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特集:駆け抜けた4years.2024

早大・荒尾怜音、華々しさの陰で訪れた試練を乗り越え 早稲田スポーツ卒業記念特集1

下級生の頃から活躍してきた早稲田大のリベロ・荒尾(撮影・井上翔太)

光が差すところには影がある――。2023年度「四冠」をつかんだ早稲田大学で守備の要として活躍し、声掛けでチームに一体感をもたらしてきたのが、リベロの荒尾怜音(4年、鎮西)だ。1年時からコートに立ち、全日本大学選手権(全日本インカレ)連覇など、幾度となくチームの勝利に貢献してきた。高校時から注目を集め、輝かしい経歴を持つ荒尾だが、華々しさの陰にはたゆまぬ努力と苦悩があった。

【特集】駆け抜けた4years.2024

競技を辞めざるを得なかった姉の言葉に背中押され

「日本一を目指したい」と、全日本インカレで3連覇していた早大を進学先に選んだ。当時は、春高に全てを懸けた高3時の負担が大きく、大学でバレーをすることに前向きではなかった。そんな時「できる間はやったほうがいいよ」と、けがで競技を辞めざるを得なかった姉の言葉に背中を押された。入部後は「春高で負けた相手に負けたくない」という思いを原動力に、1年目からレギュラーに定着。初めての全日本インカレで優勝し、個人としてもリベロ賞を獲得した。そんな喜びもつかの間、荒尾は次々と大きな壁にぶつかることとなる。

秋季リーグ戦の明治大学戦で声掛けをする荒尾(撮影・五十嵐香音)

モチベーションを見失っていた1年の冬、練習に行くのがつらくなり、病院で受診したところ燃え尽き症候群と診断された。バレーと一度距離を置いたことで回復したが、2年生になってからは思うような感覚が戻らず不調が続いた。さらに6月、練習中にひざを故障。次々と襲いかかる試練に、荒尾の心は折れかけていた。だが、そのけがが荒尾を再び突き動かす原動力になった。「今まで自分がいたところに他の選手がいるのが悔しくて、早く戻りたいと思えた」。その年の全日本インカレでもチームは連覇を伸ばし、荒尾は2年連続でリベロ賞を獲得。大きな山を越え、また一つ成長した。

本人にとって試練となった「2枚リベロ」

上級生となった3年目。全日本インカレ6連覇への重圧がのしかかり、チームはなかなかまとまることができず、リーグ戦や東日本インカレも、あと一歩のところで優勝を逃した。苦しむチームの裏で荒尾もまた、2年時の不調を引きずっていた。それでも秋には、徐々に感覚を取り戻し、チームにも結束力が出てきた。日本一に向けて気持ちを一つに全日本インカレへと臨んだ。だが結果は、まさかの準決勝敗退。受け入れがたい現実を前に悔しさ、情けなさ、やるせなさ……様々な感情が荒尾に押し寄せた。

ただ、それまでに試練を何度も乗り越えてきた荒尾の心は、簡単に折れなかった。取り返すしかない。敗戦が大きな活力となって、荒尾を突き動かした。「負けて悔しくて、いっぱい泣いた。そんな思いをまた下の学年の子たちにさせたくない」。王座奪還を誓い、荒尾ら4年生は「四冠」を目標に掲げて再出発した。

レセプションで攻撃の起点を作った(撮影・町田知穂)

荒尾の思いとは裏腹に、試練は続いた。チームは春合宿から2枚リベロを採用。経験のない荒尾にとって、2枚はリズムが作れず、バレーの感覚を再び狂わせる大きな障壁となった。それぞれの強みで勝負するのがチームの方針とわかっていても、これでは自分の強みが最大限発揮できない。また荒尾には、リベロ賞に対する強い思いがあった。

