勝した原田凌輔(4年、専大松戸)も練習でチームを引っ張り、日々の生活の中でも手本となる姿を見せてくれた1人だ。原田はメンバー入りができなかったが、「だからこそ選ばれた選手たちは、(メンバーから外れた)4年生の思いも背負って走らないといけないと思っています」と牧瀬自身も感じている。
三浦、タイムより勝負
前回大会で1区を担った三浦は、「再チャレンジ」で今大会も1区を希望。前回大会はけが明けでコンディションが整わず、距離への不安もあった。1km3分30秒以上とスローペースで始まったレースだったが、「20kmもある中で、自分が仕掛けても勝てないだろうなと思って仕掛けませんでした。コンディションの問題もありましたが、考え方としてもまだまだ守りに入っていて、楽して勝ち逃げしたいという気持ちがあったんです」。六郷橋の下りからラスト3kmで勝負となったが、三浦は反応できず、区間10位での襷(たすき)リレーとなった。「継続して練習ができなかった面が出たのかなというのはあるんですが、もっていた実力・走力が劣っていました」と三浦は振り返る。
それから1年、3000mSCで鍛えたスピード持久力に加えて夏以降に強化してきたスタミナで、自信をもって2度目の箱根路を見据えている。「区間記録は考えていない」と言い切ったが、その分、勝負にこだわる。ラスト5km、もしくは3kmで勝負に出て、「ゲームメイクする走り」を目指す。もし留学生と勝負になっても「そこで自分が出ないと殻は破れないと思っているので」と、勝ちきるレースを思い描いている。
ただ、全日本大学駅伝では2区を走り、区間賞の走りでチームを首位に押し上げている。箱根駅伝でも1区以外の区間に配置される可能性はある。それまで三浦は駅伝で1区を担うことが多かったが、集団走ではなく自分でレースを動かすことを苦手としている三浦が、駅伝への苦手意識を払拭(ふっしょく)する機会になれば、という思いが長門監督にはあったという。単独走から集団に追いつき、ラスト1kmで集団を抜け出して勝ちきったレースは自信になったが、三浦自身は「全然満足していません」と言い、長門監督からも「もう1つだな」と言葉をかけられたという。全日本大学駅伝での経験も箱根駅伝につなげ、勝負にこだわったレースを貫く。
「令和のクインテット」のラストのピース
長門監督が「この世代は『令和のクインテット』になってほしい」と期待を寄せているのが3年生の代だ。2003年頃、駒澤大学との“紫紺対決”を演じた「クインテット(岩水嘉孝/入船満/野口英盛/奥田真一郎/坂井隆則)」を受けてのもので、その選手として長門監督は野村、伊豫田達弥(舟入)、四釜峻佑(山形中央)、平駿介(白石)の名前を挙げた。長門監督自身も「クインテット」に憧れた1人であり、「トラックで結果を出し、駅伝でいぶし銀の走りをする、そういう意味でクインテットなんだろうなと思っています。トラックでも駅伝でも、それぞれの強みを出せる世代に3年生はなっているのかなと思っていますし、今後、入学してくる学生が彼らに憧れを持ってくれたらいいな」と3年生たちがこれからの順天堂大に与える影響に期待している。
ただ、5を表すクインテットという意味では1人足りない。現時点において、その最後のピースを担うのが西澤侑真(浜松日体)だと長門監督は考えている。この世代で真っ先に学生駅伝デビューを果たしたのが西澤であり、他の選手は西澤の活躍に触発されて成長してきた。今シーズンはまだ駅伝を走っていないが、箱根駅伝総合優勝を目指す上で、西澤のここからの躍動は欠かせない。
野村、苦しんだ出雲を経て
前回大会でエース区間の2区を走った野村は、今大会でも2区を希望している。前回大会では憧れの2区を走る喜びを胸に挑んだが、目の前に集団が見えていたこともあって想定よりも速いペースで入ってしまい、終盤に脚が痙攣(けいれん)して失速し、区間10位でレースを終えた。この1年は終盤で崩れない走りを目指し、フィジカルトレーニングにも取り組んできた。他大学のエースがそろう区間ではあるが、「日本のトップレベルの選手と戦うというのが僕の目標でもあります。そこで自分の走りをしっかりしなければ大崩れしてしまうこともあるので、落ち着いて走り、勝負できるところはしっかりついていきたい」と意気込む。
