ダンス

ANA坂本麻維さん、大学時代に始めたチアリーダーで「夢のNFLをめざす」

近い将来、アメリカNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)チアリーダーをめざす坂本麻維さん(撮影・保田達哉)

激しい音楽に合わせて躍動する。周りの仲間との息もぴったりだ。時に激しく、時に繊細に。パフォーマンスを見てくれる人たちのために、日々練習を怠らない。

坂本麻維(まい)さん。昼はANA(全日本空輸株式会社)で働き、夜は社会人チアの練習に励み、休日にはアメリカンフットボールの試合で3時間踊り続ける。

夢は本場アメリカのNFLのチアリーダーになることだ。「仕事とチアを両立するデュアルキャリアとして、新しい挑戦の形を見せたい」と意気込んでいる。

早稲田大学時代の坂本麻維さん(本人提供)

チアリーダーの応援に「心打たれて」即日入部

札幌市出身。中高時代は吹奏楽部だった。人生の転機となったのは、2012年4月1日。上京して初めて見た早稲田大学の入学式だ。

応援部のステージで、校歌や応援歌にあわせて鮮やかなダンスを披露するチアリーダーの圧倒的な熱量を感じ「心打たれた」。

その日のうちに入部を決めた。「吹奏楽は高校まででやりきったという思いがあった。大学に入学後も、何か本気で打ち込めるものをやりたいと思っていたので、即決でした」。

応援部は学ラン姿で応援するリーダー、吹奏楽団、「チアリーダーズ」に分かれていて、このうちチアは約70人。「ゼロからのスタート」だった。

応援対象は44もの部活だ。大学野球は春と秋のリーグがメインで、リーグ期間中は神宮球場に毎週のように通った。

別の週末には、少林寺拳法やヨット、ラクロス、サッカーなど、応援に駆け回った。

「自分が予想していた大学生活よりもハードで、部活中心の4年間でした」

早稲田大学応援部の「チアリーダーズ」で活動する坂本麻維さん(背番号5、本人提供)

早慶戦 選手と応援の一体感

一番の思い出は、東京六大学野球の応援だ。早慶戦では、自分たちの応援の力でチームが勢いづいた。

応援と選手が一つになり、大きな力になれることを身をもって感じた。「応援の力ってすごいなと。何度も体験しました」。

一方で、自身がアスリートとして出場するチアリーディングの競技大会が年に3回あるため、他部の応援練習が終わったあとに、自分たちの大会への練習にも取り組んだ。

複数人で組み体操のように人を乗せたり飛ばしたりする「スタンツ」は特にチームワークが重要だ。

「お互いの絶対の信頼関係がないと成り立たない」

とっさの時に声を出して周りとコミュニケーションが取れないと、一番上から落ちてくる人を受け止められず、下にいる人もミスをすれば、骨折や脳振盪(のうしんとう)などにつながることもある。

練習を重ねるうちに他のメンバーとも少しずつ息が合うようになった。誰もがチームのパフォーマンスに主体的に関わらなければならないスポーツだと気づくようになり、楽しめるようになった。

2015年4月、4年生として出場したJAPAN CUPで準決勝に進出し、応援団部門で3位に入賞した。あと一歩で決勝進出を逃したものの、早稲田大応援部の歴史上、快挙だった。

早稲田大学応援部「チアリーダーズ」で活躍する坂本麻維さん(中央のスタンツを完成させ、右のスタンツのキャッチに向かう。本人提供)

学生時代に育んだセルフマネジメントと人脈

大学時代に応援部の活動を通じて得たものが二つある。セルフマネジメントと人脈作りだ。

セルフマネジメントは、優先順位をつけて複数のタスク(割り当てられた仕事)を、時間内に効率よくこなす力だ。

授業は所沢キャンパス、部活は高田馬場のキャンパスのため、片道約1時間半を行き来しながら、授業の合間や、移動時間を効率よく使って学業と部活を両立したという。

応援部には、マネージャーがいなかったので、全員がプレーヤーであり、マネージャーの役割を果たした。他部の応援に、自分たちの大会への出場、チーム運営や渉外・会計業務など、皆が忙しい日々を過ごした。

