筑波大・佐藤瑠星 レッズ内定の3年生GK「鈴木彩艶さんを手本に。いつか超えたい」
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今年1月、2026年度の浦和レッズ加入内定が発表された筑波大学の佐藤瑠星(3年、大津)。U-20全日本大学選抜にも選出された世代屈指のGKは、なぜ最終学年を迎える前に早々と決断を下したのか。大学ラストイヤーに懸ける思いとともに胸中を聞いた。
「プロで活躍するため、ラストイヤーをどう頑張るか」
遠くから歩いてくる大きなシルエットだけで、すぐに彼を確認できた。190cm、86kgの堂々とした体格は目を引く。冬晴れの2月上旬、筑波大学サッカー場のスタンドにゆっくり腰を下ろした佐藤は、落ち着いた表情を浮かべて口を開いた。プロ内定から1カ月が経過しても、特段の変化はないという。
「常にベクトルは自分に向けていますので。周りにどう見られるかよりも、自分がプロで活躍するために、この1年をどのように頑張っていくかを考えています。自覚と責任は芽生えましたが、周りの評価は気にならないです」
はっきりとした言葉には強い意思がにじむ。浦和からオファーが届いたのは、残暑が厳しかった3年生の秋口。あまり悩むことはなかった。
「浦和は、Jリーグのなかでもトップクラブです。仮にほかのクラブからのオファーを待ったとしても、きっと最後は浦和に決めるだろうなって。それなら今、決断しようと。僕は上のレベルからチャレンジしたいと思いました。自分がどれだけ通用するのか、試してみたいんです。特別指定選手になれば、チャンスが巡ってくる可能性もあります。今季、浦和はクラブワールドカップに出場しますし、スケジュールがタイトになりますから」
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元コーチの指導法"ジョアン・メソッド"も決め手に
そして、もう一つ決め手があった。昨季まで浦和のGK陣を指導していた前GKコーチのメソッドが、クラブの財産として残っていることだ。佐藤にとって、スペイン人指導者のジョアン・ミレッ氏は特別な存在だ。かつて筑波大で教えていた時期もあり、その指導法は脈々と受け継がれているという。2022年4月に佐藤が入学したタイミングでミレッGKコーチは浦和入りし、直接指導は受けていないが、プレーの原因を徹底的に追求する考えには今も心酔している。
「大学で僕の成長を加速させてくれたのは、〝ジョアン・メソッド〟なんです。1年時からたたき込まれ、ここまで積み上げてきました。昨季限りでジョアンさんはレッズを離れてしまいましたが、ネガティブには捉えていません。ジョアンさんの指導を受けたレッズのGK陣とはポジショニング、セービングなどの考え方で共通するところがありますし、自分も順応しやすいのかなと」
スカウトも舌を巻く身体能力の高さ
ただ、今冬の沖縄キャンプに参加し、痛感したこともある。浦和のGK陣はいずれもスキルが高く、彼らを追い越していくためには基礎のキャッチングをはじめ、全般的に技術の向上が必要だという。大学ラストイヤーでの課題は山積み。それでも、唯一無二の武器は大学レベルを超えており、レッズのスカウトも舌を巻いていた。
「190cmのサイズとは思えないくらいスピード、敏捷(びんしょう)性、ジャンプ力があります。そのポテンシャルを生かした飛び出しも抜群。守備範囲はかなり広いです」
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運動能力の高さは驚くばかり。U-20全日本大学選抜のフィジカルテストでは、ほとんどの項目で1位。30m走では陸上の短距離選手並みの3秒92をマーク。俊足自慢のフィールドプレーヤーたちより速い。トータルの数値は、過去10年の記録で最高値をたたき出したという。筑波大では下級生の頃からOBの三笘薫らも師事した谷川聡准教授(110m障害元日本記録保持者)の陸上トレーニングに励み、現在はチームのトレーナーやレッズのフィジカルコーチからの助言も受けて、さらなるレベルアップに精を出す。持ち味は本人も自覚している。
「身体能力には、自信を持っています。高校時代からフィジカルテストでは1位でしたし、もともと備わっているものもあると思います」
先輩の金言「出場できないときも常に準備をしておけ」
熊本の大津高校時代からフィジカル能力にたけた長身GKの存在は際立ち、浦和のスカウトも当時から目をつけていた。3年時には全国高校選手権で準優勝。U-19日本代表、日本高校選抜にも選出され、鳴り物入りで筑波大に入学した。とはいえ全国からえりすぐりのサッカーエリートたちが集う場所である。簡単にレギュラーの座をつかめたわけではない。1年生、2年生の頃は控えGKの立場で思い悩むこともあった。下級生の頃を思い返すと、思わず苦笑が漏れる。
「試合に絡めない時期は、外にベクトルが向いていました。『あの選手よりも俺のほうがもっとできるのに』と思うこともあって……。自分のことに集中できなくなれば、ピッチでのプレーも悪くなります。練習試合でも結果を残せず、なかなか思うようなパフォーマンスを発揮できませんでした。毎日のようにミスを繰り返し、2年生の途中は暗黒期だったと思います」
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苦しい日々を過ごすなか、蹴球部の仲間たちと接しながら多くのヒントをもらった。2学年上で当時4年生の主将だった山内翔(現・ヴィッセル神戸)の言葉は、今も胸に残っている。
「試合に出場できないときも常に準備をしておけ」
佐藤は一度立ち止まり、「自分にベクトルを向けないとダメだ」と自らに言い聞かせた。マインドがリセットされたのは2年生の後半。その後もベンチに座り続けたが、練習のなかで成長を実感できるようになった。そして、迎えた3年目の関東大学リーグ。背番号1をつけ、第1節の関東学院大戦から無失点勝利に貢献する。
「自分のサッカー人生を決める第一歩だと思い、臨んでいました。目の前の結果に左右されるのではなく、長い目で見るようになりました。将来、プロサッカー選手として長く活躍するために、今はその過程でしかないって」
天皇杯大金星で脚光 リーグでもベストイレブン
一躍脚光を浴びたのは、天皇杯の2回戦だった。当時、J1の首位を走っていたFC町田ゼルビアを撃破。自信にあふれた守護神は延長戦で絶体絶命のPKを止めてチームを救うと、PK戦でもシュートをストップする。大金星の立役者となったが、一喜一憂はしなかった。筑波大のゴールマウスを守るようになり、半年足らずで浦和のオファーが届いたときもそうだ。おごることなく、一歩一歩前に進んでいる。昨季はリーグ戦19試合に出場し、16失点。初めてベストイレブンにも選出された。中学2年の終わりにセンターバックからGKに転向して以降、長足の進歩を遂げている。
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「これまでいろいろなGKコーチの指導を受けてきましたが、聞く耳を持って100%で取り組んできました。大学最後の1年も、結果より中身にこだわっていきます。成功、失敗ではなく、一つのプレーに対して、自分がどれくらいできたかを追求しないと。積み上げてきた〝ジョアン・メソッド〟を完璧にしたいです」
冷たい風が吹く筑波大の練習場で頭に思い浮かべていたのは、お手本とする元浦和の現日本代表GKである。
「鈴木彩艶さんも〝ジョアン・メソッド〟で育った人。いつか肩を並べて、超えていけるようになりたいです」
勝負は今ではない。ずっと先を見据え、自らが信じるGK道を極めていくつもりだ。
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