陸上・駅伝

特集:東京オリンピック・パラリンピック

東洋大の池田向希と川野将虎、競歩界に現れた驚異の同郷同学年コンビ

池田(左)と川野が「競歩らしいポーズを」とのリクエストにこたえてくれた

東洋大入学後2年間の二人の成長には、特筆すべきものがある。

池田向希は昨年5月の世界競歩チーム選手権の個人の部で、世界のトップ選手たちを抑えて優勝(日本チームも金メダル)。今年2月の日本選手権20km競歩では2位(1時間18分01秒=当時学生歴代2位)に入り、9月開幕の世界陸上ドーハ大会代表に選ばれた。

川野将虎は今年3月の全日本競歩能美大会20km競歩で池田に競り勝って2位。1時間17分24秒の学生新・日本歴代3位をマークし、7月のナポリ・ユニバーシアード代表に選ばれた。川野はさらに、4月の日本選手権50km競歩で2位。その時点で残り1枠しかなかったため世界陸上代表は逃したが、3時間39分24秒の学生新・日本歴代2位の成績を残した。

競歩界に現れた驚異の同郷同学年コンビにインタビューした。

川野「池田は練習に丁寧に取り組む」

――お互いのここまでの成績で、いちばん驚いた試合を教えて下さい。

川野 いちばん驚いたのは昨年の世界競歩チーム選手権です。ネットの速報を見ながら、みんなで池田のことを応援してて「メダルいけるだろ。すごいぞ」とは話してたんですが、まさか優勝してしまうとは。自分より一歩強いと思ってましたけど、世界の金メダルをとってしまうんだから本当にビックリしました。

池田 みんなも驚いてくれましたが、歩いた自分がいちばん驚いたと思います。東洋大でやってきたことが間違いじゃなかったと思いました。

川野 池田は練習に、本当に丁寧に取り組んでました。高校のころは動きが小さくてタメを作れてなかったけど、東洋大に入って監督やコーチのアドバイスをしっかり聞いて、自分の動きに消化したと思います。それが勝負強さにつながってます。

池田 川野がすごかったのは、直近の輪島(日本選手権50km競歩)ですね。それまでの日本記録を上回って、優勝した鈴木さん(鈴木雄介・富士通、20km競歩世界記録保持者)との差も、ラストで詰めていきましたから。川野本人はできると思ってたかもしれませんが、あそこまで強いとは予想できませんでした。去年の全日本競歩高畠大会で出した学生記録を、8分6秒も更新しましたから。

川野 当初は能美の20kmに絞ってたんです。昨年末にけがをして練習が中断してしまい、コーチとも相談して輪島は難しいと決めたんですが、世界陸上の選考会に出られないのが本当に悔しかった。1月に本格的な練習を再開して能美までの期間も短かったのですが、監督とコーチを信頼して頑張ったら学生記録を出すことができて、輪島にもチャレンジできることになりました。

池田 輪島を断念したときの川野は、本当に悔しそうでしたね。でも無理をして連戦して(けがなどの悪い)影響が出たら、東京オリンピックが遠のいてしまいます。どういう選択をしても、最終的には東京オリンピックにつなげるという川野の判断だったんです。

――3月の全日本競歩能美大会ではわずか1秒差ですが、川野選手が大学では初めて池田選手に勝ちました。優勝した山西利和選手(愛知製鋼)に次いでの2位。しかし世界陸上代表には、日本選手権で2位だった池田選手が選ばれました。

日本選手権では最後に川野が前に出て、1秒差で池田に競り勝った(撮影・松永早弥香)

川野 最後の折り返しが終わってからの0.5kmを競り合いましたが、池田もそれほど動いてなくて、これならいけると思って全力を振り絞りました。それまで負け続けた悔しさが力になったのかもしれません。

池田 世界陸上代表は二人のうち、どちらが選ばれてもおかしくない状況でした。うれしい反面、川野の分もと言ったらおかしいかもしれませんが、責任感は持ってます。そのためには練習でも日常生活でも、自分がやるべきことをしっかりやるのが重要だと思います。

高校時代は川野、大学に入って池田が逆転

二人は池田が西部(浜松日体高)、川野が東部(御殿場南高)という違いはあるが、同じ静岡県出身。ともに高校から競歩を始めたが、高校時代は川野の方が強く、全国大会でも優勝していた。