「メンタルとフィジカルを保ちながら効率よく進めていく。それが4年間で身につきました。守備範囲が広く、目の前の課題と中長期的な課題に同時に直面することが多かったのですが、その時の優先順位付けや、時間の使い方が社会人になった今の仕事の進め方に直結していると思います」

二つ目は老若男女の「人脈」だ。もともと「ものすごく人見知りだった」というが、チアリーディングをはじめてからあまり知らない人に対しても、臆せず笑顔で接することができるようになった。

地区や会社のOB会、結婚式などに呼ばれて知らない人の前で踊る機会も多く、世代やバックグラウンドに関係なく、積極的にコミュニケーションが取れるようになった。この能力も今の仕事に生きている。

第1志望のANAに入社し再び選んだチア

就職活動では、ANAが第1志望だった。

北海道出身者にとって、旅行手段といえば飛行機であり、 幼い頃から「大の飛行機好きだった」。

就職を考える上で、「パイロットやCAのような表舞台に立つ人たちの活躍を、裏方として支えていけるような役割を担いたい」と思った。

就活では航空のほか、鉄道やディベロッパーなど幅広い業界の面接を受けたが、チアでの経験や、その経験を通して培った時間の使い方などの話をして見事に第1志望の内定を勝ち取った。

入社2年目の2017年にはパイロットの総務部門に配属された。以前から思い描いていた「運航の中心的役割を担うパイロットを陰から支え、ANAの航空事業を発展させていく」という願いがかなった。

ANAには2千人を超えるパイロットが在籍。国内線・国際線と1日あたり約1千便の定期便を運航しており、24時間365日、ANAのパイロットが世界中を駆け巡っている。

天候不順や航空機の不具合、急病の発生、就航先での治安や社会情勢によるトラブル、またパイロット自身の体調不良など、様々なことが発生する。

その中でもパイロットが「いつも通り」不安なく安全運航に集中できる環境を作っていく仕事だ。

パイロットに加え、スタッフも含めた巨大な組織なので、情報共有、人事、会計といった組織運営も重要になる。まさにこれまでの経験で培ったものをワンステップ上の次元で生かしてきたと言える。

2022年春からは現在の労政部で、従業員の福利厚生の制度づくりや、「健康経営」を標榜(ひょうぼう)するANAグループにとって重要となる健康管理体制の構築などを担当するようになったが、やはりここでも「人を支える仕事」という本質は変わらない。

仲間とダンスを披露する坂本麻維さん(左から2人目、撮影・保田達哉)

チアの練習は「心の充電」 気持ちを一新して仕事に戻る

入社2年目、「仕事以外のコミュニティーがほしい」。そんな理由で選んだのが再びチアだった。

2017年秋、日本社会人アメリカンフットボールリーグXリーグに所属する、アサヒビールシルバースターのオーディションを受け、社会人チアリーダーとしての活動を始めた。

シルバースターはXリーグで数少ない「スタンツ」を特徴としたチームで、3年半在籍。2019年には、キャプテンも務めた。

入部当初は「スタンツ」が自分の強みだったが、活動を重ねるうちにダンスの魅力を強く感じるようになった。自分の可能性を広げ、もっとダンスを極めたいと思うようになり、2021年から現在のIBM BIG BLUEに移った。

今のチームイメージは、「Cool&Beauty」。チームメンバーは9人。航空会社のほか、通信や銀行、メーカーなど仕事も様々。練習は週に最低2回、加えて自主練習やレッスンなど、各自が努力を続けている。

