陸上・駅伝

不破聖衣来を擁する拓殖大 スーパーエースに頼るチームから生かすチームへ

超大学級のエース不破聖衣来を擁する拓殖大学(すべて撮影・藤井みさ)

第40回全日本大学女子駅伝対校選手権(杜の都駅伝)

10月30日@宮城・仙台
6区間:38.1km(弘進ゴムアスリートパーク仙台スタート)
1区:6.6km(~仙台育英学園)
2区:3.9km(~仙台育英学園・総合運動場側)
3区:6.9km(~仙台市太白区役所前)
4区:4.8km(~五橋中学校前)
5区:9.2km(~石井組前)
6区:6.7km(~仙台市役所前市民広場)

第40回全日本大学女子駅伝対校選手権(杜の都駅伝)が10月30日、仙台市の弘進ゴムアスリートパーク仙台~仙台市役所前市民広場の6区間38.1kmで行われる。女子10000mで30分45秒21の日本歴代3位の記録を持つ、超大学級の不破聖衣来(ふわ・せいら、2年、健大高崎)を擁する拓殖大学の戦いぶりに注目が集まる。

目標を昨年と同じ3位にした理由

「え?」っと思ったのが、杜の都駅伝の目標順位を聞いたときだった。拓殖大学は昨年取った順位と同じ「3位」を設定していた。超大学級のエース不破聖衣来を擁し、成長のまっただ中にいるチームが前回より上の順位としなかったのはなぜか。

キャプテンの小澤理子(4年、三浦学苑)は「去年はエースに頼っての3位でした。今年は“総合力”を上げて、チーム全体で勝ち取るための3位としました」と理由を説明する。昨年の不破の快走は、そのくらいすごかった。9位で襷(たすき)を受けると6人抜きをやってのけ、チームを3位まで押し上げた。28分00秒と区間記録を1分14秒も更新した。1km平均3分02秒61で、そのペースで10kmを走り切れば30分26秒10になる。12月には10000mで日本歴代2位(現3位)の30分45秒21をマークし、世界陸上オレゴンの標準記録も突破した。

目標設定について、五十嵐利治監督からも話を聞くことができた。

「去年は5位が目標で、区間が増えて特殊区間もある富士山女子駅伝は8位が目標でした。それが(不破)聖衣来の活躍があって3位と6位。予想以上の成績を収めることができたのですが、チーム全員で力を発揮した結果ではないんです。前回3位だったから根拠もなく2位や優勝を目指す、というのはよくありません。確実にチームの総合力を上げて、今のチームとして目指せる3位を目標にしようと話し合いました」

今季の不破は9月の日本学生陸上競技対校選手権大会(日本インカレ)10000mには優勝したが、長期間の故障もあり、出場区間はまだ決まっていない。仮に前回と同じ5区なら、「4区終了時点で8位くらいにいたいですけど、重要なのは3位とのタイム差です」と五十嵐監督。昨年は3位と1分52秒差だったが、「今年は1分半くらい」にとどめたいと言う。

チーム力は間違いなく上がっている。5月の関東学生陸上競技対校選手権(関東インカレ)では牛佳慧(ぎゅう・かえ、4年、浜松開誠館)が1500m7位、門脇奈穂(2年、仙台育英)が10000m5位、亀岡花凜(1年、学法石川)が3000m障害4位、そしてキャプテンの小澤が3000m障害5位と、4人が入賞した。

関東インカレ女子1500mで7位に入った牛佳慧

小澤は関東インカレの好成績を次のように振り返った。

「各選手がインカレに向けて高い意識で練習して、メンバー同士が鼓舞し合っていました。私個人としては、最後の関東インカレで結果を残したい気持ちが強かったですね。初めて国立競技場を走るのでワクワクしていました。不安よりも、そうしたワクワクを楽しもうと。それが結果にもつながったのだと思います」

拓殖大は2016年に五十嵐監督が着任して女子長距離強化に力を入れ始め、18年に杜の都駅伝に初出場した新しいチーム。フレッシュさも特徴で、小澤が国立競技場に感じたようなワクワク感も、拓殖大の強さにつながっている。