悩んだとき、いつも家族に話していた

「自分の中で大学4年が、高校3年とすごくリンクしていた」

時は高校時代にさかのぼる。荒尾は1年生ながらスタメンとして春高優勝とリベロ賞を達成。その翌年も連覇を掲げて挑んだが、無念にも目標は果たせなかった。最後の年にもう一度、頂点を取り返したい。その強い思いから、高3時はバレーボール一色の日々を送った。だが思いは果たせず、忘れられないほどの悔しさが残った。当時の無念がよみがえり、今に重なる。昨年度逃した「日本一」と「個人賞」を取り返し、今度こそ最高の形で締めくくりたい。強い決意があるからこそ、たとえ同期とぶつかっても意見を伝え合った。最終的な答えは「リベロ2枚」。やるせない気持ちを抱えたまま、新シーズンへと突入した。

チームは順調に勝ち星を重ねた。春の関東大学リーグ戦では、中央大学に敗れたものの優勝。東日本インカレでは、中大にリベンジを果たし「二冠目」をつかんだ。チームメートたちが歓喜に沸く中、荒尾だけは悔し涙を流していた。「優勝もだけど、3年のリーグ戦から1度ももらえていない個人賞を取り返したい」。チームメートが個人賞に名を連ねる中、リベロ賞には他大学の選手が選ばれた。2枚では個人賞に手が届かない。「勝利が一番」とわかっていても、やはり個人賞を諦めることはできなかった。

東日本インカレ決勝の中央大戦でみせたレシーブ(撮影・町田知穂)

残された時間、立ち止まっていてはいられない。乗り越えるためには、向き合わなければならない。荒尾は悩んだら、いつも家族に話をしていた。だから今回も、「リベロ賞も取りたい。だけど2枚で取った前例がないから無理かもしれない」と半泣きで家族に相談した。すると「悔しいとは思うけど、『四冠』という偉業は一つ達成できる。そこは割り切って、今できることを一生懸命やりなさい」。その言葉で、何かが吹っ切れた。

秋シーズンに向け、どんな状況でも自分のペースでプレーすることに焦点を当て、レセプションに注力した。さらにコート内外の温度感が一体となるよう、ベンチメンバーへの声掛けにも気を配った。おのおのの努力やチーム力の高まりもあり、秋のリーグ戦では見事、全勝優勝。「四冠」に王手をかけた。

暗闇を手探りで歩いているような4年間

早大は圧倒的な強さを発揮し、全日本インカレを勝ち進んだ。昨年敗れた準決勝も危なげなく突破し、決勝へと駒を進める。最終戦でも強さはとどまることを知らず、優位に試合を運び、ストレート勝利。「四冠」を達成し、再び日本一へと上り詰めた。うれし涙、笑顔、それぞれがやりきったという表情を浮かべ抱き合う。荒尾も「今まで積み重ねてきたことが最後に全部発揮できた」と仲間たちと喜び合った。

もう一つの目標だった「リベロ賞」は――。個人賞にはこだわり続けていたが、少なからず諦めの気持ちもあった。そんな心境からか個人賞発表の時は目をそらしてしまったと明かす。緊張の瞬間。読み上げられたのは、荒尾の名前だった。予想外の展開に驚きを隠せなかったが、うれしさが自然に涙となってほおをつたった。「今までもらった賞の中で一番うれしかったし、心から『やった!』って思える大事な賞をもらえた」

全日本インカレ優勝後、涙を流す荒尾(撮影・山田彩愛)

暗闇を手探りで歩いているような4年間だった。悩みは尽きず、苦境から抜け出せず、もがいた。それでも「今経験できる試練や壁は、立ち向かって向き合って、一つひとつ自分なりの形で乗り越えられた」。かけがえのない日々は、人生の大きな財産だ。苦しみ、もがき、涙し、その度、懸命に努力する。暗闇の中でも、高い壁でも、立ち向かうことをやめなければ、いつかは光が差し込む。荒波を乗り越え、荒尾は再びトップに返り咲いた。

卒業後はヴォレアス北海道で競技を続ける。次なる目標は、チームを勝たせられるリベロになること。新たに飛び込む世界は厳しく、試練もきっと立ちはだかるだろう。それでも荒尾らしく楽しみながら。一歩一歩、試練を乗り越えて強さに変える。その姿は、また人々を魅了し続けていくのだろう。

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