サッカー

J1清水エスパルス内定の筑波大・山原怜音 大学ラストイヤーにタイトル奪取を

正確無比なキックが山原の武器。サイドのスペシャリストとして活躍する

3月23日、筑波大学蹴球部に所属する山原怜音(4年、JFAアカデミー福島)が2022シーズンからJ1・清水エスパルスへ加入することが発表された。長谷川健太(現FC東京監督)や藤本淳吾(現SC相模原)、西澤健太(現清水エスパルス)など筑波大から清水エスパルスへ進んだ名選手は多い。そこにまた1人、新たな選手が名を連ねようとしている。

「プロになる」夢を叶えるため、筑波大学へ

山原は両サイドバックや両サイドハーフを本職とするサイドのスペシャリストだ。正確無比なキックを武器にクロスやミドルシュートなどでチャンスを演出する。かつて筑波大で共にプレーした、Jリーグ屈指のキックの名手である西澤も「めちゃくちゃ良い選手です。特にキック。ミドルシュートとかえげつない」(ツイート引用)と評す。山原は「DFとしての仕事はしっかりやりつつ、攻撃面でも自分の運動量を生かして、ピッチの外からはクロスでアシストするプレーを、中央にいるときは積極的なシュートを意識している」と話す。

2人の兄の背中を追い、3歳からサッカーを始めた。小学6年生になると、当時のサッカークラブの先輩や仲間の影響でJFAアカデミー福島のセレクションを受けて見事合格。12歳にして親元を離れサッカーに打ち込むことを決意した。同クラブで6年間過ごした後、2018年に筑波大に進学。幼い頃からプロサッカー選手になることが夢だったが、高校卒業時点では叶(かな)えることができなかったため、「大学卒業後にはプロになる」という覚悟の上での進学だった。

プロになりたいと筑波大に進学。着々と実力を高めてきた

高校時代までは中盤を主戦場としていた山原だったが、入学後サイドバックに転向。2年生になる頃には全日本大学選抜やユニバーシアードの試合でも活躍し、3年になるとプロクラブからの練習の誘いや入団のオファーも来るようになった。

山原は大学サッカーの第一線を常に走ってきた。一方で、筑波大に入学してからの3年間でチームとしてのタイトルは取れていない。大学最後のシーズンとなる今年はスローガン「再醒」を掲げる筑波大の副将に就任。プレー面だけでなく精神面でもチームの中心となった。「自分は攻撃的なプレースタイルの特徴を持っている。ラストシーズンはゴールやアシストという形で毎試合チームを勝利に導く選手になり、筑波大学蹴球部としてタイトルをとるという一心で戦っていきたい」と意気込む。

身近で特別なクラブ・エスパルスへの内定

ラストシーズンを迎える直前、山原個人としての夢が叶おうとしていた。2月から3月にかけて清水エスパルスのキャンプに参加し、練習試合にも出場。その後程なくして、清水エスパルスへの入団が決まった。

実は山原と清水エスパルスには中学時代からの縁があった。JFAアカデミー福島が東日本大震災の影響で静岡に拠点を移していたため、清水エスパルスの下部組織と試合をしたり、清水エスパルスの本拠地であるIAIスタジアム日本平へ試合観戦に訪れたりしたことがあった。当時のことを「中学生ながらに選手とサポーターが一体となって戦っている雰囲気を肌で感じた」と話す。

「大学サッカーといえば山原怜音」と言われるぐらいになりたい、と語る

山原にとって中・高と6年間身近にあった特別なクラブだったが、昨春、山原の元へ来た初めてのプロクラブからのオファーは清水エスパルスからのものだった。「オファーをいただけてうれしかった。練習参加やキャンプへの参加を通して、チームとしての良い雰囲気や恵まれた環境、レベルの高さなどを感じ、ここなら間違いなく成長できると思った。やっとここでスタートラインに立てた。身の引き締まる思いだ」と語る。

「大学サッカーといえば山原怜音」と言われるぐらいの選手に

2022シーズンからは夢だったプロサッカー選手としての日々が待ち受けている。プロの世界では、コンスタントに試合に出られる、チームに必要不可欠な選手になることを目標としている。「大好きなサッカーを少しでも長く続けられるように、ピッチ内での取り組みだけではなく、ピッチ外でも体作りや食生活の栄養を意識するなどの努力を継続していけるようにしたい」と話した。

一方でプロになるうえでの課題として「守備の時の細かなポジショニング修正やセカンドボールへの反応を強化し、プロの世界に入るにあたって今後自分の強みにしていきたい」と話し、「大学サッカーといえば山原怜音と言われるくらいの選手になりたい」とラストシーズンへ意気込んだ。

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