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「同志社を捨て、プロになるのか」悩んだ主将・吉村

「同志社を捨て、プロになるのか」悩んだ主将・吉村
吉村は正確なクロスと豊富な運動量が武器

同志社の誇るハードワーカーが夢をつかみ取った。9月27日、同志社大学サッカー部主将、DF吉村弦(4年、ガンバ大阪ユース)のJ3・AC長野パルセイロへの入団が発表された。「子どものころからの夢でした」。プロを志望していた吉村は、3回生のときにパルセイロの練習に参加。守備だけではなく果敢な攻め上がりも評価され、念願のオファーを受けた。

4回生の夏に大けが

ガンバ大阪ユースからトップチームへの昇格が叶わず、吉村は大学サッカーの道に進んだ。同志社は当時2部。「強くしたい」という思いを胸に、入学してきた。右足の正確なクロスと豊富な運動量を買われ、1回生にしてレギュラーの座を獲得。2部優勝にも貢献でき、順風満帆なルーキーイヤーだった。その後も同志社不動のサイドバックとしてチームを支えた。3回生のシーズンは4ゴール、10アシストを記録。DFでは異例のアシスト王となり、そして優秀選手にも選ばれた。
「このチームに何かを残したい」。ラストイヤーを迎えた吉村の左腕にはキャプテンマークがあった。ここ数年1部と2部を往復していた同志社の歴史を変えるため、奮闘していた。

同志社サッカー2
戦列を離れてからは応援に徹した吉村(中央)

悲劇は突然訪れた。今夏、練習中に右ひざの半月板損傷という大けがを負う。真っ先に吉村の脳裏をよぎったのは、今後のサッカー人生だ。プロに進むためには手術しかない。だが、手術するということは今シーズンを棒に振る、すなわち大学サッカーに終止符を打つことに等しかった。「同志社かプロか」。誰よりもサッカーを愛し、誰よりもチームを思う吉村にとって、残酷な問いだった。「同志社を捨ててまでプロになりたいんか?」。吉村は一人で葛藤していた。

望月慎之監督とチームメイトからの言葉を受けて、腹を決めた。
「この3年半のお前の活躍を見てたら、プロにしっかり送り出したい」
手術し、しっかり治してプロに行く決断をした。

Jを代表するサイドバックに

選手としての大学サッカーは終わった。だが、吉村の「同志社のために戦いたい」という思いは揺るがない。入院中は試合前後のチームメイトへの連絡を欠かさず、毎試合マネージャーから送られたビデオを見てはチームメイトに改善点をアドバイスした。退院後はコーチとしてベンチ入りし、ベンチから声を出し、チームを見守った。プレーで貢献出来ない分、陰からチームを支えた。

一つの夢を叶えたいま、吉村には新たな夢ができた。「Jリーグを代表するサイドバックになる」。Jの舞台でその名のとどろく日を、みんなが待っている。

同志社サッカー3
吉村はDFながらアシスト王に輝いたことも

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