近江・中尾雄斗 100回の夏の選手宣誓、ツーランスクイズで負けても笑顔
夏の甲子園は熱戦が続いています。4years.では昨夏の第100回全国高校野球選手権で活躍し、今春大学に入学した選手たちにインタビューしました。高校生活のこと、あの夏のこと、そして大学野球のこと。大いに語ってくれました。「僕らの甲子園」と題して選手権の期間中に随時お届けしますので、去年を思い出しながら読んでいただければと思います。第5回はベスト8に進出した近江高(滋賀)の主将で、現在は奈良学園大でプレーする中尾雄斗です。
500回練習しても文章飛んだ
「100回目という記念すべき年に野球ができることに感謝し、多くの人々に笑顔と感動を与えられる、最も熱い本気の夏にすることを誓います」
昨夏の甲子園の開会式。近江の中尾雄斗主将のハツラツとした選手宣誓で、100回大会の熱い戦いが始まった。2年生からショートのレギュラー格で試合に出場し、最上級生になると主将に。背中で引っ張るタイプの中尾だったが、1年生の土田龍空が台頭してきて、ベンチスタートの試合が多くなった。
「正直、複雑な気持ちはありましたけど、自分には一応経験があったので、その中で感じたことを踏まえて声をかけるようにしました。夏はとくにこわいのが初戦。初回の入り方に集中することと、声かけに気を遣いました。自分は途中出場することが多かったんですけど、それでも1球ごとに周りに声をかけると、試合に入っていきやすいというのが分かりました」
実は開会式当日は風邪でのどを痛め、声が思うように出なかったのだという。宣誓の練習は500回近く重ねたが、いざ本番で宣誓台に登ると平常心ではいられなかった。「見たことのない景色が目の前に広がって、頭の中にあった文章が、一瞬飛んだんです」。当時を思い出して、苦笑いで言った。それでも大観衆から万雷の拍手を受け、人生初の選手宣誓を見事にやりきった。
準々決勝の金足農戦で欲が出た
1回戦は春の選抜大会準優勝の智弁和歌山と激突。息詰まる試合を制し、2回戦の前橋育英(群馬)戦はキャッチャーのの有馬諒(現・主将)のサヨナラヒット、3回戦の常葉大菊川(静岡)戦では2年生の林優樹の快投でものにして、ベスト8まで勝ち上がった。ここまで対戦した3校にはある共通点があった。それは、すべて平成になってからの甲子園で優勝したチームだったことだ。中尾は「だから自分たちは毎試合負けてもともと、挑戦者のつもりでいこうと話しながら戦ってきました」と振り返る。
ただ、準々決勝の金足農(秋田)戦だけは少し違った。「この試合に勝てば優勝を狙えるかもという欲が、甲子園に来て初めて出たんです。それで気持ちが緩んだのかどうかは分かりませんけど、いままでにない気持ちの持ち方になっていたのかもしれません」
さらに、試合前からイヤな予感もあった。金足農は2回戦の大垣日大(岐阜)戦では終盤に突き放し、3回戦の横浜(神奈川)戦では8回裏に逆転ホームランを放って波に乗っていた。新聞には「ミラクル金農」という見出しが躍り、世間では金足農の戦いぶりに徐々に注目が集まり始めていた。「スタンドも相手に味方しそうだし、こっちがリードしていたとしても、向こうがチャンスをつかめばガラッと空気が変わる」と、中尾たちは思っていた。
近江は4回表に1点を先取。5回裏に追いつかれたが、6回表に2-1と勝ち越し。それでも徐々に、試合の流れは金足農に傾いていった。
1点リードで迎えた9回裏の無死満塁の場面。甲子園には金足農寄りの声援が響いていた。そして飛び出した、あの逆転サヨナラツーランスクイズ。近江にとって非情な幕切れではあったが、当時の3年生にはほとんど涙がなかった。それどころか試合後のベンチ前では「吉田(輝星)君、半端ないって!」と笑いながら甲子園の土を集める最上級生たちの姿があった。「自分たちからすると、甲子園で終わることができてよかったですし、目標だった甲子園ベスト8まで勝ち上がれたので満足感がありました。むしろ、あのときは2年生の方が泣いてましたね。林や有馬らがこの夏、その経験をどう伝えていくかだと思います」。その後輩たちは第6日目の第2試合で、優勝候補の東海大相模(神奈川)に挑む。
奈良学園大でピッチャーに挑戦中
中尾は大学で新たな挑戦に向かい合っている。「いま、自分はピッチャーをやってます。アンダースローで練習中で……。自分からやりたいと直訴したんです。新しいことに挑戦するのが好きで、周りからたまに「何で?」と言われることもあるんですけど、新たなことに挑んでまた新しい自分を見つけられるんじゃないかと思ってます」
投手として、大学でどんな花を咲かせられるのか。実戦登板はまだ先の予定だが「甲子園での選手宣誓もそうでしたけど、新たなことにチャレンジしたことはいい経験になったし、苦しい練習を乗りきった経験もきっと生きると思います」。中尾は誇らしげな笑顔で、そう言った。