不破聖衣来の日本インカレ優勝の意味

不破は4月の日本学生個人選手権(5000m12位・17分30秒45)後はレースに姿を見せなかったが、9月の日本インカレ10000mに32分55秒31で優勝した。1月の全国都道府県対抗女子駅伝後に臀部の梨状筋に痛みが生じ、その後右アキレス腱に炎症が出て血行障害も見られたという。4月にはジョギングを再開し、練習感覚で日本学生個人選手権にも出場したが、5月の日本選手権10000mは「練習の消化具合を見ると勝負できない」(五十嵐監督)と判断して欠場した。6月からはチームメートとの練習ができるようになったが、不破は性急に調子を上げようとはしなかった。「急に上げるのではなく、余裕をもって少しずつ上げました。できるからやる、ではなく、少しずつ上げることが再発を防ぐ意味でも大事だと考えたからです」(不破)

日本インカレ前には貧血症状が出て、「10日間はジョグでつないで、出場を決めたのも3日前です」と五十嵐監督。「12月にある程度の記録を狙っていくので、日本インカレは完全復活でなく、復調過程の一歩目にしたい」と位置付けての出場だった。

万全ではなかったが、7200mで「ここで勝負したい。気後れしないでいってみよう」(不破)とスパートすると、2位に14秒34もの差をつけた。昨年31分22秒34の学生歴代2位で走った小林成美(名城大4年)が不調だったこともあるが、不破の力が学生女子長距離界ではレベルが違うことを示していた。12月には10000mの日本記録(30分20秒44)を狙うプランもある。不破は「そこを破らないと世界では戦えません。一つの通過点として目指したい」と強い気持ちで挑むが、「その前に駅伝があるのでしっかり活躍したい」とチームの戦いにも目を向ける。

「どの区間を任されても、今年もチームの3位に少しでも貢献したい。昨年は距離に対して未知な部分がありました。今年は長い距離の練習も積んで、去年よりも思い切り走りたいです。駅伝は自分一人のレースと違って、襷をつないできてくれた選手や、待ってくれている選手がいます。キツくなったときも“もう少し頑張ろう”と思える競技なんです」

故障期間はあったが、焦らずに練習を行ってきたことで昨年よりも距離は踏めている。拓殖大チームの順位をどこまで上げられるか、そして不破個人の復調プロセスをしっかり踏めているのか。仮に5区だったとしても、昨年のタイムと比較するのではなく、不破の走りの内容に注目したい。

不破は9月の日本インカレでケガから復活し女子10000mを制した

キャプテン小澤理子とルーキー新井沙希の取り組み

エース1人が前年より(例えば)30秒稼ぐことも駅伝ではあるが、今年の拓殖大はチーム全体で30秒を縮めることを目標としている。不破以外の選手がどこまで力を発揮するか。そのために、どんなチームに今年の拓殖大は成長しているのだろうか。

キャプテンの小澤は「和を大切にしています」とチームの雰囲気作りを説明する。

「学年に関係なく話し合ったり、思っていることをぶつけ合ったりしています。チーム状況を良くするために、言うべきことも言えない雰囲気はなくして、辛いとき、練習でキツいときに支え合える空気を作りたいんです」

同じメニューでもチームのモチベーションが高ければ、1秒、2秒と速く走ることができる。それを継続していけば明確に力がつく。

今の拓殖大の雰囲気に合った若手も育ってきた。高校時代に全国大会の実績がない新井沙希(1年、秦野)が、夏合宿でチームトップレベルに加わってきたのだ。「私は上級生にも遠慮なく話しかけることができる性格なので(笑)、チームカラーに合っているとすぐわかりました。入学して(生活と練習の)リズムをなかなか作ることができなかったのですが、夏合宿期間に入って補強やケアなど、陸上競技に使える時間が増えたことが良かったんだと思います。練習全体の達成度が上がってきました。ラスト1本などフリーに走るところで、チームの前の方で走ることができるようになりましたね」(新井)

関東インカレ女子3000m障害4位と健闘した亀岡花凜(中央)

