ラグビー

連載:ポストコロナの等身大~東京都立大学ラグビー部物語2023~

「運命の糸は…」SNSにコーチがつづった熱い言葉 東京都立大学ラグビー部物語6

千葉大学戦で生まれた「逆転サヨナラトライ」。浅井慧太(中央)らが体を張った(撮影・中川文如)

東京都立大学ラグビー部を導いてきたプロコーチの藤森啓介(38)はその数日後、自身のSNSにこうつづっていた。

試合後、マネージャーたちはみんな涙を流し、目を赤くしていた。それだけ劇的で心揺さぶる試合だった。

2022年11月13日、関東大学リーグ戦3部。都立大は千葉大学に14-24と10点差をつけられていた。そのまま敗れると、一度は脱出しかけた4部降格の危機に、再び巻き込まれてしまう。

残り9分、8分……。刻々と時間は過ぎていく。

フォワード(FW)の中心を担うプロップ浅井慧太(石見智翠館)は仲間に語りかけた。

「スクラムとモールは相手に勝ってる。まだ、いけるよ」

勝ち気な性格だ。下級生の頃、周りがミスすると、怒りに任せて上級生にもわめき散らしてしまうようなところがあった。

それが、4年生になって変わった。

「4年生だから、ですかね」

部員不足で、存続をかけた新入生集めから始まった1年。いら立つそぶりも見せず、手取り足取り、初心者に基礎を教えた。

「アイツを出してやりたい」。後輩に経験を積ませるため、そう、練習試合で提案したこともある。

「4年生になったから、ですかね」。最高学年の自覚が、心の内の変化を促していた。

だから、ピンチでも負のオーラは出さなかった。信頼の深まった仲間たちも、呼応するように「FWで勝負しよう」。

モールから前へ、前へ。ボールを持って突破を挑むこと、なんと15回。かわいがってきた1年生の岡元隆太(小山台)がトライをねじ込んだ。その後のゴールキックも入って21-24。3点差。

残り4分。

大学院生5人、マネージャー10人を含め、部員42人。

みんなで、戦っていた。

迎えたラストプレーだった。

スクラムからつかんだチャンス。ゴールラインまで、あと25m。

再び、思いの詰まったモールを組んだ。

ブレるスマホ「いけ、いけ~」

千葉大学戦で威力を発揮したモール。ボールを持つのが高尾龍太。中央で岡元隆太(背番号6)をサポートするのが青木紳悟(撮影・中川文如)

押し返されかけても、押し戻す。キャプテンのセンター(CTB)青木紳悟(川和)らバックスも加勢する。

「いけ、いけ、いけ~」

マネージャーがスマホで撮った試合映像は、緊張と興奮でブレブレだ。そこにハッキリ残る、彼女たちの声。

みんなで押した。前進あるのみの、48秒だった。

大切にボールを抱えた副キャプテンのフッカー高尾龍太(高津)がゴールラインを越えた。

「逆転サヨナラトライ」が決まった。

ガッツポーズ、歓喜、すすり泣く声。

28-24。3部残留が確定した。この1年、チームのため、同期のため、後輩のため、厳しいことも口酸っぱく言い続けてきた青木は、しみじみ感慨に浸っていた。

「人として、成長できた気がします」と。

千葉大学戦から1週間後。東京工業大学も破ってリーグ戦3部3位となり、2022年のシーズンは終わった(撮影・中川文如)

決して強くはない。だけど…

逆転サヨナラトライの場面、藤森が文章の形でSNSに再現している。

全部員がFWに声援を送る。組むのは8人だけど、出られない部員の思いを乗せて組むスクラム。前列の男たちが見せるスクラムへのプライド。ペナルティー(PK)を奪うことで見える勝利への道筋。運命の赤い糸はまだ切れていなかった。

奪ったPKで敵陣22メートル付近、ラインアウト。そこからは意地と意地とのぶつかり合い。ゴールラインをめざす者と守る者の闘い。互いのチームが成長する時間。

何の根拠もないけど、このチームなら逆転できるだろうと思った。

このチームが積み上げた「目に見えない力」。こんな場面が来るだろうから、チームのために全力を尽くせる状態、チームにいて幸せな時間をつくってきた。

都立大では、円陣でマネージャーがスピーチする時間がある。

試合前の貴重な時間にマネージャーのスピーチ?と思う人もいるかもだけど、彼女たちの心の声を聞けばわかる。

彼女たちもまた、同じように戦ってきた仲間。試合に出られない代表として語る言葉は勇気を与える。

都立大には不思議な力がある。3年間、コーチをしていて、つくづく、そう感じる。目に見えない力、チームのために心から全力を尽くせる力。

マネージャーも外から声援を送り、一緒に戦う。チーム一丸。

決して強くはない。

だけど、青春を満喫している姿が学生らしくていい。

藤森啓介のツイッターに、熱い文章で「ミエナイチカラ」がつづられている

そう、決して強くはない。でも、コロナ禍にもめげず、どこまでも密に心を通わせてきたのが、東京都立大学ラグビー部というチームだ。

未体験ゾーンの挑戦

迎えた2023年。初心者はさらに増えて選手の半数を超えた。そういう大学生を教えるのは、藤森にとっても未体験ゾーンだ。

tell(指示する)、show(見せる)、ask(問いかける)、delegate(委ねる)。そうやって選手の主体性を促す4段階コーチングのメソッドは変わらない。ただ、どうしたって「tell」「show」の割合は増える。自ら手本となってプレーの原則を示す時間が、長くなる。早稲田大学時代に司令塔役のハーフ団(スクラムハーフ〈SH〉とスタンドオフ〈SO〉)を組んだの親友の掛井雄馬、大阪・早稲田摂陵高監督時代の教え子、鈴木太郎にボランティアでコーチを頼み、「手本」を増やした。

令和の時代。ワーク・ライフ・バランスならぬ、部活とその他の時間のバランスを重視する都立大の練習は週3回だ。

「だから、時間との戦いでもある。コーチ陣が手本になって原則を落とし込んでいかないと、どうしても秋のシーズンに間に合わない現実がある。でも、そればかりだと、選手の主体性が失われかねない。受け身からは、何も生まれないんです。この1年間、そのさじ加減の難しさと、向き合っていくことになるんだと思います」

春のシーズン。新入生、下級生に経験を積ませる時期だと割りきった。

東京地区国公立大学体育大会で初戦敗退。大阪公立大学、横浜市立大学との定期戦にも連敗を喫した。

勝負の夏合宿、そして秋本番へ。

ほろ苦い経験は、どう昇華していくのか。

6月の一橋大学戦で空を見上げるフランカー新山昂生(中央、2年、國學院久我山)。勝利が遠い春だった(撮影・中川文如)

どこまでも熱かった2022年の東京都立大学ラグビー部。そんな先輩たちからバトンを託された2023年のチームのキャプテンもまた熱いです。彼の思いを紹介する次回は8月18日公開予定です。

ポストコロナの等身大~東京都立大学ラグビー部物語2023~

in Additionあわせて読みたい