順大・塩尻、「走りの切り替え」で2度目の区間賞
オリンピックランナーの力は圧倒的だった。
塩尻和也(順大4年、伊勢崎清明)の全日本大学駅伝4区の区間賞は、区間2位の林奎介(青学大4年)に39秒の大差をつけた。13位でタスキを受けて9人を抜き、チームを4位に浮上させた。今年から変更になった区間距離は11.8kmで、箱根駅伝に比べれば約半分である。そこで箱根駅伝前回7区区間新の林に、200m以上の差をつけたのだ。
区間賞に表れたマルチランナーの成長
「悪ければ、そのくらいの順位で襷(たすき)が来ることも想定していました。どこでもらっても前を追うだけでしたけど、いい間隔で前に何人もいる位置で持ってきてくれたので、走りやすかったです。それでも前半は突っ込みすぎました。中盤でかなり苦しくなりましたが、今回は最後までペースを落とさず走れたと思います」
塩尻の成長が顕著に表れていた。
以前の塩尻なら後ろからハイペースで追い上げたとき、中だるみや終盤のペースダウンがあった。残念ながら後方で襷を受けることが多く、駅伝の区間賞は3年時の出雲3区の一度しかなかったのだ。
「塩尻和也 順大マルチランナーの挑戦」で紹介したように、塩尻は3000m障害でリオ五輪とジャカルタ・アジア大会を日本代表として走ってきたが、3000m、5000m、10000m、ハーフマラソン、そして駅伝でも学生トップレベルの走りをしてきたマルチランナーである。
「トラックでもロードでも、4年間順調に力をつけてこられて、結果も出せてると思います。今シーズンは練習の中でも最後まで走りきることを意識して、“走りの切り替え”に取り組んできました。今日はそこができたのかな」
塩尻はラストのスプリントで勝負できるタイプではない。400m以下の距離のスパートで勝てないことは、長門俊介駅伝監督も認めている。だが今季は、3000m障害で初めて日本選手権に優勝し、アジア大会でも自己記録が上の外国人選手を引き離して銅メダルを獲得した。ロングスパートとも言えるが、いっぱいになったところでさらにもう一度、体を動かす方法と言った方がいいだろうか。
「今年の3~4月から意識するようにして、練習の最後を上げて終わるようにしました。去年までもたまにやってましたけど、継続して取り組んだのは今年からです。当初は練習を始める前に監督から指示をされてましたが、最近は言われなくても最後は上げて終わるようになってます」
これは簡単にできることではない。体への負担も大きくなるので、力のない選手がやろうとすれば疲労が蓄積して走れなくなる可能性もある。塩尻が複数種目で多様な大会、レース展開を経験し、問題意識を持って日頃のトレーニングに取り組んできたから可能になった。
箱根駅伝がラスト順大レース
塩尻は4月以降、失敗レースをしていない。
元々ほとんど外さない選手だが、今季はすべてのレースに塩尻の成長が何らかの形で表れていた。特に箱根駅伝予選会と全日本は、ロードで連続して好走した点に本人も手応えを感じていた。
「今年は春から夏にかけてもそうでしたが、夏から秋にかけてもうまく持ってこられました。この流れで箱根まで持っていきたいですね」
その塩尻が、今年1月の箱根駅伝と2月の丸亀国際ハーフマラソンは、連続して失敗レースをしてしまった。箱根2区は区間10位、丸亀は1時間4分10秒で48位だった。長門監督は11~12月の出場試合を2年時までと変えたことが、塩尻は12月10日頃に体調不良があったことが原因だと考えている。
それでも箱根2区の1時間9分26秒は、塩尻には考えにくいタイムである。本人も「スタートに立ったとき、少し練習ができなかったことを考えてしまった」とメンタル面の影響を認める。最終学年の今回は、同じ轍は踏まないはずだ。
塩尻の目標タイムは、順大の先輩である三代直樹(現富士通コーチ)が1999年大会で出した1時間6分46秒の区間歴代2位、日本人最高記録だ。「順大の選手である以上、そこを目標にしないわけにはいかない」と、以前から話している。
だが箱根駅伝が近づいた今、「記録は狙わない」とも言う。
「自分の走りをすることを意識します。それができれば結果的にタイムもついてくる。これまでもそうでしたから」
長門監督は条件を二つ挙げた。
一つは後方から追い上げる展開ではなく、先頭集団かそれに近い位置で襷を受け、前半でオーバーペースにならないこと。三代も前半を抑え、後半にペースアップする走りだった。
二つめは上りがきつくなる最後の3kmをしっかりと走ること。今季取り組んできた切り替える走りができれば、三代の記録に届くかもしれないという。
駅伝ファンや順大関係者は塩尻に、学生競技生活の集大成として2区の日本人最高を期待するだろう。だが塩尻は、「最後だから頑張るというのは少し違う」と考えている。どのレースも全力を出し、いい走りをしたいと考えてきた。最後の箱根駅伝だけを特別なレースとは位置づけられない。
とはいえ順大チームとして、順大の一員として走るのは最後になる可能性がある。
「これまでインカレも駅伝も走ったことのない4年生で、頑張って調子を上げている選手もいます。駅伝の選手起用はチームの成績を考えて決まること。学年が出場する理由にはなりませんが、4年生にはできる限り頑張ってもらいたいと思ってるんです」
塩尻の最後の箱根駅伝に、“4年間(4years.)”の影響は色々な形で現れるだろう。4年間の競技的な蓄積は100%発揮される。4年間苦楽をともにしてきた同級生の存在は、どうだろうか。同じ駅伝を走っても、あるいは走らなくても、背中を押してくれるのではないか。