「もっと稼げたが」欲と執着を封印 村田諒太が悔いなしの引退
アマチュアとプロのリングで世界の頂点を極めたボクシングの村田諒太(37)=帝拳=が28日、都内で会見を開き、現役引退を発表した。「ぼくのボクシング人生をロングショット(全体)で見れば、悔いというものはない」と語った。
村田は、2012年ロンドン五輪(男子ミドル級)で日本選手として48年ぶりに金メダルを獲得。13年にプロへ転向し、17年に世界ボクシング協会(WBA)ミドル級王座についた。
最後の試合は昨年4月。ミドル級歴代最強の評価もあるゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)とミドル級世界王座統一戦を行い、9回2分11秒TKO負けを喫した。プロ通算戦績は16勝(13KO)3敗。
ゴロフキン戦から約1年での決断。「ゴロフキンに通用した部分と、反省する部分があり、決断まで時間がかかった。これ以上、自分がボクシングに求めるものがあまり見つからなかった」と振り返った。
プロでの一番の思い出を問われると、当時の東洋太平洋王者の柴田明雄さんと対戦したデビュー戦を挙げた。「受ける必要のない試合を受けてくれた柴田さんに感謝。印象深い試合だった」と話した。
今後は未定としつつ、この1年で語学の勉強など次のステップに向けた準備は進めてきたという。これまでの経験を生かして、社会課題の解決につながる活動を想定している。
「ボクサーとしては引退だが、引退という名のスタートだと思う」と晴れ晴れとした表情を浮かべた。
――引退を決めた一番の理由は。
「もともとゴロフキン戦が最後だと思っていた。ただ心迷うところはあり、ゴロフキンに通用する部分、もっとこうしておけばいい、ああしていればよかったと反省する部分があった。決断まで時間がかかった。ただ、これ以上、自分がボクシングに求めるものが見つからなかった。
(動画配信サービス大手の)アマゾン(プライム・ビデオ)という大きな資本が入ることでボクシング界(の報酬体系)はガラッと変わった。欲を出せば今まで以上に稼げたと思うが、それ以上のものを見つけられなかった。
自分の中で欲を求めてしまう、ボクシングへの執着みたいなものが芽生え始めている、と気づいたことが最大の引退理由」
――周囲への相談は。
「周りは『(引退は)当たり前でしょう』『これ以上、やってどうするの』みたいな反応だった。『まだ、発表してないの』というリアクションばかりでしたね(笑い)」
――引退後は。
「自分自身が得てきたものを社会にどう還元するか。知識であったり、経験であったり。子どもたちを含めて、日本全体、世界全体に向けて、どういったことができるか。よい社会を作るために僕ができることを考えたい。特に体を動かすこと、鍛えることはそれなりの経験がある。それを生かしていければ」
――この1年間はどう過ごしたか。
「寂しさはあまり感じていなかった。次のステップに向け、自分自身で磨きたいスキルもあり、少しずつ勉強していた。ボクシングをしたいなと思うときもあったし、悩む時もあったが。意外と淡々と過ごせていた。悪い1年ではなかった。むしろ、すごくいい、思ったよりがんばった。抜け殻ではなかった」
――探し求めていた「強さ」は見つかったか。
「強さの答えは出なかった。ボクシング人生で気づいたことは、自分が思ったよりも強くて弱く、思ったよりも美しい部分があり、醜い部分もある、ということ。そういうことを見せてもらう旅だった」
「俺ってこんなに汚くて弱いんだ、と気づいたことは、思ったよりも悪いことじゃなかった。克服するためのちょっとした向上心も見えた。葛藤しながらそれを引きずっていく。それが人生なのかな、と今は思っている」
=朝日新聞デジタル2023年03月28日掲載