今シーズンはトラックシーズンに5000mと10000mで自己ベストを更新し、自信を深めて夏合宿に入ったが、10月にもかかわらず30度を超える中で行われた出雲駅伝では内臓疲労でコンディションを崩し、3区区間16位と苦しんだ。病院に通って原因と向き合い、11月の全日本大学駅伝は「自信を取り戻す」という意識で臨み、5区区間2位の走りに「ホッとしました」と野村。今シーズンは好成績を残したレースよりも、苦しんだ出雲駅伝の方が強く印象に残っていると言い、「原因があったとしても、自分の気持ちから切り替えなければいけない。全日本を走ってから『しっかり自分が走らないといけない』という自覚をもって取り組んできました」と、自分を見つめ直すきっかけにもなったようだ。箱根駅伝もまた、エースとしての覚悟を胸に挑む。
その野村と競るようにして前半シーズンに5000mと10000mで自己ベストを出してきた伊豫田もまた、今大会では前回と同じ3区を希望している。今シーズンの出雲駅伝では1区区間5位、全日本大学駅伝では3区区間5位と、「どの区間でも安定して走ることができるのが自分の強み」だと伊豫田は言う。特に2区は各校のエースがそろうこともあり、展開によっては首位と差が開いた状態で襷リレーになることもあり得る。「レース展開次第では首位と差をつめるような走りをして、5区で首位に立てるよう、流れをつなぎたい」と伊豫田。「エース」としての役割を担ってくれている野村のためにも、自分の走りでチームを支えたい。
四釜、躍進を支えた“腹八分”とサラダチキン
出雲駅伝と全日本大学駅伝でともにアンカーを務めた四釜は、自身初となる箱根駅伝を前にして、往路のアンカーである5区を希望。今年の箱根駅伝が終わってからこの1年、起伏のあるコースでの練習にも取り組んできたという。
前回の箱根駅伝で5区区間賞を獲得した帝京大学の細谷翔馬(4年、東北)は同じ山形県出身で、3000mで全中決勝の舞台を経験している細谷のことを、四釜は「すごく速い選手だなと思っていたんですが、僕はそこまでではなかったので僕が勝手に知っていただけだと思う」と言う。その細谷は東北高校(宮城)時代はけがに苦しんだが、帝京大で力を蓄え、3年目の箱根駅伝で花開いた。「記事を通じてずっとトレッドミルで走っていたと知って、区間賞をとるには並大抵の努力じゃ駄目なんだなと思いました」
今シーズン、四釜は練習を継続することを第一に掲げ、調子がいい時こそ練習で“腹八分”を意識してきた。それと並行して食生活も見直し、貧血体質を改善するためにたんぱく質が気軽にとれるサラダチキンを毎日食事に組み入れた。昨シーズンは練習中に野村や三浦、石井一希(2年、八千代松陰)などに対して力の差を感じていたが、今シーズンは負荷の高いポイント練習でも彼らと競り合えるまでになったという。5月の関東インカレ1部ハーフマラソンで日本人トップの4位に入ったことを皮切りに、10000mでもたびたび自己ベストを更新。全日本大学駅伝では特に、アンカー勝負に競り勝っての3位区間2位に自信を深めた。
往路優勝を目指すのであれば、5区に襷がわたった時点で「首位と2分は言い過ぎですが、1分差であればやってくれるんじゃないか」と長門監督は考えている。前回大会で5区を走った津田将希(4年、福岡大大濠)や、11月に行われた激坂最速王決定戦2021@箱根ターンパイクの男子登りの部13.5mで8位に入った神谷青輝(1年、大牟田)など他にも有力選手がいる中、四釜は万全の準備を進めながら初の箱根駅伝を目指す。
箱根駅伝で総合優勝を目指すには、山の区間である5区と6区で勝負を有利に進めることが必須となる。それに加え、「三浦が流れを作る駅伝ではなく、三浦がチャンスを作る駅伝にすることができれば、うちにも勝機があるのかな」と長門監督は言う。1人の力ではなく、全区間通してデコボコがない走りで襷をつなぐ。「箱根駅伝総合優勝」を目標に掲げてきた選手一人ひとりの力が試される。