立命館大・土屋舞琴 ケガに苦しみ大舞台に弱かった過去、アンカーを務めて殻を破った
最多10回の優勝回数を誇る関西の名門が、ついに王座へ返り咲いた。第42回全日本大学女子駅伝で立命館大学が9年ぶり11度目の優勝を果たした。区間賞3人を含む、出走メンバー6人全員が区間3位以内で走り、タイムは大会新記録の2時間3分3秒。「前半の4区間でリードを広げ、後半区間で粘る」という指揮官の狙い通り、2区でルーキー山本釉未(1年、立命館宇治)がトップに立って以降、一度もトップを譲ること無く、圧倒的な強さで優勝を飾った。
待ちに待った女王返り咲き。アンカーとして歓喜のフィニッシュテープを切ったのは、3回生の土屋舞琴(3年、興譲館)。土屋は全日本初出走ながら、見事区間賞の走りで優勝を決めた。
レース1週間前「アンカーを走ってもらうかも」
本番前日のオーダー発表でアンカーを走ることが確定した。「1週間前からキャプテンやコーチから『アンカーを走ってもらうかもしれない』とは聞いていましたが、どの区間でも走れる準備はしていました。毎日寝る前や空いた時間に過去の動画を見返して、イメージを強く持っていました」と土屋は話す。先頭での襷(たすき)リレーについては「どのチームも力が拮抗(きっこう)していて、アンカー勝負になると思っていました。1区から5区までの選手が走ってくれると信じていたので、1番手かそれに近い位置で来ると予想していたので、トップで襷をもらうことに動揺はありませんでした」と振り返る。
土屋に襷が渡った時、2位の大東文化大学は19秒差に迫っていた。しかし土屋は冷静だった。「大東文化大のアンカーの選手と自己ベストやシーズンベストを比較したら、自分の方が20秒近く遅いことは分かっていたので、追いつかれる想定もしていました。追いつかれても絶対に抜かされず粘って、ラスト勝負で勝ち切ろうと。差を広げるというよりかは、前だけを見ていかに追いつかれずに距離を稼ぐか考えて、一度も後ろは振り向きませんでした。正直後ろを見ていたら怖いし、前だけを見て良かったかもしれないです(笑)」
競技場に入ったあたりで優勝を確信
ウォーミングアップの時から調子が良かったという。「体がすごく動く感覚があったので、自分の中で攻めていこうと思いました。6区は最初の2kmで上りますが、平坦(へいたん)を走っている感じで走れて。調子よく、自分のリズムを刻めました」。5km付近でチームメートからの声掛けがあった。「『後ろとの差が40秒くらい』と伝えられて、自分が差を広げたんだと自信が持てました。まだ2km近くあるし、油断せずにこのままペースを刻もうと思いました」
優勝を確信したのは競技場に入ったあたり。「今まで経験したことがない競技場のにぎわいで、音楽もそうだし、すごい雰囲気を感じて『ほんとに日本一になるの!?』と思いながら走っていました。最後の直線に入ったら私の名前を呼ぶチームメートが待っていて『早くあそこに飛び込みたい!』と足が動きました」。笑顔でラストスパートをかけ、右手を突き上げながらフィニッシュ。「『優勝』はずっとチームで目指してきたものですし、自分自身の陸上人生で一番達成したかったもの。言葉で表せないくらい、気持ちがこみ上げてきました。実感がないくらいうれしかったです」と感無量の様子だった。「これまでレース後は疲れて、その場で力が抜けていましたが、今回はそのままみんなのもとへ飛び込んでいけました。どこまでも行けそうなくらい。魔法がかかっている感じでした」
練習の合間に無駄を作らないよう、見直した
土屋はこれまで苦しんできた。「大きい大会になればなるほど結果が出せず、緊張して体が思うように動かせないことばかりでした。練習を積めているのに、本番でうまくいかず、自信がもてないことがずっと課題でした」。しかし、「ここで変わらないといけない。弱い自分を打破しないといけない」。チームのために、と考え方を変えて大役に挑んだ。
昨年までケガが多かった土屋は、私生活から見直し、試合に向けた考え方や練習への挑み方を徹底的に改めたという。「ちょっとしたことなんですが、練習の合間に無駄を作らないというか、ストレッチなどのケアは例年以上に取り組みました」。そして練習を重ねる中で自信をつけていった。「前半シーズンはベストを出せたし、関西インカレも初めて10000mで出場させてもらって、先輩方の力を借りてですが、3位表彰台に上れたことが一つ自信になりました。十倉みゆきコーチからも『去年はケガで走れていないから走行距離がゼロだったけど、今年は何倍も走れている。力がついているよ』と言っていただいて自信がつきました」
前半こそ力を出し切れたものの、9月の日本インカレと関西女子駅伝では思うような結果が出なかった。「しっかり練習を積んでいるのに、何がいけないんだろうと少し落ち込みましたが、自分の中でマイナスなことばかり考えて、不安要素が多すぎることに気がつきました。関西女子駅伝で2位に終わったからこそ、全日本では絶対に練習だけで終わらせたくないと燃えました。相当準備して、イメージトレーニングで気持ちを落ち着かせて挑んだら、やっと本番に力が発揮できました」と笑顔を見せた。
「全日本と富士山で優勝することが目標」
土屋にとって今大会は、殻を破る大きなきっかけになった。「区間賞を取れるとは思っていませんでした。正直驚いています。タイムというよりかは自分の感覚で走っていましたが、全国規模の大会で弱かった自分が、やっと抜け出せたというか。自分でも信じられないくらいの力が出せました」。また「1区から5区までの選手が貯金を作ってくれたおかげで、落ち着いて走れました。沿道も本当に温かく、たくさんの方のおかげで出せた記録だと思います」と周囲への感謝も口にした。
9年ぶりの悲願。チームは喜びをかみ締めつつも、すでに年末の富士山女子駅伝を見据えている。「全日本と富士山で優勝することが目標。メンバー争いも熾烈(しれつ)になりますが、チームで切磋琢磨(せっさたくま)しながら、さらに強くなって挑んでいきたい。個人としてはどの区間を任されても良いように、練習から自信をつけていきたいです」
圧倒的女王になるまでの道のりを歩み始めている。