ラグビー

特集:第100回ラグビー早慶戦

早稲田大・大田尾竜彦監督 早慶戦100年の伝統の重みが生む、会場と試合の一体感

100回目の早慶戦で早稲田大学を指揮する大田尾竜彦監督(撮影・野村周平)

ラグビー早慶戦は11月23日、国立競技場で100回目の節目を迎える。この伝統の一戦で早稲田大学を率いるのは、現役時代に主将としても出場した経験がある大田尾竜彦監督(41)だ。早慶戦の持つ伝統の重みや、今年の早慶戦に臨む思いを聞いた。

【特集】第100回ラグビー早慶戦

今の選手のほうが伝統の継承を意識

――ラグビーを始めたきっかけを教えてください

大田尾:父親の影響で、小学1年生の時から週に1回ラグビーをしていました。学校以外の友達と会うので、最初はうまくなじめずに、いやいややっていた記憶があります。

――早大進学の決め手は

大田尾:大学を決める時に、チャレンジしたいという気持ちが強かったんです。(大隈重信の出身地である)佐賀県出身で早稲田がすごく身近なものだったこともあり、ラグビーもやっていたので、早慶戦・早明戦も知っていましたし、自分の中で一番チャレンジできるのは、早稲田かなと思っていました。

――入部した当時、ギャップはいかがでしたか

大田尾:高校生は15歳から18歳までというのが一般的じゃないですか。でも大学生になったら、浪人生もいますし、年齢の幅が今までと全く違ったので、驚きというか新鮮というか。また、高校の時は先生の練習に従っていましたが、大学では自分たちで練習メニューを決めていたので、初めて触れる光景がいくつもあったなと思います。

2002年の早慶戦。後半37分に慶大FB廣瀬を振りきってトライを挙げた(撮影・朝日新聞社)

――「赤黒」「荒ぶる」など、早大ラグビーの伝統の継承があると思います。その伝統に憧れを持って入部してくる部員も多いと思いますが、当時大田尾監督は早大の伝統に憧れなどはありましたか

大田尾:多分、今の子たちの方が伝統の継承をしっかり意識している気がします。齋藤(直人、現・東京サントリーサンゴリアス)キャプテンの代の優勝が、今の子たちにとってはどちらかというと記憶に新しいことなので、「荒ぶる」とか「赤黒」とかが鮮明に彼らの意識の中にあって入部してきてくれていると思います。僕らの時は、早稲田は伝統校ですが、どちらかというと弱い、低迷していた時期だったので、僕自身も「荒ぶる」を歌うためより、自分自身のチャレンジのために入ってきていますし、あまり伝統の意識はなかった気がします。

現役時の経験を、伊藤主将にアドバイス

――4年時に主将を務めた際、その早稲田の重みというのを感じる瞬間やエピソードがあればお願いします

大田尾:4年間は非常に長いものという印象で大学1年生の時を過ごしていましたが、4年生になると急にタイムリミットが近い所にあるというイメージになりました。僕らの代の前年に関東大学対抗戦で11年ぶりに優勝し、連覇を自分たちの代にも期待されるので、4年間のタイムリミットと連覇の重圧が同じタイミングに一緒に来て、非常に緊張感を持って過ごした1年間でした。当時はうまくいっていなかった印象がある4年目でしたね。

――学生時代にやっておけば良かった、後悔したと思うことはありますか

大田尾:学生時代に自分たちで自分たちのことをもっと分析して、監督、コーチに提案していかなければならなかったと思います。もう少し、ミニグループ化して足りないものをみんなのアイデアから引き出せたら良かったなと思います。

――その経験を現在監督としてチームに生かされていることはありますか

大田尾:36歳まで現役をして、そこからコーチをして、卒業して約20年間くらいラグビーに携わることができていますが、その出発点は早稲田だと思いますし、全てにおいて自分が得たものは今の早稲田に還元したいと強く思っています。

――早大選手たちの姿が当時のご自身の姿に重なる部分はありますか

大田尾:もう少しこうすればうまくいくのにな、と思うことは多々あります。プレーだけではなくて、チームワークの部分や醸成させていくときの声掛け、力の借り方、役割の振り方とか、特に(伊藤)大祐(4年、桐蔭学園)を見ていて感じる部分はありますね。彼もBKですし、下級生の頃よりも試合出場数も増えてきて、もう少しうまく表現できる部分はあるのかなと思います。そこは、僕の若い時に似ていると感じますね。プレーは彼の方がもちろん素晴らしい選手ですが、キャプテンとしては、いろいろ思うこともあるので、その点アドバイスをしています。

