ラグビー

「やめる勇気」の大切さ ラグビー日本代表の鈴木彩香さん引退

笑顔で引退会見に臨んだ元女子ラグビー日本代表の鈴木彩香さん(撮影・野村周平)

 「現役生活の25年間、様々な方にお世話になってきた。みなさんにあいさつをしたかった」

日体大・松田凜日 日本ラグビー界のサラブレッド、ワールドカップで桜を咲かせる

 ラグビー女子日本代表として長年活躍した鈴木彩香さん(33)が19日、東京都内で引退会見を開いた。小3の時にタグラグビーに出会い、7人制と15人制の日本代表として多くの大会を経験してきたレジェンドは「好きで続けてきて、ラグビー人生を悔いなく終われた。これからは普及・発展を最大限にやっていきたい」と晴れ晴れとした表情を浮かべた。

 小さい頃は「40歳までプレーヤー」と考えていたという。しかし、近年はひざのけがなどが相次ぎ、ニュージーランドで昨年行われた15人制ワールドカップを最後の区切りと思うようになっていた。

 日本は1次リーグ全敗に終わり、自分の出番も訪れなかった。「悔しくて、またやりたくなるかもと思ったけど、帰ったときもやり切ったな、と」。気持ちは変わらず、昨年末に現役生活にピリオドを打っていた。

 今は、仲間と立ち上げた「ウィメンズラグビーコミュニティー」のサイト運営を軸に、トップレベルをめざすだけでなく、ラグビーを楽しみたいグラスルーツの選手たちの活動にも光を照らしている。

 指導者にも興味はあるが、まずは自分の人生を見つめ直すところからじっくり始めたいという。昨年末に一般男性と結婚したことも明かし、「幸せな家庭を作っていきたい」と照れくさそうに話した。

 2009年に7人制が五輪種目に入ることが決まってから、女子ラグビーを取り巻く環境は大きく変わった。競技の第一人者として、金メダルという目標を見すえがむしゃらに自分を追い込んできた。

 長期合宿と遠征の日々。ラグビー漬けで家族との時間も満足に取れなかった。ストイックに打ち込んできたのになかなか成果が出ないことに憤りを感じ、「ラグビーが嫌いになりかけた」こともあった。

 20年に英国のクラブ、ワスプスで挑戦した日々が、ラグビー観を変えたという。「私たち日本選手は、ラグビーが人生そのものだった。でもイギリスでは、ラグビーは人生の一部だよね、と。プレーを楽しみながら、色々なことをあきらめないでやっている彼女たちと何が違うんだろうって考えるようになった」

 以前は自分とチームを少しでも高めようと、きつい言葉でチームメートに当たったこともざらだった。「当時は勝つことがすべてと思っていた。(今は周囲から)怖かった、めちゃくちゃむかついた、と言われます」

 そんな彼女は、昨年のワールドカップ前に、仲間たちの素顔やプレーの特徴をSNSで紹介するイベントを積極的に企画した。自分のことより、仲間たちを思っての行動だった。最後の大舞台は主力選手ではなかったが、人間としての幅は大きく広がっていた。

 「一番言いたいのは、何かをやめる勇気を持つこと。何かをやり続けることは女子選手は得意です。でも、それが長期的に見ると、大きなけがにつながったり、心が疲れたりすることがある。アスリートだけではないと思うけど、やめること、やらないことを、自分自身で判断することが必要になってくると思います」

 真剣に一つのことに向き合ってきた。とびきりの喜びと、それよりはるかにたくさんの苦しさを味わってきた。そんな人が訴える「やめる勇気の大切さ」には説得力があった。

 鈴木彩香らしい言葉があふれた引退会見だった。

(野村周平)

=朝日新聞デジタル2023年01月19日掲載

in Additionあわせて読みたい