ボクシング

連載:4years.のつづき

プロとして最後まで不完全燃焼  元「東大出身の弁護士ボクサー」坂本尚志1

プロボクサーを引退してから約1年半、坂本さんの胸にはいまも闘志が灯る(提供写真以外、すべて撮影・北川直樹)

大学生アスリートは4年間でさまざまな経験をする。競技に強く打ち込み、深くのめり込むほど、得られるものも多いだろう。先輩たちは4年間でどんな経験をして、社会でどう生かしているのか。「4years.のつづき」を聞いてみよう。シリーズ14人目は29歳でプロデビューし、東大出身の“弁護士ボクサー”として話題をさらった坂本尚志(たかし)さん(38)です。4回の連載の1回目は、プロボクサーとして迎えた最後の試合についてです。

やりたいことをやらない人生に意味はあるか ひがし北海道クレインズ松野佑太2完

プロ最後の試合、無念のドクターストップ

定年は否が応でもやってくる。日本ボクシングコミッション(JBC)が定めるプロボクサーの選手資格は、原則的に満37歳で失効する。坂本さんはプロ18戦目で一つの区切りを迎えた。

ラストマッチは2018年8月9日。37度目の誕生日を迎える6日前だった。ボクシングの聖地・後楽園ホールのリングに上がると、複雑な感情がこみ上げてきた。「やってやるぞと思った反面、これで最後なのかって」

開始のゴングが鳴った。日本ランカーの斎藤正樹(TEAM10COUNT)との一戦は、しかし、思わぬ形で幕を閉じる。坂本さんは試合中のバッティングで右目上をカットし、4回で無念のドクターストップ。最終6回まで戦うことを許されず、途中までの採点により、負傷判定負け。リング上で最後のあいさつを済ませると、現役引退を告げる10カウントゴングが静かに鳴らされた。

「僕はノーランカーなのにリングアナウンスまでしてくれて、観客のみなさんに温かい拍手をもらいました。ありがたかったです」

プロボクサー時代の坂本さん。プロ戦績は18戦7勝(2KO)11敗だった (c)武士道ボクシング

目の焦点が合わず、弁護士の仕事に支障

所属の青木ジム(現在は休会)と会場の演出には感謝しながらも、自らのボクシングキャリアを振り返れば、やりきったという思いはない。むしろ、悔いばかりが残る。プロ戦績は18戦7勝(2KO)11敗。「最後まで不完全燃焼。自分のキャリアを象徴してるような試合でした。もっとできた、もっとやれたと思ってます。どんなレベルの選手でも、きっとやり残しがなく、終われる人っていないじゃないですか。これからの人生、この“やり残し感”を持って、生きていくと思います」

キャリアの晩年は意地になっていた。体にガタがきていたが、何としても37歳の定年まで戦い続けてみせる。弁護士の仕事をしていると、めまいを起こすこともあった。右目に不具合があり、焦点が合いづらい。こめかみを指で押さえて、「いまも仕事に支障をきたしてます」と、苦笑いで言った。それでも、リングに上がり続けたことに後悔はない。

グローブを吊るして約1年半。未練がないと言えば、嘘になる。

「まだ気持ちの整理がついてないのかもしれません。最後の試合に勝っていれば、日本ランクに入れたと思いますし。そうすれば、定年も伸びましたから(※特例として定年延長が認められている)」

熱冷めやらず、いまもサンドバッグを叩く

ボクシング熱は一向に冷めない。それを知ってか、複数の競技関係者から思わぬ話を聞かされた。「アマチュアなら復帰できるぞ。復帰する意志があるなら、許可が出るように働きかけるよ」

心はぐらいついた。胸の内では「まだボクシングがやれるのか」と思いつつも、その場では「引退した身ですから」とやんわり受け流した。ダメージを受けている目のことを考えないわけにはいかない。「覚悟を決めてやらないと、次こそはダメだなって」

“やり残し感”とボクシングへの思い。弁護士として生きるいま、心は揺れる

弁護士として、先の人生もあるのだ。当然の選択だろう。ただ、そう言ったそばから希望的観測も口にする。

「この目もある日、突然治るんじゃないのかと思ったりするんですよ」

冗談混じりに話すが、半分は本気のようだ。いまでも体を動かしており、仕事の合間を見つけて、空手の道場とキックボクシングのジムに通う。母校東大のボクシング部にも足を運び、ミットで後輩たちのパンチを受けることもある。顔を出せば、指導するだけではなく、一緒にサンドバッグを叩(たた)く。

なぜそこまでボクシングに惹(ひ)かれているのか? ただ好きなだけではない。あごに手を当てて考えると、少し間をおいて口を開いた。

「昔から性に合ってたんだと思います。一人で黙々と練習して、リングでは一人で戦うでしょ? 僕には団体競技よりも個人競技の方が向いてるんです」

坂本さんがボクシングと出会ったのは、高校2年生のとき。きっかけは意外なことだった。

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