2004年1月の大学選手権で、フィフティーンに声をかける早大の大田尾主将(左端、撮影・朝日新聞社)

早稲田の色と慶應の色 コントラストくっきり

――大田尾監督の思い出に残っている早慶戦エピソードを教えてください

大田尾:僕にとって大学2年時の早慶戦の思い出が非常に印象的です。当時の慶應は日本代表に入る選手もいて非常に強いチームでした。今とは構図が違って早稲田が慶應を追うかたちだったんですよね。清宮(克幸)監督就任時に「慶應に30点差をつけて勝つ」と言われていて、本当に慶應に30点以上の差で勝ちました。会場と一体になって試合が進んでいくという初めての体験をしたので、本当に声援に包まれるという感じでした。

――その一体感はなぜ早慶戦に生まれると思いますか

大田尾:それこそ伝統だと思います。それが100年の重みかなと思います。

――では、改めて大田尾監督にとって早慶戦とはどんなものでしょうか

大田尾:非常に特別な試合です。早慶戦の試合に立つのはなかなか難しいことなので、特別な試合であることは間違いないです。

――学生スポーツの良さはどの点にあると思いますか

大田尾:学生スポーツの良さは、早稲田は早稲田の色があって、慶應は慶應の色があると思いますが、分かりやすいコントラストがある形で、両校の色がプレーにもくっきり表れるのが良さだと思っています。かつ、その学年のキャプテンの色をどれだけ強く出せるかが必要なのですが、1年ごとにキャプテンは替わりますから、そういうところが学生スポーツの魅力、見どころなのではないかと思います。

中心選手の離脱で周囲が成長、チーム力に

――春シーズンを終えて、夏合宿にはどのようなことをテーマにして臨もうとしていましたか

大田尾:ボールをいかに継続できるか、ということに注力して夏に臨みました。また、自分たちがどういうラグビーをするのか、という輪郭を作るためにいろんなことに注力しました。

――そのテーマを踏まえ、夏合宿の練習内容の評価はいかがでしたか

大田尾:非常にハードな合宿でしたし、大学生の体力レベルでは限界近くまで引っ張ったので、本当にきつかったと思います。ですが、4年生を中心に引っ張ってくれましたし、あの時の成果が2、3カ月後の今に少しずつ出ているのではないかと思います。

――佐藤健次選手(3年、桐蔭学園)、村田陣悟選手(4年、京都成章)は、夏合宿中一時ケガで離脱されていましたが、そこの埋め合い、合宿後の補強などチームへの影響はいかがでしたか

大田尾:彼らのようなチームの核となる選手がいなかった中で、他の選手が頑張ってくれました。安恒(直人、3年、福岡)とかが、その成果もあり現在Aチームで活躍、プレーをしてくれていますし、池本(大喜、4年、早稲田実)、細川(大斗、4年、早稲田実)、栗田(文介、2年、千種)も独り立ちして、戦力として欠かせなくなってきています。合宿中に核となる選手がいなかったのは痛かったですが、違うメンバーが成長してくれた、それが今成長として表れているなと思います。

――今お話にもありましたが、安恒選手のポテンシャルを今後どう生かしていきたいですか

大田尾:ボールコンタクトや推進力が大学の中でもトップクラスになってきています。彼を健次との兼ね合いでどう使うかというのは、春から頭の中にありましたが、かなり現実的に安恒がここまで成長してきているので、同時に出場させるということが今の早稲田はいいのかなと思います。どのポジションでそれぞれの良さを生かすかは、今後さらに詰める必要があると思います。ここまで成長するか、というくらい安恒は成長してきましたね。

「本物の経験」を乗り越えた先に

――関東大学対抗戦序盤の試合内容を振り返っていかがですか

大田尾:大祐をCTBに置いたり、いろんなプランニングを考えて戦ってきましたが、もう少し頑張れば結果が好転するという部分をどうしても乗り越えられなかったという点がありました。ですが、春から築き上げてきたコンタクト力とFWのところで、非常に力を発揮できてきたなという印象です。あとは、かみ合ってきさえすればもっともっと力が出せるチームだと思いますし、先週の帝京戦を見れば分かるのですが、少しずつ自分の色がでてきているのではないかなと思います。