――競歩を始めたきっかけと、高校時代に相手のことをどう意識していたのかを教えてください。

川野 長距離をやろうと思ってたのに、顧問の先生が勝手に競歩にエントリーしたんです。高校1年の4月下旬に、インターハイの静岡県東部地区予選に初めて競歩で出て、9人が出場したレースで最下位でした。1人が失格になったので県大会に出られて、キツい練習をして県大会を歩いたら8位になれたんです。2年生になってインターハイも国体も2位になったので、顧問の先生のおかげですね。3年生でもインターハイ3位、国体2位だったのですが、4月に輪島であった10km競歩と、2月の神戸の10km競歩では優勝できました。

池田 僕は高2の4月に初めて出場しました。中学から長距離を始めて高校でも続けてましたが、浜松日体は強い選手ばかり。力の差を感じてましたし、自分のタイムも更新できてませんでした。顧問の先生から競歩の動きが長距離にも生かせるから、一度競歩をやってみたらと言われて始めました。そのときはいい経験ぐらいの意味で出ましたが、最終的には東海地区大会まで進んで9位になれたんです。数週間で自分の歩きが変わって記録も伸びたので、魅力を感じたのは確かです。来年は競歩一本でいこうと考え始めましたが、全国で活躍している川野は雲の上の存在で、ずっと背中を追い続けるんだろうなと、当時は思ってました。

川野 でも、高校3年の神戸では池田が2位に入って、力の差は縮まってると感じてました。池田も東洋大に進学すると聞いたときは驚きましたけど、池田がどんどん力をつけているのはわかっていたので、負けないようにしようと思いました。東洋大には同じ学年に3人競歩選手がいますが、1人より仲間がいる方が頑張れますね。

池田 僕も高2のころから、大学でも競歩を続けたいと顧問の先生には伝えていました。東洋大は競歩の伝統があり、競歩のいちばん強い大学という印象でした。入学すれば刺激がいっぱいあると思って決めました。

川野が出場しなかった2月の日本選手権で池田は2位になった(撮影・松永早弥香)

池田のスパートに負け続けた川野の逆襲

東洋大に入学した2人はまさに、切磋琢磨する関係になった。大学に入ると池田が競技成績では一歩リードした。最後の競り合いで池田のスパートが必ず川野を上回った。だが昨年10月に、学生では挑戦する選手が少ない50km競歩(全日本競歩高畠大会)に川野が出場。3時間47分30秒の学生新記録で3位に入ると、前述のように20km競歩の記録でも今年3月に池田を上回った。

――同じチームになって、お互いのどこが優れた部分だと感じましたか。お互いが、どんな存在になっていますか。

川野 自分が持ってないものを、池田が持ってることがわかりました。レースでも練習でも安定しているし、スパート力も自分よりある。池田は競技への取り組み方、集中力がすごいんです。いいと思ったことは徹底してやる。例えばポイント練習(レースに近い感覚で取り組む、負荷の大きい練習)のときも、つなぎの練習のときも一貫して、すごく入念にアップをしています。準備をしっかりすることで、試合も練習も安定して歩けるんです。

池田 川野も自分にない部分を持ってました。何にでも挑戦する姿勢、一回やってみようという姿勢が強いと思います。僕は長い距離を歩くことに抵抗があったんですが、川野は高校時代から20kmにも出てて(高校生の競歩種目は5000m、10000mが中心)、練習でも長い距離のストロー(ジョッグに相当)を、淡々と歩くことができます。

川野 そうした違いもありますけど、競歩はフォームが重要であることは同じです。週に1回ビデオを見ながらコーチと選手でミーティングをして、フォームの悪いところを全員で話し合っています。とくに自分は練習でも、疲れが出ると動きが悪くなってしまうので、指摘してもらうことで助かってますね。

池田 お互いのフォームを気にかけることで、客観的にフォームを考えられるようになり、それが自分のフォームを修正することにもつながります。競技レベルも同じくらいなので、少しでも油断したら置いていかれる危機感もありますよ。プレッシャーもありますが、お互いを高められる存在だと思います。

川野 大学に入ってからは関東インカレも日本インカレも、ずっと競り合いに負け続けていますが、そのつど、「次は負けない」と思い続けてきました。1年の日本選手権20km競歩で負けたときは、追いつくのに少し時間がかかるかもしれないと感じましたが、あきらめはしませんでした。次こそは、という気持ちが練習を頑張るモチベーションになってます。競技者としてはライバルですが、普段は仲がよくて、バチバチしているわけではないんです。昼食もよく一緒に食べに行きますし、わいわい話してます。でもポイント練習前のウォーミングアップになると、お互いに集中して話さなくなるんですけど。

