関西大学RB一針拓斗 ラストイヤーにかける職人「自分のTDで日本一を」
関西大学カイザーズは昨シーズン、甲子園ボウルの西日本代表決定準決勝で、立命館大学に1点差で負けた。この春は関西学院大学と7-7で引き分け、早稲田大学に快勝。オフェンス、ディフェンスともに評価が高く、13年ぶりの甲子園ボウル出場を見すえるシーズンが始まった。9月3日の初戦は同志社大に41-2と圧勝。第2クオーター(Q)、悪かった流れを一気に変えるビッグプレーを演じたのが、4年生RBの一針拓斗(いちはり・ひろと、星陵)だった。
「独走できる絵が見えた」と80ydのTDラン
第2Qに入ってすぐ、関大は自陣6ydから、この日3度目のオフェンス。ラン、ラン、パス失敗で第4ダウン残り8yd。ここでパンターがエンドゾーン内でスナップをお手玉。拾ってあわてて蹴ったが、横に飛んでしまってエンドゾーンを出ず、セイフティ。同志社に2点を先制された。
次の関大オフェンスは自陣20ydから。ボールは左ハッシュ。OLの5人がガサッと左へ動き、DLとLBを見事にブロック。QB須田啓太(2年、関大一)からボールを手渡された一針はすぐにスピードに乗り、誰もいない中央付近を駆け抜ける。5ydゲインの地点で右からLBがタックルに来たが、軽くいなして、さらに前へ。
このとき一針には、進行方向の左右でWRとDBの1対1の状況が2カ所できているのが確認できた。彼は試合後に「独走できる絵が見えた」と表現した。「そうなったら持っていく自信はあります」と。それぞれのWRが手を出してブロックすると、2人のDBはわずかに体勢を崩す。一針は難なく2人の間を駆け抜け、独走態勢に。誰にも追いつかせず、80ydのTDランとなった。
これでようやくエンジンのかかった関大オフェンスは四つのTDと二つのフィールドゴールを加えた。「自分のプレーで流れを変えられてよかった」と一針。カイザーズの6番はこの日、11回ボールを持ち、142ydゲインとチームトップのラン記録を残した。ディフェンスは無失点で終えた。
関大の磯和雅敏監督はスロースターターぶりを嘆きながらも、RB陣の話になると声を弾ませた。「一針君はポテンシャルはそこそこあったんですけど、去年までは出番がなかった。今年は春の関学戦でもTDしましたし、チームとしてはキャプテンの柳井(竜太朗)君(4年、関大一)、去年の12月に入部してきた阪下(航哉)君(2年、関大一)と一針君は同じレベルと考えてます。今日は苦しいシチュエーションでロングランのTDを決めてくれましたけど、とくに驚きでも何でもないです」。彼らの力を引き出すOL陣への信頼も厚い。
入学当初の体重60kg台から82kgへ
一針は兵庫県立星陵高校のアメフト部出身。同期にはいま神戸大のエースWRである橋本侑磨や立命大のDB橋岡輝らがいて、3年の春には「兵庫2強」の一角である啓明学院を下して関西大会に進出した。
関大に入り、1年生のころはスピードこそあったが当たり強さのないRBだった。一発のタックルですぐに倒れてしまっていた。そのころ、オービックシーガルズでプレーしていた関大出身のRB地村知樹さんが、チームメイトで関学出身の望月麻樹さんと一緒に合宿へ来てくれた。
望月さんといえば、相手のタックルをはね返す走りが真骨頂。その合宿で望月さんは関大RB陣に「相手に当たってからさらに前へ伸びる走り」のための練習メニューを授けてくれた。この練習を続け、一針にも当たり強さやタックルを外す技術が身についた。しっかり食べて、体重も入学当初の60kg台から82kgにまで増えた。ただ関大のRBの層は厚く、昨年までは1本目のローテーションに入れなかった。
大学ラストイヤーを迎えたこの春から柳井、阪下とともにローテーションに入った一針。5月28日の関関戦では0-7の第4Q1分すぎに25ydのTDランを決めた。QB須田からピッチを受け、仲間たちのナイスブロックに守られて左サイドライン際を駆け抜けた。「タッチダウン自体はみんなのブロックがよくて、取らせてもらった感じでしたけど、あのときの風景とか感情が僕のモチベーションになってます。秋も同じことをやって、みんなに日本一をとらしてやりたい」
今年から一針はRBのパートリーダーでもある。「2年生の阪下は予想もしないカットが踏める。1対1で負けてるの見たことないです。2学年下だけど、すごく刺激をもらってます。今日タッチダウンした1年生の山嵜(紀之、箕面)は、大学で最初のスクリメージ(実戦練習)から柳井のような力強い走りを見せてました。2人とも脅威だなと思って焦ってます。いままで以上のRBパートを作れるようにします」
日本に50人ほどしかいない珍しい名字
2年生QBの須田に一針について尋ねると、「渋い人です」と返した。「同じ学年の柳井さんは早くから目立ってましたけど、一針さんは自分のやるべきことに集中して、準備して、いま同じ舞台に立ってる。一発のタックルでは倒れないし、スピードもある。柳井さんに引けを取らないエースです。オフェンスを支えてくれる職人みたいな存在です。一針さんがいるから、僕らはのびのびできる」。ようやく日の目を見た4年生RBに全幅の信頼を置いている。
一針は言う。「このチームはやるべきことをやったら絶対に負けない。負ける気がしない。立命や関学相手でもブレない強さを発揮したいと思います」
「一針」は日本中に50人ほどしかいないという珍しい名字だ。「北陸と神戸市灘区に多いって聞いてます。確かに親戚はみんな灘区です。一発で覚えてもらえるので、この名字は気に入ってます」と一針。この秋から冬にかけて、日本のフットボール界ではよく知られた名字になっていきそうだ。ニックネームは「イッチー」か「ハリー」だそうだ。