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慶應ラグビー初の医学部生主将・古田、思い出のグラウンドに別れ

慶應ラグビー初の医学部生主将・古田、思い出のグラウンドに別れ
中学からずっと身にまとってきた黄黒ジャージーも、これが最後(撮影・斉藤健仁)

医学部生初のキャプテンとなった男は、この日ばかりは最初から最後まで笑顔だった。3月24日、慶應義塾大学蹴球部(ラグビー部)の4年生が中心となって、神奈川・日吉グラウンドで「第1回謝恩祭 2018年度感謝の気持ちを込めて」が開かれた。

4年生が企画した謝恩祭

参加無料で誰でも参加できるということで、選手たちの保護者、ラグビースクールの子どもたち、慶應ファンなど約1000人が訪れた。午前10時のラグビー体験から始まり、3年生以下の部内マッチ、卒業する4年生とOBチーム「ハーキュリーズ」の試合などで盛り上がった。

最後にみんなで部歌を斉唱し、119代のキャプテンを務めたSO(スタンドオフ)古田京(4年、慶應義塾)から、4シーズンの間ヘッドコーチを務め、チームを離れる金沢篤氏に記念ジャージーが贈られて、イベントは終了した。

古田は「最後まで参加していただいてありがとうございます。この1年、熱く応援していただいたので、どなたでも楽しめるイベントを通じて、その恩返しをしたいということで、4年生でやらせていただきました」とあいさつした。

謝恩祭でOBチーム相手にタックルに入ろうとする古田(撮影・斉藤健仁)

慶應は近年、毎年12月末に帝京大と引退試合をしている。しかし、昨年は早稲田に19-20と悔しい敗戦をした大学選手権準々決勝の翌日だったこともあり、学生コーチや主務、古田など、その試合に出られなかった4年生もいたという。

そこでキャプテンだった古田が中心となって、卒部する119代の4年生たちが「もう一度、全員が試合に出られる日をつくりたい。いろんな人に応援されていたので感謝したい」と、この謝恩祭を企画、運営した。そしてOBや下級生の協力もあり、第1回ながら予想を超える大きなイベントになったというわけだ。

悔しい気持ちはなくならない

春の日差しの中、古田は慣れ親しんだグラウンドを走り回ってイベントを仕切っていた。医学部生ということで、あと2年間の学生生活が残っており、ルールではまだ試合に出られるが、体育会ラグビー部でのプレーは4年間で終える決心をした。

ただ古田の胸には昨年12月23日、早稲田に逆転負けした試合の日の記憶が強く刻まれている。まだ、この試合のビデオはほとんど見返していない。風呂につかっていると、ついつい思い出してしまう。「4年間を振り返るとやっぱり、(大学選手権で)優勝できなかったのが心残りです。悔しい気持ちはなくならない。なくなるはずがない」と話した。

それでもこの1年を「本当にいろんな人のおかげで、(キャプテンとして)いろんな経験をさせていただき、幸せなシーズンでした。優勝はできなかったけど、残せるものは残せたかな」と振り返った。踏ん切りがつくことはまだないというが、「謝恩祭には予想以上に多くに人にきていただき、ハーキュリーズとは激しい試合になりました。これがいい切り替えになればいいですね」と笑顔を見せた。

中学からの黄黒ジャージーにサヨナラ

最後の試合が終わってから3カ月、時折、草ラグビーのチームに呼ばれて楕円球を追った。来年は謝恩祭で4年生の相手になってくれたOBチームのハーキュリーズでプレーする予定だ。中学生の頃から来ていた黒黄ジャージーでのプレーは、この日が正真正銘の最後になった。「黒黄ジャージーを着て、4年生、みんなで試合ができたことが嬉しかったです」

同じスタンドオフ(10番)の仲間たちと(撮影・斉藤健仁)

慶應時代の一番の思い出を尋ねると、古田は「このグラウンドですかね。中学から大学までキックを蹴り続けてきましたから」。しみじみと語った。SOとして、そしてキャプテンの責任としてプレースキックを決めるため、練習前や居残りでボールを蹴り続けたグラウンドこそが古田の青春そのものだった。

今後の2年間は、医師になるための勉強に集中する。だが4歳から楕円球を負ってきた古田とラグビーの縁はもう、切っても切れない。「とりあえず、今後もほどほどにはラグビーには関わり続けたいですね」と言って、思い出のグラウンドを去った。

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