サッカー

特集:第67回全日本大学サッカー選手権

日本一に「なりたい」でなく「なる」 早大主将・岡田の覚悟

早稲田を引っ張る主将の岡田 (写真提供・関東大学サッカー連盟/飯嶋玲子)

大学のサッカーと向き合うことで、ようやく殻を破れた。4年目にして早大のエースとなり、関東大学1部リーグで15ゴールを挙げて得点王に輝き、年間ベストイレブンにも選ばれた。3年ぶり27度目のリーグ制覇に大きく貢献した主将の岡田優希(4年、川崎U-18)は、最後のインカレでも頂点を見据えている。
「チームを日本一に導いて『早稲田で一旗揚げた』って胸を張って言いたい」

小学校から高校まで、J1川崎フロンターレの育成組織で大事に育てられた。トップチーム昇格こそ見送られたが、才能は折り紙付き。U-16日本代表に選ばれた経験もある。4年後にプロになるという目標を胸にインカレ史上最多12度の優勝を誇る早大ア式蹴球部の門を叩いたが、いきなり「壁」にぶつかった。
「同じサッカーなんだから、部活動でもそれほど変わらないと思ってました。でも、いざ入ってみると、まるで違って……。外国に来たような感じでした」

クラブチームと大学の違い

前線にくるパスは浮いた球ばかり。身長172cmのFWは高校までグラウンダーの丁寧なボールを受け、足元の技術で勝負していた。前提が違うと、ほとんど持ち味を出せなくなった。1度もボールに触れない試合もあったほどだ。前線での守備の方法も違った。相手のパスコースを切るだけでなく、体を寄せてボールを奪いにいけと求められた。決して大学でサボっていたわけじゃない。自らのプレーに特別な思い入れがあり、確固たるサッカー観を持っていた。さらにそもそも頑固な性格でもあった。
「早稲田ではプレー以上に『姿勢』が問われてたんです。試合のなかで、一生懸命に頑張る姿を見せないといけなかった。走り回ってボールを追うとか。それを受け入れられるようになるまで、僕の場合はすごく時間がかかりました」

1年生のときはそんな変化に戸惑い続けた。2年生になっても状況はさほど変わらず、何度も心が折れかけた。「サッカー選手として死んでしまうと思いました。そのたびに『自分の夢はなんなんだ?プロサッカー選手になることだろ』って」。何とか奮い立たせた。ずっとあこがれてきたリオネル・メッシ(バルセロナ)のプレー映像を見たり、古巣川崎の試合を見たりしながら、気持ちを強く持ち続けた。3年生になると、ようやく試合に絡みはじめ、主に「ジョーカー」としてリーグ戦(2部)で15試合に出場し、10ゴール。ただ、数字を残しても先発の座は遠かった。4年生になる前に思い直した。
「このままではスタートから出場できないし、プロにもなれない。もう4年目だ。自分の考えを貫いて努力すれば成功すると思ってたけど、それだけではダメ。目の前の現実を見て、環境に適応にしないと。たとえ理不尽だと思ってもまず頑張る。壁を乗り越える」

チームメイトの信任を得て、主将にもなった。自分自身の成長だけではなく、周囲への気遣いにも心を砕いた。外池大亮監督から「試合に出てない選手にも働きかけができる」と信頼を寄せられるほどになった。

岡田は今シーズン5アシストとプレーの幅を広げた (写真提供・早稲田スポーツ新聞会)

身を粉に

監督が代わり、サッカーが多少変化したこともあるが、プレースタイルも意図的に変えた。かつてはゴール前でパスを待ち、シュートを狙うだけだったが、今シーズンはプレーエリアが広くなり、ピッチを縦横無尽に動き回っている。パスを引き出すために中盤の位置まで下がり、攻撃の組み立てにも参加。2列目から積極的にゴール前にも飛び出した。ポジションもFW、トップ下、サイドハーフと幅を広げ、チームのために身を粉にしている。得意のドリブルも生きるようになり、シーズン序盤からコンスタントに得点を重ねた。ゴールだけではない。今シーズンは五つのアシストを記録。守備でも前線からボールを追いかけ回し、プレスをかけ続けた。大学で突きつけられた課題と向き合った結果、出した答えが現在のプレースタイルだった。

川崎の育成組織時代からよく知る同クラブの向島建スカウトは、しみじみと語る。
「試合に出られない時期も長かったのに、よくここまでになった。レベルの高い関東で得点王になるのは大したもの。人間的にも成長したと思う。うちに戻してやれなかったのに、プロ入りが決まるとすぐに連絡をくれました。感謝を言葉にできる男。もっともっと伸びると思うので、頑張ってほしいです」

心こめた入団あいさつ

9月にはJ2の町田ゼルビアへの加入内定が発表された。クラブから出された公式リリースには、苦労してきた岡田の思いの丈が記されていた。
「プロサッカー選手に『なりたい』ではなく『なる』。試合に『勝ちたい』ではなく『勝つ』、ゴールを『奪いたい』ではなく『奪う』と言い切る形での覚悟を持つことを大事にしてきました」(一部抜粋)

Jクラブ内定者のメッセージは定型文のようなものが多いが、岡田は自ら考えて長文の原稿をつくり、クラブに送信したという。育成組織時代の同期でひと足先に高卒でプロとなった三好康児(コンサドーレ札幌)や板倉滉(ベガルタ仙台)は、東京五輪世代のU-21日本代表でも活躍している。彼らを意識しないわけがない。
「あいつらと勝負するのは、この先ですね。追い抜くくらいの覚悟で大学サッカーに打ち込んできました」

早大でサッカー選手として、人間としても大きく成長した。大学生活が終わりに近づくなか、3年前に関東大学リーグで優勝して喜んでいた最上級生たちの様子を思い出した。
「試合前のミーティングから泣いてたんです。なぜこの人たちはここまで熱くなれるのか、どうしたらあんな表情になるんだろうって。正直、当時1年生だった僕には理解できなかった。でも、4年生になったいまは分かります。苦しいこともあっての4年間でしたから」

大人になった岡田は、そのうれし涙ににじんだものを、ひしひしと感じている。あの先輩たちも成し遂げられなかった2012年度以来のインカレ制覇を果たしたとき、かつて遠くに感じた熱い思いを体感できるはずだ。集大成のトーナメントは、もうすぐ始まる。

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