――対抗戦の筑波大学戦から、かなりチームのスイッチが入ったと感じたのですが、1試合1試合に臨むチームとしての成長を監督はどうご覧になっていますか

大田尾:「自分がやらないと負けてしまう」という試合をおのおのが経験することが非常に大事だと思っています。特に島本(陽太、4年、桐蔭学園)は、宮尾(昌典、3年、京都成章) がケガをしたことで9番のスタート(先発)が回ってきて、立ち位置が変わったんですよね。今までは宮尾のリザーブだったので、今までになかった勝敗のプレッシャーみたいなものを筑波戦で感じたと思います。本人とはいろいろ話をして、本物の経験は、試合に出た出ないではなくて、自分がやらないと負けてしまうという経験を1試合経験して、乗り越えられたかどうかということにあると。筑波戦はしっかり乗り越えてくれましたし、そういう選手がチームに何人もいて、その選手たちが今伸びてきています。今までいた選手の一つ上がった経験値と、もともとチームを引っ張っていくポテンシャルのある選手がしっかりとプレーして、新加入の選手が暴れていくという構図で、1試合1試合チーム力が上がっているという手応えはあります。

トップリーグ150試合出場を果たした大田尾(右)。中央は佐賀工高時代の監督だった小城博さん、右後方は早大時代も監督だったヤマハ発動機ジュビロの清宮克幸監督(当時)(撮影・朝日新聞社)

勝利への飢えが1番強い選手が伊藤大祐

――帝京大戦では従来のポジションをかなり入れ替えて挑んでいらっしゃいました。今後の選手たちのポジション変更について展望があれば教えてください

大田尾:松下(怜央、現・クボタスピアーズ)、槇(瑛人、現・静岡ブルーレヴズ) が抜けた部分をどう埋めていくか。BKの得点力のところでスピードのある選手を後ろにもっていきたいと考え、大祐をCTBに、矢崎(由高、1年、桐蔭学園)をFBにもってきました。10番にはハンドリングと状況判断とキック力、この三つの良さが重要だと僕は思っています。野中(健吾、2年、東海大付大阪仰星)はもともと10番を任せられるような選手でしたので、そのポジションで挑んでいました。同時にジュニア選手権(関東大学ジュニア選手権)で久富(連太郎、4年、石見智翠館)が非常にいい成長を見せてくれたので、久富を10番にすることで、大祐を15番に下げることができました。すごく器用な選手たちが多いので、ポジション変更がうまくできると思います。この帝京戦のかたちが今フィットするのかなと思います。

――伊藤選手の主将としての成長をどう感じていらっしゃいますか

大田尾:勝利への飢えが1番強い選手が伊藤大祐なんですよね。春は自分自身がどういうふうに振る舞えば良いか迷いながらやっていましたが、一度彼と話をして、大祐をキャプテンに選んだ理由をしっかり伝えて、本人も少しモヤモヤしていたのが吹っ切れたみたいで、練習でも非常に厳しい態度と姿勢で引っ張っていますし、こないだの帝京戦でもその姿は表れています。残り2カ月が非常に楽しみです。

――「帝京大の壁を早大が壊さないといけない」と帝京戦後の記者会見でおっしゃっていましたが、選手権の対戦までどのように詰めていきますか

大田尾:今やっていることの精度を上げていくことです。あとはやはり冬に70点を取られて、春と夏に60点を取られて、という相手に対して、今トライ2本差まで詰めることができました。この事実は非常に重要で、遠くにいた相手の背中がはっきり見えてきたのではないかと思います。今までぼんやりしていた帝京大の壁を越えるビジョンが、今はっきり映ってきたと思うので、選手たちのクリアな目標設定、選手同士のクリアなビジョンのかけ合わせには本当に期待したいです。もう一度、壁を越えたいと思います。

「早稲田ファースト」の言葉通り、ずっと先手を

――いよいよ次戦は100回目の早慶戦となります。節目の試合を控える今の心境を教えてください

大田尾:慶應が今年、チーム発足時から早慶戦をターゲットにしてきていることは自分も聞いているので、本当に難しい、タフな試合になることは覚悟してます。いかに自分たちを出し切れるかがポイントだと思っています。

――早大選手たちにはどんな戦いを期待しますか

大田尾:「早稲田ファースト」というところで、先手をずっと取ってほしいですし、自分たちの意思の疎通をしてほしいです。お互いにコミュニケーションを取って、チームとして強固なかたちで早慶戦を迎えてほしいなと思います。

――最後に、早慶戦への意気込みとファンの方へメッセージをお願いします

大田尾:100回目ということでイベント的な要素も非常にありますが、僕自身、今怖い相手と試合をするということで非常に気合が入っている、そんな心境です。選手たちも同じように感じていると思いますし、自分たちのラグビーをもっともっとよくしていきたいという思いも同時にあるので、集中したいい姿でファンの皆さんの期待に応えられるような試合をしたいと思います。

――ありがとうございました

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