野球

特集:2023年 大学球界のドラフト候補たち

中日3位の仙台大学・辻本倫太郎 自分のために→チームを勝たせる 代表合宿後の変化

指名後の記者会見で「笑顔」と記した色紙を掲げる辻本(すべて撮影・川浪康太郎)

10月26日のプロ野球ドラフト会議で、仙台大学の辻本倫太郎(4年、北海)が中日ドラゴンズから3位指名を受けた。仙台大の野手がドラフトで支配下指名を受けるのは初。「世代ナンバーワン遊撃手」と称された男が、新たな扉をこじ開けた。その先には、辻本の、そして仙台大の明るい未来が待ち受けている。

「ずっと目標にしてきたことがかなった」指名受け涙と笑顔

指名を受けた直後、記者会見場に姿を現した辻本は「ずっと目標にしてきたことがかなった。今まで自分に携わっていただいた方々のおかげ」と喜びを口にした。涙で目元が赤くなっていたが、トレードマークの笑顔はいつも以上に輝いて見えた。

富山市生まれで、2歳の頃に引っ越した札幌市で野球と出会った。北海では主将を務め、尊敬する兄・勇樹さん(現・NTT西日本)がプレーしていた仙台大に進学。身長168cmと小柄ながら卓越した守備力とパンチ力に勝負強さを兼ね備えた打撃力をアピールしてきた。

会見に同席した森本吉謙監督も「夢を持って入ってきた学生が夢をかなえることは何よりもうれしい。全力を尽くし、周りの人から応援されるようなスタイルが評価されたのだと思う」と安堵(あんど)の表情。辻本の魅力がプロのスカウトにも伝わり、支配下上位指名の目標を達成した。

指名後は仙台大の仲間から祝福を受けた

「大学野球ってあんまり注目されないんですかね」

筆者が初めて辻本を取材したのは、昨年の8月15日。ジリジリと暑い仙台大第二グラウンドで、これまで歩んできた野球人生を振り返ってもらった。

下級生の頃から守備力に定評があった辻本は、この時すでに2023年のドラフト候補に名前が挙がっており、取材の約1カ月前に大学日本代表の一員として出場した国際大会でも攻守にわたって活躍していた。当時、東北で取材活動を始めたばかりだった筆者にとって以前から気になる存在だった。

取材後、「大学日本代表に選ばれて、取材される機会は増えましたか?」と尋ねると、辻本は「いや、1、2件ですね……。大学野球ってあんまり注目されないんですかね」と寂しげな表情を見せた。「リーグ戦も取材に来てください。試合で打っても、全然(取材)来てくれないので」。冗談っぽく笑って口にしたその言葉は、本音にも聞こえた。

たしかに同じアマチュア野球でも、大学野球は高校野球と比べて注目度で劣るのが現状。仙台大のような地方リーグであればなおさらだ。東北、宮城県で考えると、仙台育英高校の躍進を機に、報道の差がより広がったことも否めない。それでも、辻本は自らの力で注目を集めてきた。

大学ラストイヤーは打撃でもアピール

「仙台大の名前を広める」ため、自らの力で高めた注目度

3年秋のリーグ戦は打撃不振に陥ったが、優勝のかかる東北福祉大学戦では勝利に大きく貢献した。昨年の明治神宮大会、今年の全日本大学野球選手権と全国大会で立て続けに本塁打を放ち、驚くような好守備も連発。全国大会は記者の投票により試合後の取材選手が選ばれる。辻本は毎試合のように取材会場に呼ばれ、大勢の記者からの質問に答えていた。

いつ、どんなときでも絶やさない笑顔、怠らない全力プレーも、見る者を虜(とりこ)にした要因の一つだろう。リーグ戦に「辻本目当て」で足を運ぶメディアやスカウト、ファンも日に日に増えていった。今秋のリーグ最終戦後、会場の東北福祉大野球場には、サインや写真撮影に応じるため忙しく走り回る辻本の姿があった。

明るく、前向きな性格の辻本にも、「違うチームで自分のために野球をやった方が楽しいし、プロにも近づけるのではないか」と葛藤した時期があった。だが、大学日本代表の強化合宿に初めて参加した際、その考えを改める出来事があった。

「ジャパンの合宿に行くと『仙台大ってどこなの?』という雰囲気で、悔しくて……」。東京六大学野球、東都大学野球など首都圏との差を感じて唇をかむと同時に、そこで活躍する選手たちが自分のためではなく、「チームが勝つため」に努力していることに気づいた。

「1年生から試合に出させてもらって、自分は勘違いしてしまっていたのかもしれない」。合宿後は、「ドラフトで指名される」ことよりも「全国で勝って、仙台大の名前を広める」ことが原動力になった。筆者自身も、辻本の取材がきっかけで仙台六大学野球の試合に足しげく通うようになり、辻本だけでなく仙台大、そして加盟する6大学に魅力的な選手が数多くいることを知った。辻本が周囲に与えた影響力は計り知れない。

絶やさない笑顔と全力プレーが周囲に与えた影響は計り知れない

チームが強くなる「サイクル」は近い将来、現実に

辻本の影響を受けているのは仙台大の後輩たちも同じだ。来年のドラフト候補に挙がる今秋の首位打者・平野裕亮(3年、山村学園)はリーグ戦終了後、「倫太郎さんと一緒にプレーできたことは野球人生の中で大きな財産になった。自分も日本代表に呼ばれるような選手になって、プロに行きたい」と思いを強くしていた。

辻本が抜けた後の遊撃の定位置争いに名乗りを上げる平川蓮(2年、札幌国際情報)、西村虎之助(2年、米子松蔭)はともに大学から内野手に転向した選手。2人とも遊撃手の手本として真っ先に辻本の名前を挙げ、下級生ながら積極的に教えを請い守備力の強化を図っていた。

プロ野球選手になることで、その影響力はさらに大きくなる。辻本は以前、「支配下で指名されることで、仙台大の評判が上がって、良い選手が入ってきてチームが強くなる。そんなサイクルを生み出したい」とも話していた。思い描いていた未来は、現実になろうとしている。

「まずは今プロを目指している後輩たちに勇気を与えられた。後輩たちが頑張る原動力になったらうれしい」。辻本は指名後の取材でそう胸を張った。次は、プロで活躍する辻本の姿が後輩たちの原動力になる。「プロに入るだけが目標ではないので、まだまだ満足はできない。ここからが勝負だなと思っています」

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