池田 同じレースに出るときは、お互いのレースプランは絶対に相手には言いません。コーチとは相談しますが、川野には言わないようにお願いしています。でも、レースの前の夜は一緒に食事をしてます。仲がいいからこそ、お前には負けないぞ、という部分を表に出せるんだと思います。

同じ東洋大でも、ライバルであることに変わりはない(撮影・松永早弥香)

箱根駅伝では沿道から長距離メンバーを支える

東洋大といえば箱根駅伝で優勝4回、11年連続3位以内の長距離強豪校。同じ持久系の種目である長距離選手との接点を含め、彼ら二人はどんな学生生活を送っているのだろうか。

――長距離選手たちとの交流もあると聞いていますが。

池田 長距離の選手たちとは朝練習、日常生活、本練習と、同じパターンで学生生活を送ってます。栄養管理や、フィジカルトレーニングも同じものに取り組んでいるので、そこが東洋大競歩ブロックの強みになってます。

川野 今年の箱根駅伝は往路の5区、復路は7区と10区で応援しました。沿道からタイム差を教える係でした。

池田 僕は8区と10区。箱根駅伝を見て一番感じたことは、同じ学年の西山(和弥)の頑張りです。出雲(出雲全日本大学選抜駅伝)、全日本(全日本大学駅伝)と苦しんで、箱根には特別な思いがあったなか、2年連続で1区の区間賞をとりました。チームメイトとしてすごく頼もしく感じましたし、同学年として刺激をもらいました。

――キャンパスライフで、競歩選手の特徴が現れてしまう部分はありますか。

池田 通学中の話ですが、駅まで急いで歩いている人を見ると、それを追い抜きたくなるんです。"競歩選手あるある"の一つでしょうね。

川野 オレの方が速いぞ、と見せたい気持ちが出てしまうのかもしれません。通学といえば東洋大は、グラウンドと寮のある川越キャンパスから授業のある白山キャンパスまでが遠いので、往復が大変なんです。授業後に練習時間を十分にとるのが難しいから、長距離も競歩も朝練習を重視してます。

池田 白山キャンパスまで片道1時間半はかかりますから。3年生になって授業がちょっと少なくなって、多少は違ってはきてますけど。

川野 その点僕は、授業も川越キャンパスなので、朝も9時ぎりぎりまで練習できます。ほかの人より多く練習できるので、それも50km競歩に積極的に挑めた理由かもしれません。

二人で東京オリンピックに

大学競技生活の中間点を折り返した2人。大学4年となる2020年に東京オリンピックがあるのは、二人にとって最高のタイミングだ。東洋大は2012年ロンドン大会に西塔拓己(現愛知製鋼)を、16年リオデジャネイロ大会には松永大介(現富士通)をオリンピックの競歩代表に送り込んできた。種目はともに20km競歩。松永は7位に入り、日本人としてオリンピックの20km競歩で初の入賞をやってのけた。

東洋大出身でリオ五輪に出た選手たちのサインが入っただるまを手にする川野(左)と池田

――今年、来年とどんなステップで結果を出して、最終学年の東京オリンピックに向かいたいと考えていますか。

池田 今年の世界陸上が東京オリンピックの最初の選考会で、メダルをとった日本人最上位選手は代表入りできるんです。世界陸上にしっかり合わせることが、今シーズンのいちばんの目標になります。ユニバーシアードの20km競歩代表にも川野と一緒に代表に選ばれているので、二人でメダルを取りたいですね。

川野 競歩のオリンピック代表選考レースは、世界陸上以外まだ決まっていませんが、10月の高畠と来年4月の輪島が選考会になると思います。そのどちらかで優勝して、東京オリンピック代表を内定させたいです。それと20kmと50kmを両立させることも目標としていきます。東京オリンピック後の競歩種目は、50kmがなくなって30kmか35kmになるようですから。

池田 最終学年にオリンピックがあるのは、運命的なものを感じます。東洋大はオリンピックに2大会連続で競歩の代表を出しているので、自分も何としても続きたいです。東洋大は酒井俊幸監督に加えて、(元競歩選手の)酒井瑞穂コーチが昨年から指導してくれるようになりました。スタッフもそうですし、長距離ブロックと同じ指導を受けられること、そして最高のライバルがいて、環境としては本当に恵まれています。二人で東京オリンピックに出ることが、大学への恩返しになると思っています。

川野 高校のころから東京オリンピックに出るのを目標としてきました。いまは池田が20kmで、自分が50kmで、チャンスがある。池田が言ったように実業団チームにも負けない環境が整っているので、あと2年間、東洋大でメダルを狙って頑張りたいと思います。

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