大学野球

連載:4years.のつづき

自主性を大事にする青学で自分を見極め、社会人野球の世界へ 久古健太郎・2

神宮球場で力投する青山学院大学時代の久古さん(写真は本人提供)

大学生アスリートは4年間でさまざまな経験をする。競技に強く打ち込み、深くのめり込むほど、得られるものも多いだろう。大学時代を経て活躍した先輩たちは、4年間でどんな経験をして、社会でどう生かしているのか。「4years.のつづき」を聞いてみよう。シリーズ11人目は青山学院大硬式野球部のエースで、社会人野球に進んだあとプロ野球の東京ヤクルトスワローズに8年間在籍し、左の中継ぎ投手として実働7シーズン。いまはコンサルティング会社の「デロイト トーマツ コンサルティング」に勤務する久古(きゅうこ)健太郎さん(33)です。2回目は久古さんが自分の基礎になったと語る、青学の野球についてです。

不完全燃焼で終わった高校野球、高いレベルを求めて青学へ 久古健太郎・1

1日20km走り、投げ込み500球

河原井正雄監督が率いていた当時の青学には、自由を重んじる伝統があった。全体練習は1日2時間だけ。残りの時間は選手が自分たちで考え、それぞれで取り組む。「アドバイスも全然なくて、『教えてもらう』という概念がありませんでした。全体練習は自主練習でやってきたことを試す場所という感じでした。トレーニングで新しい感覚をつかんだら、全体練習で試す。その繰り返し。おのずとステップを考えて取り組むようになりました」

そこまで各自に任せられると練習しない人も出てきそうだが、久古さんは「大学の時期が人生で一番練習しました」と言いきる。「野球部は春と冬に合宿があって、その合宿についていけないと、どんな実績があってもメンバーとして使ってもらえないんです。普段からしっかりやっていないと、この合宿についていくのは難しいです」。まず、朝は宿舎から練習場まで、5km以上を走って向かう。その後、トラックでインターバルトレーニング。投手陣は1日合計20km以上も走るのだという。投げ込みは1日あたり500球。500球ですか? 思わず聞き返すと「はい(笑)。それを毎日、1週間です。それに耐え抜かないと使ってもらえないんです。だからプロ野球のキャンプなんて、『覚悟の投げ込み200球!』なんて報道されたりしてますけど、僕からしたら『全然少ない!』って感じでしたよ」と笑って返した。
厳しい練習を耐え抜き、体に覚え込ませるという方針だったそうだ。

「練習できる体力」がついてうまくなった

「日々の自主練、厳しい合宿を乗り越えて、自分の土台を作れたと思います。精神的な面でもそうですけど、体力がしっかりついて、練習で技術的な面に集中できるようになりました。プロでもよく言われることですが、『練習するための体力』がないと、そもそもやっていけないんです。大学時代はしっかりトレーニングに取り組んだこともあって、入学したときより10kgぐらい体重も増えて、しっかり体力がついたと思います」

プロでも、練習できる体力がない選手が多いと語る(以下撮影・佐伯航平)

高校のときは漠然とあこがれていたプロの世界だったが、大学に入って身近な人がプロに進むのを見て、「自分も目指してみたい」と思うようになった。とくに強い影響を受けたのが、2学年上で卒業後に西武ライオンズに入団した大崎雄太朗(引退)だ。「大崎さんは外野でポジションは違いましたがけど、本当にずっと練習してるんです。こんな人初めて見た、と思って、『すごい、僕もこういうふうになりたい』とあこがれるようになりました」

また、同学年には楽天ゴールデンイーグルスに入団した井上雄介(引退)がいた。「井上とはずっと一緒に練習してました。僕は夕方に授業のある学部だったので、午前中は自主練して、午後6時から授業。10時半に帰ってきて、二人で一緒にトレーニングしてました。寮の横にトレーニングルームがあったんですが、そこで夜中までやったり。二人でずっと高め合いながらっていう感じでしたね」。井上は調子が悪くなると、とことん突き詰めてトレーニングや練習をするタイプ。一貫して努力する彼の姿、そしてプロに入ったのを近くで見て、刺激を受けたという。

この状態ではプロに行けないとわかっていた

久古さん自身は3年生ぐらいから徐々に試合に出始めたが、高3のときのように、またスランプに陥っていた。「4年生のときはなんとか巻き返してそこそこ投げてたんですが、あんまり活躍できてないです。チームが優勝したのも1、2年のときで、そのときは僕は全然貢献できてないんで、なんだかここでも不完全燃焼でしたね。プロは単なるあこがれから『目指すもの』に変わってて、そこへ進む人を見てうらやましいなと思ったりもしましたけど、『この状態ではプロには行けないだろ』って、どこか冷静な自分もいました」。大学で培ってきた自分の状態を冷静に見極められる目が、この状態では無理だと告げていた。

冷静に自分の立ち位置を見極める力は、大学時代に身につけた

「それで社会人野球のセレクションを受けることにしました。日産自動車のセレクションに行ったんですが、またその日だけ奇跡的に調子がよかったんです。それで受かりました(笑)」。こうして強豪チームの一員となることが決まった久古さんだが、入社前に予期せぬ出来事があった。

日産自動車野球部で学んだ「とにかく出しきろう」精神 久古健太郎3

この記事をシェア

Seriesこの連載をもっと読む

この連載の記事一覧へ

4years.のつづき

Their Stories大学別・競技別に読む