同じ環境、同じ時間を仲間と費やした大学時代とは違い、社会人となると、それぞれ仕事や家庭がある。

昨年は副キャプテン、今年はキャプテンとしてチームの運営にあたるが、チームの広報・会計・練習場所の予約・備品管理、そして振り付けの作成やイベントの企画などはすべて自分たちで行う。

仕事の忙しさや負担は人それぞれだ。物理的に共有できる時間が少ないからこそ、一人ひとりのちょっとした変化や状況を把握し、全員が気持ちよく活動できるように環境の整備をめざしてきた。

「とにかくパフォーマンスを良くしていこうと、心の底から打ち込むことで、ストレス発散になります。チアに行くと頭の中が100%切り替わる。仕事を一回全部忘れ、集中して身体を動かすと元気になります。心の充電をして次の日また頑張れる。ストレスマネジメントとして生きています」

今年7月、アメリカでのキャンプに参加した坂本麻維さん(本人提供)

アメリカでの武者修行でうけた「カルチャーショック」

夢は本場アメリカにあるNFLのチアリーダーだ。IBM BIG BLUEからは、過去に3人がアメリカのチアリーダーになっている。

「大学から足かけ10年やってきて、スタンツもダンスもある程度やってきた。大好きなチアをこの先どう続けるかを考えると、チアの本場であるアメリカに行きたい。挑戦してみたいと思うようになったんです」

アメリカでは各チームが、年に一度、各地でオーディションを開催し、新規受験者と継続メンバーが一緒に受験する。合格率は10倍以上と言われており、継続メンバーも合格が保証されていない、シビアな世界だ。

今年7月には、全米のチアリーダーが集まる大規模キャンプに参加した。ラスベガスに約500人が集まったが、そこで「カルチャーショック」を受けた。

講師陣はNFLやNBAなどでチアの振り付けを担当する有名な人ばかり。自分が学びたい振付師やダンスジャンルを選んで、2日間で計四つの振り付けを覚え、最後にはフォーメーション付きで発表する。

パワー・エネルギーの大きさに圧倒されて

キャンプに参加するまで、日本のチアリーダーはダンスの延長線上にあり、ダンススキルを極めていくイメージがあった。

一方、アメリカのチアリーダーはスポーツの延長線上にあり、参加者は走り込みや、過酷な筋力トレーニングをするなど体力作りにも余念が無かった。

同じダンスを踊っても、体格も違ううえにパワフル。1分間の振り付けの数も日本が20だとすると、アメリカは40ぐらいと倍の量。短時間で振り付けを覚え、速い動きに付いていくことで精いっぱいだったが、現地の人には余裕すら感じられた。

表情も全く違った。アメリカの人たちは、表情を作るのではなく、自分が見せたい、自分が行動したいんだという、意志が前面に出ていた。

最後の発表会は、見てるだけでパワー・エネルギーの大きさに圧倒された。帰ってきてからしばらく、その光景を思い出すだけで涙が出てくるほどのショックだったという。

「このままでは駄目だっていう気になりました。現地の空気感とか気迫を身体で感じて、目に焼き付けたのが大きな経験になった。チームの練習への向き合い方も変わってきました。『自分』がどんどん変わってきていると感じます」

勤務をしているANA労政部で(撮影・保田達哉)

NFLチアとしてアメリカに行くことができても仕事を続けたい

アメリカへ行くにあたり、新たな挑戦の形を考えているという。

自分を取り巻く環境のすべてを一新して挑戦するのではなく、「デュアルキャリアをテーマに行きたい。今も仕事とチアリーダーを両立しているが、よりその高次元を目指す。チアのキャリアも仕事の専門性も極めたい」

「私がアメリカで活動することで、アメリカンフットボールというスポーツの面白さや、チアリーダーの魅力を日本のみなさんにもっと知ってもらいたい。そして、後輩の日本人チアリーダーがもっと挑戦しやすくなるような、そんな道を切り開いていきたいです。アメリカから戻ってきた後も、両立してきた仕事を続けたいと思っています」

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