陸上

特集:第51回全日本大学駅伝

札幌学院大・佐々木祐介 全日本大学駅伝常連の誇りと強さを後輩に

佐々木(中央)は3年生の時から主将としてチームを支えてきた(撮影はすべて松永早弥香)

第51回全日本大学駅伝対校選手権 北海道地区選考会

8月17日@北海道・モエレ沼公園
1位 札幌学院大  5時間29分41秒
2位 札幌国際大  5時間46分51秒
3位 北海道教育大 6時間11分58秒
棄権 北星学園大、北海道大

8月17日に全日本大学駅伝北海道地区選考会があり、札幌学院大が優勝して2大会連続26回目となる本大会出場権をつかんだ。2015年までは札幌学院大が12年連続で本大会出場を果たしていたが、翌16年には北海道教育大に、17年は北海道大に本大会出場権を奪われた。そこから奮起して決めた2大会連続出場。“復活”を支えたのが主将になって2年目の佐々木祐介(4年、富良野)だ。

実際に駅伝で決める北海道地区選考会

選考会当日は台風10号が北海道に直撃するという予報で、開催自体が危ぶまれていた。それが早朝には落ち着き、ときおり強い風が吹く程度。午前8時に参加全5校がスタート地点に立った。ほかの7地域の選考会では10000mのタイムレースで争うが、北海道だけは駅伝を走って決める。8区間で101.06km。1周3.26kmのコースを使い、最短は1区で6.52km(2周)、最長は8区の19.56km(6周)。前半で流れをつかむか、一人あたりの距離が長い後半に勝負をかけるか。各校の戦略が問われる。

札幌学院大は1区に田中佑典(3年、室蘭清水丘)、2区に宇野翔(3年、黒石商)、3区にローレンス・グレ(2年、札幌山の手)と、前半3区間にエースを投入。早々に勝負を決め、すべての区間賞獲得と、2位以下に1周差をつけて勝ちきることを目指していた。

昨年、グレが入部した際、佐々木も含めたほかの部員には「ケニアからの留学生だから、もともと速い」という思い込みがあったというが、誰よりも走り込み、自分に合った練習プランを考えて実行する姿に大いに刺激を受けたという。グレは昨シーズン、けがもあって思うような結果を出せない時期もあったが、今シーズンはレースを絞って調整を重ねてきた。

札幌学院大は1区の田中が2位の札幌国際大に32秒差をつけてトップに立つと、続く宇野、グレも快走。4区のルーキー木村一輝(札幌山の手)も区間賞の走りでチームに勢いをもたらした。スタートして4時間が経過した正午ごろには、曇り空は青空に変わった。肌を刺すような強い日差しが照りつけ、気温は一気に31度以上へと上がった。4区まで3位だった北海道大は棄権し、8区では北星学園大も棄権となった。

厳しくなったコンディションの中、札幌学院大は5区の松坂栄輝(3年、八戸西)が区間賞を逃したが、6、7区は区間1位の走りでトップを独走し、襷(たすき)をアンカーの佐々木につないだ。酷暑と闘いながら、19.56kmの一人旅。佐々木は後半にペースを崩してしまい、区間2位にとどまったが、2位の札幌国際大に7分10秒もの大差をつけ、笑顔でゴールテープを切った。

札幌学院大は2位以下を周回遅れにするぶっちぎりの強さを見せつけた

今回、佐々木は最長区間を託されたが、元々は800mがメインの中距離ランナーだ。ラストイヤーとなる今年、全日本インカレ出場を目指して走ってきたが、参加標準記録を切れなかった。だったら駅伝でチームに貢献したいと奮起し、この選考会のために距離を踏んできた。「前半はよかったんですけど、後半はキツくてあまりいい姿を見せられなかった」と悔しさをにじませていたが、「全日本では前半区間で少しでも勝負したい」と前を向いた。

入学してすぐ途絶えた優勝、負けるべくして負けた

佐々木は人口約5000人の中富良野町で生まれ育った。「田舎の小さい町なんですけど、とにかく人があったかくて優しいんです」と佐々木。中学生のときから陸上に興味を持っていたが、当時通っていた中学校には季節限定でしか陸上部がなく、佐々木は野球部に入りながら、たまに陸上の試合に800mの選手として出ていた。

富良野高校に進むと、迷うことなく陸上部へ。3年生のときには北海道選手権の800mを1分57秒86のタイムで制し、インターハイに出場した。当時、佐々木は大学に進学するつもりはなく、このインターハイで陸上を引退するつもりだった。しかし札幌学院大の鹿内万敬(しかうち・かずのり)監督が、特待生として声をかけてくれた。「大学でまた走りたい」と親に相談して、札幌学院大に進学した。

佐々木はもともと800mがメインのランナーだが、選考会ではチームのために最長区間を走った

当時の札幌学院大は全日本大学駅伝に12大会連続出場中だったが、先輩たちは練習したりしなかったりという状況で、佐々木の目にも「これが全国で戦う大学なのか? これじゃ負けるだろうな」というのがすぐに分かったという。そしてその夏の選考会で2位に陥落。悔しささえなかった。そこからチームの中に変わろうとする雰囲気が生まれはしたが、2年生のときも2位だった。「根本的にチームが変わらないと勝てない」と思った佐々木は3年生の6月、次の選考会で全日本出場の座を奪い返すべく、自ら名乗り出て主将になった。

北海道を盛り上げるため、出場枠を増やしたい

それからは週6日の朝・午後の練習に全員で取り組み、トラックと駅伝の目標を設定させ、達成するために何が必要なのかを一人ひとりに考えさせた。そんな佐々木を鹿内監督は「彼が入ったときに選考会で負け始めたので、本当に悔しい思いをしてきたんだと思います。本人も努力してましたし、ときには上の世代にも意見して強いリーダーシップを発揮する、すごく頼もしい存在です」とたたえる。

そして昨年、札幌学院大は選考会で1位になり、3大会ぶりに伊勢路へ向かえた。本大会には1~3年生で臨んだため、全員が初めての全日本となった。それまで札幌学院大は最下位だったこともあり、25大学中23位という結果に安堵(あんど)する声も多かったという。それでも選手たちは勝負にならなかった悔しさをこの1年、ずっと胸に持っていた。今年こそは関西や東海の大学とは勝負をして、北海道地区からの出場枠を1から2に増やしたいと意気込んでいる。「北海道だけで強いというのではいけませんし、みんなで北海道を盛り上げていって、ほかの学連に追いつけ追い越せでやっていければと思ってます」と鹿内監督は話す。

アンカーの佐々木をみんなで胴上げ。「高いって! 」と佐々木のうれしそうな声が広がった

佐々木は卒業後も北海道にとどまり、市民ランナーとして走り続ける予定だ。いつ陸上を引退するとは決めていないが、大学という恵まれた環境で走れているいま、自分が後輩たちにできる最後にして最大の貢献は全日本大学駅伝での活躍だと考えている。
「そのためにも、もっとパワーアップして全日本に挑みます」

佐々木は自分についてきてくれた仲間たちとともに、最後の伊勢路に臨む。

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