ラグビー

ラグビー 「日本一のため」早大5年の意地

青山学院大戦で先発した早稲田大の左PR鶴川 (斉藤健仁)

関東大学対抗戦Aグループ

10月7日 足利陸上競技場
早稲田大(3勝)123-0(前半59-0)青山学院大(3敗)

台風が過ぎ去り、気温は30度を超えた。真夏を感じさせる日差しの中、アカクロジャージーが縦横無尽に駆けた。前半10分までは拮抗していたが、11分、早稲田がターンオーバーから見事なつなぎをみせて、SH齋藤直人(3年、桐蔭学園)が先制トライ。その後は青山学院を攻守にわたって圧倒、SO岸岡智樹(3年、東海大仰星)のゲームメイクも光り、19トライの猛攻で大勝。ライバルの帝京、明治、慶應とともに開幕3連勝とした。

早稲田のBKが自在にボールを動かせているのは、FW陣の運動量が豊富で、セットプレーが安定しているから他ならない。この試合でもボールキャリアとして存在感を示すだけではなく、スクラムをリードし、ラインアウトでは体重100kgを超える味方を持ち上げ、縁の下の力持ちとして勝利に貢献したのが、1番の左PR鶴川達彦(4年、桐蔭学園中等)だ。身長181cm、体重110kgの体は、チームトップクラスの巨漢だ。

チームトップクラスの巨漢で相手のゲインを食い止める (斉藤健仁)

4年生、「セットプレーの安心感」で受け入れた

実は鶴川は部員100名を超える早稲田の中で、唯一の〝5年生〟である。つまり昨年度、単位が足りず、留年してしまった。他の大学スポーツでは、学連登録は4年までという規定のところが多いが、ラグビーは留年し5年生になってもプレー可能である。

ただ、早稲田では留年しても4年生で部を終えるのが普通だ。それでも鶴川は今年2月、4年生を送り出す予餞会のとき、新しく就任した相良南海夫監督に「今年もやらせてほしい」と直談判した。その理由を本人に聞くと、トップリーグのチームで練習させてもらう選択肢もあったそうだが、「もう一度、早稲田で日本一を目指したかった」とキッパリ言った。

早稲田では伝統的に、5年生を受け入れるどうかは新4年生の判断に委ねている。鶴川と同じ左PRのポジションの選手の中には「なんで続けるんだ!」と怒った選手もいたというが、キャプテンのFL佐藤真吾(4年、本郷)は「セットプレーの安心感がすごかったので、大歓迎でした」。受け入れることを決めた。結局、千野健斗(成蹊)、井上大二郎(千種)といった4年生の左PRたちも奮起し、いい競争につながっている。

鶴川は、一度は寮から出て実家から通っていたが、今年4月から寮に戻っている。後輩ばかりの環境に「最初はやりにくさはありましたけど、もう、なじめました」と笑う。唯一、過去に4年生を経験している選手として、練習の際に心がけていることがある。「フィールド内外で『もっとああしとけば、こうしておけば……』という4年生のときの後悔を言えるのは僕だけ。それを言うようにしています」。スクラムの柱としてだけでなく、FWの精神的支柱にもなっている。

「まだまだ、ラグビーで完全燃焼してない」

現在は体重110kgを超え、PRにしか見えない体型の鶴川だが、実はもともとBKの選手。PRはまだ3年目だ。父親が早稲田のラグビーサークル「早大うえいるず」でプレーしていたこともあり、楕円球は身近にあった。小学校時代はサッカーや水泳をやっていて、桐蔭学園中に入ると、友人に誘われてラグビー部の門を叩いた。高校は今年の春も全国制覇した桐蔭学園に進むこともできたが、同じ法人が運営し、同じ敷地内にある桐蔭学園中等教育に進学。高校時代の最高成績は神奈川県ベスト16と全国大会とは無縁だった。

ただ「大学では日本一を目指す」と心に決めた鶴川は一般入試で文化構想学部に合格し、早稲田ラグビー部に入った。大学入学時の体重は80kg台。突破力に長けたCTBとして、1年時の早明戦、大学選手権などにも途中出場した有望なBKだった。ただ、同期にFWの選手が少なかったこと、ジュニア選手権などでNo.8でプレーしていたこともあり、2年時には本格的にFWのFL/No.8に転向する。

さらに3年時、監督、コーチ陣が変わり、よりスクラムに力を入れていくという方針に決まると、体格のよかった鶴川はNo.8からPRへのコンバートを提案される。「最初は断りました。でも1週間くらい言われ続けて……」。人のいい鶴川は「そんなに言うならやってみようかな」と、しぶしぶ首脳陣の要求に応じた。ここから第2のラグビー人生が幕を開けた。

「PRはやることが多くて、悩んでる暇はなかった」という鶴川。すぐにPR、とくにスクラムに魅了された。「最初は苦労しましたけど、できなかったことが翌日に突然できるようになったり、できていたことができなくなったり……」と、その奥深さにはまっていく。しかし、3年時、4年時と大学選手権ではベスト4にも入れなかった。「まだまだ、ラグビーで完全燃焼してない」と語気を強める。まだ正式には決まっていないが、この先もトップリーグでラグビーを続けると決めた。

一番大きなターゲットは、来年1月12日の大学選手権決勝。目下、鶴川がライバル視しているのは、対抗戦の最終戦(12月2日)に対戦する明治だ。「スクラムにこだわってるチームなので、早稲田もこだわって、いいスクラムを組みたい。ヒザを低くする、胸を張るといった基本的なことですが、スタンダードを高くしたい。そしてヒットに勝ったあとのまとまりや、低さを今後身につけないと勝てない」と先を見据える。

最後に、CTB、No.8も経験してきたPR3年目の鶴川に、「PRというポジション、楽しい?」と聞いてみた。すると「きついですが楽しいですね! やっぱりスクラムは奥深いですし、もっと突き詰めていきたい」と大きな笑顔を見せた。強豪の大学はどこもスクラムに力を入れており、スクラムが勝負の鍵を握ることは明白である。早稲田が10年ぶりの大学日本一に輝けるかどうかは、スクラムに魅了された5年生の右肩にかかっている。

恵まれた体格に加え、CTB、No.8の経験を活かしてプレーする (斉藤健仁)

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