白鷗大学・小林尚矢 己に誓った全力プレー、これからはファンとして仲間にパワー送る
第75回全日本大学バスケットボール選手権(インカレ)の男子で2年ぶり2度目の優勝を果たした白鷗大学が2月、東京都内で祝勝会を開いた。朝まで関東地方に大雪が降った日の午後だった。栃木からのバスは渋滞で遅れ、選手たちの到着は会の開始時間ギリギリになったが、今シーズンの主将を務めた小林尚矢(4年、北陸学院)は「たくさんの方々に来ていただいて、僕たちが支えられていることが分かってうれしかった」と振り返った。
接戦を制するきっかけとなったブザービーター
祝勝会では網野友雄ヘッドコーチから、インカレ準決勝の筑波大学戦の第3クオーター終了間際に、速攻からのブザービーターを決めた場面を褒めてもらった。接戦を制するきっかけになった主将の思い切ったプレーは、間違いなくチームに一体感を生んだ。
決勝の東海大学戦はベンチで見守る場面が多かったが、集中して戦う仲間たちに「頑張れ、頑張れ」と念を送り続けた。終盤に劣勢をはね返し、3点リードのまま試合終了のブザーが鳴ると、隣にいた嘉数啓希(4年、豊見城)と抱き合った。「本当に優勝できるとは……」。夢のような時間だった。
プレータイムをなかなかもらえなくても……
新チームになった時、4年生同士の話し合いで主将に選ばれた。「自分は厳しく言えるタイプじゃない」。だから、練習や試合でチームを引っ張っていけるよう、常に全力でプレーすることを己に誓った。
同じポイントガードのポジションには、大学屈指の司令塔である佐藤涼成(2年、福岡第一)や森下瞬真(4年、延岡学園)がいた。主将だけど、なかなか試合に出られないことは薄々分かっていた。そんな状況も、前向きに受け止めた。
「最初は周りから『あんまり試合に絡んでいないやろ』と思われるかな、と少し心配したけど、誰もそんなことは言わない。プレータイムは関係ない。とにかくチーム優先で行動しようと思っていました」
親友でエースの脇真大(4年、岡山商科大付、インカレ後にB1琉球ゴールデンキングスに加入)がプレーに専念できるよう、チームの和を整える。それも、自分の役割だと心得ていた。
苦しい時期はあった。新チームが始動したばかりの2023年1月から3カ月間ほど、すねを疲労骨折した影響で練習に参加できなかった。「チームを引っ張らないといけないのに」。そう悩んでいた時、「早く治せよ」「その間は俺たちが引っ張るから」と声をかけてくれたのは、脇や嘉数だった。
仲間の存在があったから、1年間、主将の重責を全うできたと思っている。
関東1位で迎えた最後のインカレ。チームは2試合目に迎える大東文化大学戦が山場と感じていた。その大事な試合をチーム全員の団結力で競り勝った。「4年生がコートに立つ時間が多くて。意地を見せられた」
勝利の後、後輩の陳岡流羽(じんがおか・るう、3年、土浦日大)が泣いていた。この試合に懸けていたのは4年生だけじゃない。陳岡の涙がそれに気付かせてくれた。一丸となったチームは、白鷗らしく粘り強い戦いでインカレを勝ち抜いた。
幼なじみと争った大学日本一の座
石川県小松市出身。兄の影響で小学校1年からバスケットを始めた。ミニバスチーム「ワイルドキッズ」から小中高と一緒のチームだったのが、東海大の元田太陽(インカレ後にB1秋田ノーザンハピネッツに加入)。幼なじみと大学日本一を争うコートで戦えたのも、大切な思い出だ。
卒業後は一般企業に就職して、バスケットの第一線から離れる。「やり切った感覚はあります。これからはBリーグを毎月、見にいきたいです」
各チームに思い入れのある選手たちがいる。これからは1人のファンとして、仲間にパワーを送るつもりだ。