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元早大野球部主将、田中浩康のセカンドライフ

元早大野球部主将、田中浩康のセカンドライフ
田中さんがコーチとして早大野球部に帰ってきた

2月に入り、球春到来を告げるプロ野球のキャンプが各地で始まった。ルーキーや移籍した選手に注目が集まる一方で、ユニホームを脱いだ元プロ野球選手たちは「第二の人生」を歩み出している。

早大1年生の私に「相手のこと考えろ」

昨シーズン限りで現役を引退した元横浜DeNAベイスターズの田中浩康(ひろやす)さん(36)は2月6日、かつて4年間を捧げた早稲田大学野球部のコーチに就任した。後輩たちを指導しながら、春からは大学院に通い、スポーツマネジメントを学ぶ。さらに執筆活動を通して野球振興にも力を入れていくという。田中さんは言う。「野球はいろんな人たちの力によって成り立ってるというのを、引退して改めて実感しました。いちど外から野球を見て学びたいという思いと、野球の魅力を伝えたいという両方の思いがあります」

プロ14年間で通算1018安打を放ち、歴代5位の302犠打を記録。いぶし銀の内野手として活躍し、東京ヤクルトスワローズ時代の2007、12年はセカンドとしてベストナインを獲得した。

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田中さんはプロ14年間で通算1018安打を放った

私と浩康さんとの出会いは、私が早大1年のころ。浩康さんは4年で、背中でチームを引っ張る主将だった。多くは語らないタイプだったが、忘れられない言葉がある。ある日の守備練習中のことだった。私の雑な送球を見て「(球を受ける)相手のことを考えろ」とひとこと。ハッとした。試合中のミスに関しては、浩康さんは何も言わなかった。

浩康さんは4年秋の東京六大学リーグ開幕戦で死球を受け、左手首を骨折。しかし強行出場を続けた。まったく弱音を吐かず、大学最後のシーズンでリーグ戦通算100安打を達成し、04年秋のドラフト自由枠でヤクルトに入団した。

ツイッターの師匠は山崎康晃

初対面から10年以上が経ち、私がヤクルト担当の記者になった2015年に浩康さんと再会した。野球に対してのストイックな姿勢は、さらに強くなっていた。ふだんの練習に加え、「野球に生かせないか」と合気道やヨガを学んだり、陶芸教室に通ってみたり。自宅の一室には素振り部屋があり、バットがずらりと並んでいた。

昨秋の引退後、テレビ解説の仕事や、子どもたちへの野球教室、台湾の高校生への野球指導などを通じて改めて野球の魅力を感じたという。

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現役引退後、野球教室で中学生を教える田中さん(本人提供)

自身の経験を伝えるため、昨年10月にツイッターのアカウントを開設。DeNA時代の同僚で、約70万人のフォロワー数を誇る山崎康晃(26)から手ほどきを受けた。「山崎選手から『ツイッターでもプロ野球を盛り上げましょう』と言われて、すごく共感しました」。パソコンも買った。

積極的にツイッターを更新すると、読者の反応がすぐに返ってくる面白さにはまった。「情報を発信したら、ファンとの距離も縮まる。現役のころからやっとけばよかった」。いまでは選手時代の裏話などを1500字程度のエッセーとしてまとめ、有料で配信するまでになった。タイトルは自分の野球の守備位置と「引退後の人生」の意味をかけて「セカンド・ライフ」。収益は少年野球大会の運営費にあてている。

「学生時代から本を読むのが好きで、遠征の移動中に村上春樹さんのエッセーなんかを読んでリラックスさせてもらった。そういうものを提供できたらいいですね」。いずれは本を出したい思いがある。

4月から通う予定の早大大学院では、球団経営の仕組みや、スポーツと地域のつながりについて学ぶという。野球振興、野球の勉強に野球の指導。「三刀流」に挑む浩康さんは言う。「野球選手の引退後の生活にマイナスのイメージを持ってる人もいると思うんです。僕はそれを変えたいし、将来的に野球界の力になれるようにしっかり取り組みたい。僕の夢は続きます」

あの日と同じ、えんじ色の「W」が刻まれた帽子をかぶると、表情が引き締まった。
グラウンドには、15年前と変わらない浩康さんがいた。

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