ボート

特集:第88回早慶レガッタ

32人部屋に詰まった慶應端艇部の青春、隣は早稲田の合宿所

戸田漕艇場をぐるっと囲むように各大学や企業の合宿所がある。これが慶應のもの(撮影・松永早弥香)

埼玉県戸田市にある戸田漕艇場を囲むように、大学や企業のボート部の合宿所や艇庫が10以上並んでいる。今年で創部130年を迎え、4月14日の早慶レガッタ(東京・隅田川)を目前にした慶應義塾体育会端艇部の合宿所も、その中にある。合宿所の目の前が漕艇場で、部員たちは起床するとすぐに1階の艇庫からボートを出して、練習に臨む。極めて特殊な環境で暮らすボート部の青春について、慶應の面々に話を聞いた。

ライバルはお隣さん

練習場所も同じ、生活エリアも同じとなると、ほかの大学の選手を見かけることもありそうだ。「機材を購入するお店も限られますし、街を歩いていて、ほかの大学の選手と会うことはありますよ。練習方法とか次の大会のこととか、話すこともありますよ」。副将の宮嵜裕之(新4年、慶應志木)が教えてくれた。

副将の宮嵜は最後の早慶レガッタに「対校エイト」で出場する(写真は慶應義塾体育会端艇部提供)

戸田漕艇場の一角には、早稲田大学漕艇部の合宿所もある。4月14日に戦う早稲田の学生ともすれ違う。「実は早稲田の合宿所は慶應の合宿所の隣なんです。気にしてもしょうがない距離ですけど、普段はあいさつする選手であっても、この大会の前はいつも以上に意識します」と宮嵜。

“1バイブ”で起きて朝練へ

慶應の合宿所は2階建てだ。1階が艇庫になっており、早慶レガッタで使うボートもここで保管されている。生活空間となる2階では漕手、コックス、マネージャー、カヌーの選手など、部員全員が暮らす。現在は80人、新入生が入ると100人ほどになる。一番多い漕手の選手はレギュラー選手たちのAクルーが使う8人部屋と、そのほかの選手が入る32人部屋で暮らす。

合宿所は戸田漕艇場に面しており、1階の艇庫からボートを出せばすぐ練習ができる(撮影・松永早弥香)

この合宿所の所長を務めるのが、本多進之介(新4年、慶應志木)だ。端艇部の朝は早く、5時に起床して5時半には練習が始まる。本多に合宿所での生活を聞いた。

「目覚まし時計を鳴らしてはいけない決まりなので、最初は朝起きるのも大変でした。クルー単位で練習するので、朝練に遅刻するわけにはいきません。携帯電話をバイブレーション機能にして顔のすぐ横に置きます。いまでは振動をかすかに、それこそ“1バイブ”でも感じたら、すぐに起きられますよ(笑い)」

合宿所の所長である本多は端艇部の自慢の一つとして「ご飯食べ放題」を挙げてくれた(写真は慶應義塾体育会端艇部提供)

3時間ほど練習した後、授業のある部員は大学へ行く。朝食は朝練の前後に食べる。そして午後の練習は3時からおよそ3時間、練習の映像が撮れなくなる日没まで続ける。練習後に夕食を摂り、風呂などを済ませたあと、9時半に部屋の清掃。10時に消灯というのが日常だ。練習は朝練と午後練で週11回程度。土日もみっちり練習だ。

「高校もボートをしてたというのは全体の3割程度です。最初は覚えることが多くて大変ですけど、ボートの楽しさを知って、練習でも自ら動けるようになると、合宿所の居心地もよくなってきますよ」。本多はうれしそうに言った。

32人が一つの部屋に暮らすため、整理整頓は欠かせない

ごはん1kg盛りの選手も

食堂を見せてもらおう。しっかりした厨房があり、平日なら朝と夜、休日なら三食、マネージャーが100人分をまとめて作る。配膳台に洗い終わった各自の食器が置かれ、各自で必要な分量を取っていくバイキングのようなスタイルだ。炊飯器の横には計量器も置いてある。

「ボートはパワーが重要なので、身体を大きくするために目標の量を決めて食べます。とくに後輩にはたくさん食べてもらいたいので、計量器を置いてます。中には1kg盛る選手もいますよ」。そう言う本多も意識してたくさん食べて、入学したときに65kgだった体重を3年間かけて73kgまで増やした。

取材に訪れた日は平日だったため、昼食はそれぞれでとっていた

32人部屋に入ってみた。小中高の教室よりもひとまわりは大きい部屋のはずだが、狭く感じる。4台並んだ2段ベッドの列が四つ。さらに各選手の練習着やジャージが壁の代わりをするかのようにいたるところにかけられ、寝台列車の3等客室車両が思い起こされるような雰囲気だ。引っ越しもある。先輩が卒業すれば、ベッドを引き継ぎ、Aクルーに入れれば、Aクルーの部屋のベッドに移る。

「引き継いだベッドの柱や天井に、先輩が貼ってたポスターやメモがそのまま残されてることがあります。早慶レガッタのメモも残ってましたよ。引退する前は聞けなかった先輩の考えが分かり、勉強になりました」と本多。

先輩のお下がりウエアが似合うようになってくる

もう一つ、先輩から引き継がれるものがある。ウエアだ。宮嵜や本多は慶應端艇部の130期の部員だが、練習着の中に125と打たれたものがあった。125期の先輩から引き継がれたユニフォームだ。練習着は高価なので、先輩からの提供は本当に助かるそうだ。

「最初はもともと着てた先輩のイメージが強く残ってますので、下級生が着ても似合わなくて変な感じです(笑い)。でも練習を重ねて上達してくると、段々と様になってくるんですよ」と宮嵜。

先輩から受け継いだウエアは、またその後輩へと受け継がれていく

早慶レガッタで慶應は、大学生の種目である女子対校エイト、第二エイト、対校エイトの3種目とも、2年連続で敗北を喫している。今年こそ勝たなければならないという思いの中、端艇部は練習内容はもちろんのこと、合宿所での生活も見直した。食事中に練習のビデオを流すようになったのもその一つ。練習ビデオを流せば、自然とボートについての意見が交わされる。

「合宿生活に慣れても、上級生に気軽に質問することは意外に難しいです。私自身も下級生のころはAクルーの部屋へ入るのは遠慮がちになってました。でも食事中に練習映像を流せば、自然とその映像が目に入って、意見が出てくるようになります。聞くだけでもいいです。先輩の意見を聞いて、ボートの考え方のレベルを上げてほしい」。そう話す宮嵜から、今年の早慶レガッタへの思いの強さがうかがえた。

合宿所でともに暮らすことで、宮嵜や本多も先輩から考え方や技術を学んだ。それを今度は後輩へ。合宿所に染みついた慶應の伝統と先輩たちの思いは途切れることなく、脈々と受け継がれていく。

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