ラグビー

父は明治、俺は早稲田 先制トライのルーキー河瀬諒介

明治ディフェンスラインの間に走り込み、先制トライを決めた河瀬(撮影・谷本結利)

関東大学対抗戦Aグループ

12月2日@東京・秩父宮
早稲田大(6勝1敗) 31-27 明治大(5勝2敗)

22000人を超す大観衆が秩父宮に駆けつけた。94回目を迎えた「早明戦」。創部100周年のメモリアルイヤーを迎えている早稲田が前半から終始リードを奪い、31-27で勝ち、8年ぶりに優勝(帝京大と同率)を飾った。

「河瀬、走れ!」

両者がトライを取り合い、最後まで分からない激闘だった。前半3分、先制トライを挙げて早稲田に勢いをもたらしたのは、1年生FBの河瀬諒介(東海大仰星)だった。早明戦で1年生が15番の赤黒ジャージーを着けたのは2004年、あの元日本代表FB五郎丸歩(佐賀工/現ヤマハ発動機)以来の快挙だった。

早稲田は試合開始早々、相手のペナルティーもあり、敵陣奧に攻め込む。ラインアウトを起点に右から左へ展開、SOの位置に入っていたCTB中野将伍(3年、東筑)からFB河瀬に渡る。「外を見ながら『どうしようかな』と思ってたんですけど、内側から(中野)将伍さんが、『河瀬、走れ!』って言ってくれました」と振り返る。

先輩の後押しもあり、河瀬は自ら勝負した。明治ディフェンスラインの間に走り込み、そのまま左中間にグラウンディング。「最初は(声援で)笛の音が聞こえなかったんですけど、みんなが寄ってきてくれて『トライなんや』と思いました。自分のトライでチームの流れを持ってこられた。あそこでトライ取るのが僕の仕事だと思うので、取れてよかった」と、誇らしげに言った。

1月には花園Vを経験

河瀬は同じく1年生ながらWTBとして先発した長田智希とともに、昨年度の「花園」こと全国高校ラグビー大会で優勝した東海大仰星の中心選手だった。河瀬は5試合で8トライを挙げる活躍で、長田とともに高校日本代表にも選出された。

東海大仰星高時代、中心選手として花園で優勝(撮影・斉藤健仁)

早稲田に入学後、二人ともU20日本代表に追加招集されたため、チームに本格的に合流するのがやや遅れてしまった。それでも河瀬には50mを6秒0というスピード、身長183cmの大きな体を生かしたダイナミックなプレーと高い決定力がある。夏合宿からレギュラーの座を確保した。しかし、試合に出始めたころは、ボールを持つ回数もさほど多くなく、ミスも目立った。そこで相良南海夫監督は「自分からスペースに仕かけるマインドを持ってほしい。ボールを持ったら積極的に勝負してほしい」と発破をかけた。

徐々に周りとのコミュニケーションが取れて、大学に入ってからフィジカルトレーニングも重ねていた河瀬は持ち味を発揮し始める。「自分がボールをほしいタイミングと、いらないタイミングある。自分のタイミングでボールを呼ぶことで、ボールを持つ回数が増えてきました」。その結果、ルーキーながら対抗戦6試合に先発、6つのトライを挙げられた。

泰治の早明戦ではなく、諒介の早明戦に」

河瀬は小学4年のとき、地元の大阪・阿倍野ラグビースクールで競技を始めた。そのころから早明戦は父と一緒にテレビで見ていた。「高2までは明治を応援してましたね」と言って苦笑いした。

河瀬の父とはラグビーファンにはお馴染みの元日本代表No.8で、大阪工大高(現常翔学園)や明治大、東芝府中(現東芝)で活躍し、1987年の第1回ワールドカップにも出場し、「怪物」の異名を取った泰治氏(現・摂南大総監督)だ。親子そろって花園で優勝し、早明戦にも出た。

高校では父の母校ではなく東海大仰星に進み、大学も「自分の行きたいところに行け」と父に言われていた。早明の両大学の練習場を訪れ、「天然芝と人工芝のグラウンドがあって、ラグビーに集中できる環境があるなと思いました。それに僕はBKなので、展開ラグビーの早稲田の方が合ってるかなと思いました」。再び父と異なる道を選んだ。

父もスタンドから見守る中、小さいころから「思い入れが強かった」という早明戦に初出場。河瀬の感想はこうだ。「観客席は明治のファンが多くて、『メイジ』コールが大きかった。アウエー感がすごかった。早稲田と明治のプライドの戦いで、どっちも負けられない。ほかの試合とは必死さが違いました」。初々しく率直な思いを口にした。

また試合前、河瀬にはさらに気合の入る出来事があった。ロッカールームで相良監督に「(河瀬)泰治の早明戦ではなく、諒介の早明戦にしろ」と言われたのだ。前半3分のトライは、まさしく監督の期待に応えるプレーであり、相良監督は「持ってるな、と思いました」と、うれしそうに話した。

河瀬ジュニアが伝統の一戦に臨んだ(撮影・谷本結利)

早稲田は明治に勝ったことで、帝京と同率だが、8年ぶりの対抗戦優勝を飾った。明治出身の父の目の前で、息子は早稲田で成長した姿を披露した。

「BKに4年生がいない中で、伝統の一戦に勝てて自信になる試合でした。大学選手権で優勝するために、目の前の試合を頑張っていきたい」。高校時代より心身ともに一回り大きくなった河瀬が見据えるのは、高校から大学と環境が変わっての2年連続日本一である。

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