こうしたチームメートたちの取り組みを支えたり、牽引(けんいん)したりしているのが、不破の存在だ。小澤と新井は、チームや自身へ与える影響を次のように話す。

小澤は「(不破は)目的意識が高く、自分が決めたことは最後までやり遂げます。筋トレや補強への取り組み方はすごいですね。早く来てやるなど無駄な時間を作りません。自分たちも意識を高く持たなければ、と思える存在です」と感じている。

新井も「メニューは違うことが多いのですが、一緒にいるだけで身が引き締まります。初めてダウンジョグを一緒にさせてもらったとき、ペースが速いので驚きました。私はいつもゆっくりやっていましたが、ダウンジョグも練習によって意味を持たせられるとわかったんです」と話す。

五十嵐監督は今季のチームについて「4年生と1年生が融合すれば」と話す。

「小澤は関東インカレに入賞するなど、最終学年に懸ける意気込みが感じられます。4年生全員がキャプテンのような雰囲気になって、4年生みんなでチームを引っ張っていますよ。新井は潜在能力が高い選手で、夏の合宿で片鱗を見せ始めました。夏を乗り切って故障なく秋を迎えれば、間違いなく結果を出すでしょう」

新井は9月末の関東大学女子駅伝では2番目に長い7.3kmの5区を走って区間4位、チームを4位から3位に引き上げた。不破以外の選手たちも、やるべきことをより深く理解して結果を出し始めている。

拓殖大が目指す駅伝とは?

絶対的なエースの存在は「精神的な支柱」(五十嵐監督)になるので、他の選手たちはプレッシャーが軽減される。他の選手たちは、自分たちが力を付ければ不破を楽に走らせられる、とモチベーションが上がる。今の拓殖大は好循環がチーム内に起こっている。日本インカレでは牛が1500mで3位に入賞した。持ち味のスピードを発揮しているが、五十嵐監督は「長い距離にも対応できるようになっています。1区でも3区でもいける」と手応えを得ている。関東大学女子駅伝は最長区間の3区(8.6km)を任され、順位を6位から5位へと上げている。

「(取材をした8月下旬から)あと2カ月、誰がどう伸びてくるかわかりません。それが駅伝の面白さです。伸びてきた選手たちの中で調子の良い選手たちを起用しますが、駅伝は区間によって起伏もあれば、距離も違います。聖衣来以外はトラックのタイムは良くありませんが、駅伝の走りは身に付けている。17年に初めて関東大学女子駅伝に出場したときも、2年目の18年に全日本大学女子駅伝に初出場したときも、トラックの平均タイムが上のチームに勝っているんです」

不破に頼るチームから不破を生かすチームへと成長している

駅伝で力を発揮し、自信を付けて次はトラックで快走する。昨シーズンの不破がそうだったが、今年の関東、日本両インカレを見ると、他の選手たちもそのパターンが多い。

不破を起用しなかった関東大学女子駅伝は、区間3位以内は6区の片桐紫音(2年。区間2位)1人だけだった。それでも1区の7位からスタートし、2区以降の全員が一つずつ順位を上げて2位に食い込んだ。不破に頼るチームから、不破を生かすチームへ。拓殖大は着実に成長している。

キャプテンの小澤は前述のように、関東インカレでは「初めての国立競技場にワクワク感が大きかった」と言う。これは初めて“総合力”で3位を目指す全日本大学女子駅伝にも言えることだろう。昨年とは違う新たな挑戦にワクワクしている選手が多い。1年生の新井も「中学、高校は駅伝の強いチームではなかったので、“ガチの駅伝”は経験がありません。メンバー争いも初めてなので、それを勝ち抜いて任された区間を走りたい」と初々しい。

強化を始めて間もない大学ということと今のチーム状況が重なる拓殖大。4年生の小澤や牛が、最後の杜の都駅伝の重要区間で快走する可能性は十分ある。1年生の新井や古澤日菜向(佐賀清和)が快走すれば、チームは勢いに乗る。拓殖大が、不破というスーパーエースに頼らず、“総合力”で戦う準備が整ってきた。

拓殖大・不破聖衣来「やっぱり楽しい」、145日ぶりの復帰レースで魅せた強さと笑顔

in Additionあわせて読みたい